第88話 魔王が強すぎる。あとお菓子に弱すぎる
会談が壊れかけた原因は、双方が最初から戦争を望んでいたからではなかった。
砦の外で王国側の護衛が、交代要員を呼びに来た魔王軍兵を止めた。ヴァルディス魔導帝国との国境戦で全員の神経が尖っているうえ、魔王軍側も「人間二国が共同で攻めてくる」という情報を掴んでいる。互いに相手の一歩を先制攻撃の前触れだと思い、言葉が荒くなったところへ、砦の外縁から所属不明の黒い魔弾が飛び込んだ。
王国側でも魔王軍側でもない角度だった。誰かが「撃たれたぞ!」と叫んだ瞬間には、もう両側が武器を構えていた。
「ほら見ろ。誰が撃ったか分からん一発でこれだ。戦争売ってる奴からしたら楽な商売だなあ」
俺が吐き捨てるより早く、石壁の外でもう一度光が弾けた。ローディスが立ち上がる。
「双方、止まれぇぇぇぇい!
」
勇者アレクシスも外へ走る。俺も舌打ちしながら、しょうがなく追いかけた。
砦前の広場には、王国兵と魔王軍兵が距離を取って睨み合っていた。人数は多くない。だが、上にいる連中が強すぎる。
セラフィナの周囲で赤い魔力が揺れ、ローディスの一歩だけで王国兵が後ずさる。アルヴィナは少女の姿だったが、さっきまでの頬を膨らませた瓦石井表情は消えていた。
「誰が――撃った?」
魔王の声が低い。
「分からないなら、次を撃つ前に全員止まれ」
ローディスの制止を嘲笑うように、今度は別の高所から二発目の黒い魔弾が飛んだ。紋章も術式署名も見えない。狙いだけははっきりしていて、アルヴィナの胸元へ一直線に走った。
俺の身体が先に反応した。
【特性即応 高危険度戦闘判定成立】
【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》 緊急起動】
視界の端で数字が跳ねる。
Lv11。
Lv27。
Lv58。
Lv96。
「おい、なんだこれ!! ちょっと待て」
アルヴィナへ向かった魔弾を、アレクシスがルクシオンで切った。同時に、俺の足元へ別の魔法が落ちる。避けた。石床がめくれ上がり、砕けた破片が頬をかすめた。
Lv126。
「なんでだ!?百超えたぞ!?」
「まだ危険判定が上がっているんです!!」
ゼニスの声も余裕がない。
ふと見ると、魔王・アルヴィナの姿が変わっていた。
小柄だった身体が伸び、十五、六歳ほどの少女へ近づく。角が明らかに伸び、黒い軍装の裾が重くなる。相手の強さに反応して封印が解ける――説明で聞くのと、目の前で見るのは別物だった。
「……黒田おぬし、急に変わったな」
「俺のせいじゃねえ! 勝手に金払って上げられてんだよおお!」
アルヴィナが片手を上げた。それだけで、大気が押し潰された。
攻撃というより、そこにいるだけで広場全体の重さが増したような圧だった。俺の膝が一度沈む。それでも身体は動く。
Lv184。
Lv213。
「なにこれ!! 二百ぅ!?」
「黒田さん、止められません! 相手が魔王級ですから!」
「馬鹿野郎、止めろ! 俺の預金じゃなくて借金が爆成長してるじゃねえかああっ!」
「停止したら今度はあなたの生命が止まるかもしれません!!」
アルヴィナの姿は、もう二十代前半に見えた。長い濃紫の髪が風もないのに揺れ、王冠は黒い角と一体化したように広がっている。軍装の上に深い色のマントが生まれ、少女の時には抑えられていた魔力が、何層にも重なって広場を覆った。
彼女の一人称も変わった。
「人の身で、そこまで昇るか。余の前で立つ者は久しいの」
声量はむしろ小さい。
なのに、さっきの絶叫よりずっと怖かった。
俺は口の中の血を吐き出し、足を踏み直した。
「好きで昇ってねえよ。あと、その姿になった分の料金を俺に請求すんなよ」
「……何の話だ」
「こっちの話だわ!」
アルヴィナが踏み込む。
速い。だが、Lv200を越えた身体はそれでも追える。魔王の拳を避け、肩口を流し、返ってきた魔力の衝撃を腕で受ける。骨が軋んだが折れない。
技術が急に上手くなったわけじゃない。身体だけが無茶苦茶な数字に押し上げられ、俺が昔から持っている距離感覚と危険の読み取りに、ようやく肉体が追いついてくる。
アレクシスは目を見開きながら「なんなんだこの戦いは、まったく見えない......」と言っている。アン・ポン・タンの三馬鹿はあまりにも次元の違う争いに、息一つもはけない。
Lv247。
Lv289。
Lv301。
「三百ぅぅぅぅ!?」
ゼニスの端末が赤く点滅している。
「黒田さん! 即レベ利用推計、金貨三万枚を越えてます!」
金額を聞いたせいで、足がわずかに鈍りかけた。
「……いくら?」
「現時点で約一億五千万円追加です!」
「ばっかやろおおおおおっ!こんな高レベル戦闘中に日本円で言うなよぉぉぉ!!」
横目に見えたアルヴィナの掌へ黒い光が集まる。
俺は構えた。勝てるかどうかは分からない。だが、少なくとも一方的には踏み潰されない。その感覚はあった。同時に、頭の片隅では別の計算が動いていた。
(これ、あと五分やったら俺の借金いくらになるの?割とマジでさ――)
「バカゼニス!」
「何ですか!!こんな時に」
「とっとと即レベ止めろ!」
「だから死にますって!」
「続けたら社会的に死ぬだろうが! 戦争中止! 外交! 人類は話し合えるもんだ!!」
「さっきまで魔王と殴り合ってた人が何言ってるんですかぁぁぁぁぁ!!」
俺が本気で戦闘停止を訴えている横で、実際に流れを止めたのは別の奴だった。
「もぐもぐ、うみゃい!」
広場の端で、モグが何か食っていた。
いつの間に来たのか知らない。小さな紙袋から、以前現代から持ち込んだチョコ入りの焼き菓子を出している。
アルヴィナの顔が、そちらを向いた。
「……なんじゃ、その匂いは?」
広場を押さえつけていた魔力圧が落ちる。
成人姿だった身体が、一段だけ幼く戻った。
モグは袋を抱え込んだ。
「わらわのじゃぞ」
「一個、よこせ」
「嫌じゃ!」
「一個だけ!!」
「これは陸が持ってきた大事な菓子じゃ。魔王でもやらぬ」
「……一個ぉ、おねがぁい」
見る見るうちに、シュルシュルとさらに背が縮む。
さっきまで俺と殴り合っていた魔王が、十代前半の少女姿に戻りつつあった。
それを見て、俺は構えを解いた。
「……ゼニスさ」
「何ですか?即レベは止めませんよ!!」
「勝ち筋見えたぞ」
「軍事的な?」
「もっと安くすみそうだ」
アルヴィナはモグの袋を見たまま、ついに元の小柄な姿へ戻った。
「ねぇねぇ、半分でもいいからぁ……征服した大陸の半分くらいならあげてもいいよぉー」
モグが渋々、舌打ちしながら「ちっ、今回だけじゃぞ」と一枚だけ渡す。
アルヴィナは受け取り、警戒も忘れて口へ入れた。噛み終えるまで誰も口を挟まず、やがて彼女の肩から力が抜けた。
「お……おいしい!」
魔王軍も王国軍も、全員が止まっていた。
「もう一個!お願い!!」
「嫌じゃって!1枚だけっていうたじゃろ」
「魔王命令だもん! いう事きかないとメッ!するんだよ!!」
「ここはおぬしの国ではない! これはわらわのもんじゃ!!」
「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺はそのばかばかしいやり取りを聞いて、額を押さえた。
「俺、一億五千万払って何やってたんだろな」
リリアが肩を叩いてきた。
「まぁまぁ元気出して。死んだらお金関係なくなるよー!!」
「慰めが最終手段すぎるわ」
ローディスは倒れた石片の向こうを睨んだまま、低く言った。
「最初の魔弾も二発目も、我が軍の術式ではない」
「王国側でも確認する。ただ、これで『どっちが先に撃った』だけで殴り合うのは無しな」
俺はアルヴィナがまだモグの菓子を見ているのを確認して息を吐いた。
「次は犯人探しより先に菓子持ってくる。そっちの方が安いからな」
「あなた、外交の優先順位がおかしいです!」
【神界・追加ご請求】
・魔王級高危険度即応起動費 金貨5,000枚
・Lv100超過急速成長因果精算費 金貨5,000枚
・Lv200超過高負荷成長精算費 金貨10,000枚
・Lv300到達魔王級緊急成長精算費 金貨10,000枚
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今回加算 金貨30,000枚
今回加算・日本円換算 150,000,000円相当
前回繰越残高 金貨49,399枚
前回繰越残高・日本円換算 246,995,000円相当
合計残高 金貨79,399枚
合計残高・日本円換算 396,995,000円相当
「もうやだ。約四億ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「だから止められないって言ったでしょう!」
「もう魔王とは絶対に戦わん! 菓子だ! 次から全部菓子で解決する!!」
「極端すぎるぅぅぅぅぅ!!」




