第3話【宣戦布告】
人の噂も七十五日という言葉があるが、俺の噂はたった三日で綺麗さっぱり消え去った。
元々数人が面白がっていただけなので、当たり前っちゃ当たり前だけど、これで一安心。
そんなわけで昼休み、怜央と一緒に昼食をとっていると、不意に言われた。
「啓太、今日はカラオケどう?」
「お前……もしかして自分がカラオケに行きたいだけか?」
「バレた?」
まあ、今更慰め会なんて開くような仲でもないしな。
「悪いけど今日もパスだ。六月まで待ってくれ、そしたら小遣いが入るから」
「僕が奢るって」
「ただ遊ぶだけなら奢ってもらう理由がないだろ」
「真面目だなー……」
早く歌いたいとボヤきながら、パンをかじる怜央。
それを見て申し訳ないと思う気持ち半分、別の気持ち半分。
「そんなに行きたいなら、別の奴と行って来ればいいじゃないか」
「気兼ねのない面子で行きたいんだよ。その方が好きなの歌ったって引かれないでしょ」
「はあ……」
よく分からない感覚だ。怜央だったら、何を歌ったって誰も引いたりしないと思うけどな。
でもまあ、そういうことなら、来月の小遣いはカラオケ代にとっておこう。
放課後、教室を出て怜央のクラスに寄ると、既に授業が終わった後だった。
仕方なく一人で帰ることにし、校舎を出る。
明日提出の宿題のことを思い出して溜め息をつき、校門へと続く道を歩いていた時だった。
「うわー、莉々ってばひどー」
突然、高岡先輩の下の名前が聞こえてきて、驚いて木の陰に身を隠した。
「……って、なんで隠れてるんだ俺……」
先輩は全く気にしてなさそうだったから、俺だって平然としていなくちゃいけないのに。
自分の情けなさに凹んでいると、先輩は恐らく友達であろう二人の女子と楽し気に会話を始めた。
「別に酷くないでしょ、むしろ普通じゃん? 怜央くんレベルのイケメンだと近付きたい女子いっぱいだし」
「だからってその友達と仲良くなって仲介してもらうとかさー……そりゃああなっても仕方ないわ」
「思い出させないでよ……あれは大誤算だったんだから……普通少し話したくらいで好きになる? 好かれるようなこともしてないのに」
「まぁ莉々可愛いし、モテない男なら話しかけられただけで勘違いしちゃうよ」
一瞬、何を話しているのか分からなくなった。
怜央の友達。仲良くなって仲介。勘違い。
聞こえてくる単語から、嫌でも分かること。
つまり、先輩が俺に話しかけてくれたのは……
「あー、まじキモかったんだから……身の程知らずっていうかさ、あたしがあんなダサ男と付き合うわけないじゃんね」
「だから言い方ひどー。しかもフッた話も言いふらしちゃって。ちゃんと怜央君に繋げてくれたんだからちょっとは感謝しなよ」
「それはちゃんと感謝してるし。ありがとうモブキャラくんって感じ?」
「うわー、やっぱ莉々さいてー」
あはははと、楽しそうな笑い声が聞こえてきて、目の前がぐにゃりと歪んだ。
先輩は俺のこと好きじゃないとかそういうレベルじゃなくて、そもそも友達とすら思われてなかったわけだ。
本当につくづく自分の馬鹿さが嫌になる。
こんなんじゃそりゃ怜央にも、人を見極める目を磨くべきって言われるよな。
それにしても、思ったよりショックを受けてしまって、気持ちが悪い。早く家に帰って休みたい、最悪の気分だ。
「いたっ……もー、なに? 急にぶつかってきて……なんで中学生がこんなとこにいんの?」
「ゲス野郎」
「は?」
よく知る声音で、とんでもなくストレートな悪口が聞こえてきた。
俯けていた顔を上げると、そこにいたのは思った通りの人物――鈴音だった。
「あ、野郎じゃないか……ゲスい女に訂正します」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!? 何なのよいきなり!」
「大声で下卑た会話をしてるから不快だなって思って、つい体当たりしちゃいました」
「はぁ!?」
ま、まずい、今にも喧嘩に発展してしまいそうな雰囲気だ。
急いで止めに入るため駆け寄るが、その間も二人の会話は止まらない。
「ほんっと何なの!? あたしたちが何話してようとあんたに関係ないでしょ!?」
「関係ないかもですけど気分がよくないんです」
「何よそれ!」
「あなたにとって取るに足らない人でも、私にとっては大事な人なので悪く言われると腹が立つんです」
「は? ……ああ、もしかしてあんた、ひいら――」
「す、ストップ! 二人ともストップ!」
二人の間に割って入るように立つと、どちらも俺がいるとは思っていなかったのか、すごく驚いた顔をした。
「柊くん……あー……聞いてた? 今のはー、ちょっとしたジョーク的な?」
「いや、そのことは別に……」
「啓太、帰ろ」
「へ? お、おい」
鈴音に腕を引っ張られ、そのまま引きずるように歩かされる。
一刻も早くここから立ち去りたいのは俺も同じだが、先輩に何かフォローを入れないと、万が一鈴音が目をつけられたりしたら申し訳なさ過ぎる。
そう思って振り向くと、先輩の隣に、どこからやって来たのか怜央が立っていた。
「先輩、今の僕の妹なんですよ……その前の会話も、ずっと見てました」
「えっ嘘!? あの、さっきのはほんとに冗談だから! ちょ、ちょっと聞いて篠塚くん!」
……あれは、俺が何か言うよりもよっぽど効いてそうだ。
そのまま大人しく引っ張られること数分。
とっくに校舎は見えなくなり、周囲に見知った顔もなくなっていた。怜央も俺たちの後を追いかけては来なかった。
ふと、前を歩いていた鈴音がずっと顔を俯かせていることに気が付いた。
表情が見えないから何を考えているのかは分からない。
けど、あの会話を聞いて腹を立てたのは……自惚れじゃなく、俺のためを思ってくれてのことだろう。
「ごめんな、あんなこと言わせて」
「……啓太が謝ることじゃないでしょ。あの先輩が最低だっただけだし」
「でも俺が告白なんてしなければ、あんな風にキモがられることもなかったわけだか……ら?」
突然鈴音が足を止めたので、自然と俺も立ち止まる。
「……あんな人が好きだったの?」
「…………は、はい」
今にして思うと、俺が惹かれた部分はほぼ演技だったのかもしれないけど。
せっかく励ましてもらったのに情けなくて見せる顔がない……なんて考えていたら、鈴音が掴みっぱなしだった俺の手を解放した。
「見る目なさ過ぎ」
「う……返す言葉もない」
「昔からずっとそう。啓太って自分のこと好きになってくれない女の子ばっかり好きになって……フラれてばっかり。今回でもう七度目でしょ」
「な、なんでそんな正確に把握してるんだ」
「お兄ちゃんから聞いた」
あいつ、何を思って俺の恥を自分の妹に教えてるんだ……!?
「……ほんとバカ」
「え、ど、どうした?」
何故か膝を抱えて座り込む鈴音。
まさか具合でも悪くなったのかと心配して前に回ると、俺から表情を隠すように顔を俯かせてしまった。
「鈴音、大丈夫か……?」
「…………小さい頃、いつも私たちに声かけてくれたのは啓太だったでしょ」
「え? ああ……お隣さんだったし、同じ年の兄妹同士、仲良くしたかったからな」
何故今そんな話を、と思いながら頷く。
「……ま、それくらいの軽い気持ちだったんだろうなって分かってはいたけど」
軽いとは失礼な。俺なりに結構勇気を出して話しかけてたつもりだったんだが。
特に鈴音に対しては、女の子だし、かなり気を使っていた。
「……私たち、生まれた頃からお人形さんみたいとか、可愛いとか、死ぬほど言われてきたの」
「? ……まあ、そうだろうな」
怜央も鈴音もご両親に似て顔立ちが整っている。
うちの母さんなんて、未だに二人の写真を見るとうるさいくらいに「可愛い」を連呼している。
にしても、さっきから鈴音が何の話をしたいのか、さっぱり分からない。
「正直言われ過ぎてウンザリしてたし、そういうことしか言わない人たちって、見た目しか見てないんだろうなって思ってた」
「それは……ひねくれすぎだろ」
「どうせひねくれてるし……、だから容姿のことに触れてこない啓太と一緒だと居心地よかったの」
言われて思い返してみると、確かに俺は鈴音にそういうことを伝えたことがない。
だって女じゃあるまいし、可愛いなんて気軽に使う言葉でもないし、本人に直接言うなんてもっと難易度が高いし。
「…………けど、いつからか、逆になってて……」
「逆?」
首を傾げた時、いきなり鈴音が立ち上がったものだから、危うくぶつかるところだった。
すんでのところで躱したせいで体勢を崩した俺の腕が、再び引っ張られた。
「か……可愛いって、言ってほしいの」
「……え?」
「だから! 啓太に可愛いって言ってほしいの!」
「お、大声出すなって」
周囲の人から奇異の視線を向けられたので、誤魔化すように手を振った。
鈴音がこんなに大きな声を出すなんて珍しいし、必死なのは伝わってくるけど、残念ながら言っている意味はよく分からない。
「俺が言わなくたって、みんなに――」
「別に可愛いって言われたいわけじゃないことくらい分かるでしょ」
確かに、さっきウンザリするほど言われたって言ってたしな……ならなんだ?
俺に可愛いと言われる……というより、思われたいってことか……?
……、……え? それってつまり……
「……あ、あの――だっ!?」
言葉の途中で、ポケットティッシュが俺の顔面に向かって投げつけられた。
当たっても別に痛くはないけど、話は強制的に終わらされてしまった。
「ご、ごめん……あの、やっぱ今のなしで!」
「え?」
「今のはなんか……怒りに任せて言っちゃっただけだから! 全部気にしないで、あの、また明日!」
「ちょ、す、鈴音!」
駆け出して行った鈴音を追いかけようとしたけど、あまりの全力疾走を見て、やめた。
追いついたところで、今の俺には彼女にかける言葉が見当たらない。
「だって今の……なんて答えれば……」
これといったワードを言われたわけじゃないけど、流石に何も察せられないほど鈍感ではない……と思う。
けど、俺から切り出す勇気はないし、かといって全てを無かったことに出来るほど器用でもない。
静まり返った通学路に一人取り残される。
風が頬に当たり、普段なら肌寒いと感じるはずなのに、顔の火照りは全く取れなかった。
◆ ◆
「……おはよう」
「――」
翌朝、我が家にやって来た鈴音を見て、一瞬息が止まった。
え、まさか俺を迎えに……? 今まで一度も一緒に登校したことなんてないのに……
「お……おは、おひゃよう!」
思いっきり嚙みまくってしまったダサい俺に対し、鈴音はじとりと目を細めた。
「気にしないでって言ったのに……」
「む、無理だろ! というか、なんで迎えに……」
「啓太じゃなくて美咲を迎えに来たんだけど」
「あ……」
そういえばいつも二人は一緒に登校してるんだった……クソ恥ずかしい……自意識過剰野郎になってしまった……。
「み、美咲呼んでくる!」
「啓太」
走り出そうとしたところで服の裾を強く引っ張られ、危うく転びそうになった。
「きゅ、急に掴むのやめてくれよ!」
「ごめん」
軽い調子で謝った後、裾から手を離した鈴音は真っ直ぐにこちらを見てきた。
その瞳の中に映る自分の顔が妙に情けなくて、気まずくて、目を逸らす。
「……そっちがそういう感じなら、私ももう隠すの止めるから」
「へ?」
「いつか言ってもらうからね、可愛いって」
「え、いや、あの……」
戸惑う俺を見て、鈴音は憎たらしくなるほど綺麗に微笑んだ。
続く




