最終話【いつも通りの日常を】
「ボロボロじゃん、ウケる」
鈴音に手当してもらって家に帰った俺を見た美咲の感想は、それだけだった。
何とも薄情な奴だ。
とはいえ、母さんや父さんのように寝る前までずっと心配されるのも、事情を説明出来ない立場としては気まずいものがあるけど。
学校のみんなにも少なからずの心配をかけたけど、あれだけ痛かった傷は二週間もするとほぼ完治していた。
「絆創膏だらけから解放されてよかったね」
パンをかじりながら、美咲がそう言った。
「まあな。……というかお前、まだパジャマでいいのか?」
「あたしは今日お昼登校だから」
「なんでだよ?」
「提出の宿題が終わってないから、終わらせてから行く」
なんて自由な奴……そんな事情があるのに、のんびり朝食を食べてる場合なんだろうか。
「おかげで鈴音と一緒に登校出来るんだからよかったじゃん」
「え……いや、別に約束してないから、一緒には行かないけど」
「は? 毎日あたしを迎えに来てくれてる鈴音を、一人で学校行けって追い出すつもり?」
「……分かったよ。というか何でお前がそんな偉そうなんだよ」
とはいえ、俺も鈴音と一緒に登校するのはやぶさかではない……どころか嬉しい。
残っていたお茶を飲み干した時、ちょうどインターホンが鳴った。
ホットミルクを飲みながらのんびりしている美咲は置いて、リュックを手に取る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「瀬戸のことだけど、最近はクラスでも鈴音には特に接触してないから」
「……そうなのか。ありがとな」
果たして美咲はどこまで知っているのか謎だが、クラスでのことは俺には知る方法がないので安心した。鈴音に聞いたところで、何か問題があったとしても素直には教えてくれないだろうし。
玄関に向かうと、やはりというかそこにいたのは鈴音だった。
出てきた俺を見て、不思議そうな顔をする。
「美咲は?」
「昼から行くって」
「あー……じゃ、せっかくだし一緒に行こっか」
事情は言わなくても察したらしい。
鈴音の提案に頷いた時、頭の中に怜央の姿が思い浮かんだ。
「怜央は?」
「今日は日直だからって早めに行った」
「じゃあ、二人で行くか」
「うん」
道に出ると、周囲には俺たち以外の学生やスーツ姿の大人たちがチラホラといた。
隣を歩く鈴音をチラリと見ながら、ふと思う。
「一緒に帰ることはあっても、二人で登校するのはなんか久しぶりだな」
「何か変な感じだよね」
「確かに。そういや受験勉強大丈夫か? その……勉強会に行かなくなって、何か影響とか」
「全然。元々私は美咲に付き合ってただけだし、美咲もみんなと勉強するのやめたし。だから今は二人でやってる」
「そうか……受かるといいな」
「いいな、じゃなくて、絶対受かるよ」
すごい自信だ……まあ、鈴音の成績ならよほどのことがない限り合格間違いなしだろうけど。
「来年からは啓太先輩って呼ぼうか?」
「マジでやめてくれ……」
「冗談だよ」
ふと、周囲から視線を感じた。
しかしそれはすぐに俺に向けられたものではなく、鈴音に向けられたものであることに気が付く。
……そういえば鈴音ってみんなの目から見ても可愛いんだった。
俺はあまり人の顔というか容姿に関心がないので、たまに忘れかけてしまうけど。
そんな彼女の隣に立つ人間として、少しは相応しくなれたんだろうか。
「鈴音は高校生になったら、もっと人気が出そうだな」
「どうだろうね……分かんないけど、そうならないといいな」
「人と接するのはまだ苦手なのか?」
「もちろん苦手。……というか、啓太的には私が人気だと嫌じゃないの?」
「俺が? なんでだ?」
鈴音がたくさんの人に囲まれるなら、それに越したことはないと思ってる。
「嫉妬とかしないの?」
「嫉妬って……そんなのしてたらキリないだろ」
「全く気にされないのも複雑なんだけど」
そんなものなんだろうか……俺が嫉妬なんてしたって、鈴音にとっては迷惑なだけなはずなのに。
「私が啓太以外の人になびく可能性だって……」
「あるのか?」
「……ない」
何故かふくれっ面で答えるもんだから、ちょっと笑った。
そんな俺を睨みつけてから、鈴音はそっぽを向いてしまった。
「なんか啓太に余裕しゃくしゃくな態度とられると腹立つ……」
「そんなこと言われてもな。もうこれから何があっても啓太のこと諦めてあげられなさそうだけど……とか言われたら、調子にも乗るよ」
「もうそれ忘れてよ!」
バシバシ叩かれたけど、力加減が弱すぎて全く痛くなかった。
鈴音は手で髪をクルクルといじりながら、視線を地面に落として言う。
「なんか……私ばっかり好きみたいで悔しい」
「そんなことないって」
「……なら言葉で言ってみてよ」
「え、いや、それは……」
今もなお周囲からの視線は感じるし、白昼堂々”好き”だなんて言う勇気は流石にない。
「……やっぱり私の方が重いんだ」
「ち、違うって。あー……ほら」
勢いに任せて鈴音の手を握ると、彼女は驚いたような顔でこちらを見上げてきた。
「周りの人が聞いてるかもしれないところで言うのは恥ずかしいから……これで勘弁してくれ」
「……手を繋ぐのは恥ずかしくないの?」
「……言われてみれば確かに恥ずかしいな」
何なら、言葉よりも恥ずかしいまであるかもしれない。
一瞬放そうかと思ったけど、妙に寂しそうな表情の鈴音を見てしまい、それも出来なかった。
……まあ、いいか。関係を隠してるわけでもあるまいし。
むしろ、瀬戸先輩のような人がまた鈴音に近付いて来ることがないように、周囲に対して多少牽制をかけていくくらいがちょうどいいのかもしれない。
「放さなくていいの?」
「いいよ。俺が繋ぎたくて繋いだんだし……鈴音が嫌なら放すけど」
「嫌なんて言うわけないじゃん」
いつもよりどこか楽しそうにそう言って、こちらに笑いかけてくる。
「受験が終わったら二人で遊びに行こうぜ」
「うん。あ、でも美咲と一緒にも行きたい」
「じゃ、その時は怜央も一緒で」
「なんかダブルデートみたい」
「いやいや美咲に怜央は勿体ないから」
「それ、普通逆じゃない? 兄として合ってるの?」
合ってる。だって怜央は良い男だから。
「……あ、そういえばさ、前に一緒にネカフェ行った帰りにキッチンカー見かけただろ」
「カップル限定ジュースの?」
「そうそれ。今度一緒に行こうぜ」
「……それはつまり、一生一緒にいたいってこと?」
みなまで言うのが恥ずかしかったので、そっぽを向いて頷いたら、小さく笑われた。
「啓太はそういうの信じないのかと思ってた」
「……いつの時代もベタなのがウケるんだろ」
小さい頃から一緒にいた幼馴染との関係は、少し変化したけれど、昔からずっと大切な存在であることには変わりない。
付き合ってから色々揉めることとか、何かに巻き込まれることもあったけど、そういう特別なことは正直もういらない。
隣にいるのが当たり前で、話せばいつだって楽しくて、これからもずっとこんな日が続いていってほしい。
「なに、人の顔ジッと見て……何かついてる?」
「いや、相変わらず可愛いなと思って」
「……やっぱ啓太が余裕なのムカつく」
俺たちは変わらないまま、少しずつ何かだけが変わっていく。
そのくらいが、きっとちょうどいいんだと思った。
終わり
最後までご覧いただきありがとうございました!
20話くらいで終わるかなーと思って書き始めたのですが、思ったより長くなって驚いてます。
今までは付き合うまでのラブコメばかり書いてたんですが、付き合い始めてからっていうのも書いててとても楽しいことに気が付けました。幼馴染はやっぱり良い。
また機会がありましたらこの作品、または別の作品も読んでいただけると嬉しいです!




