第22話【海へ行こう-1】
二回目のデートこそはもっとスマートにリードしてみせる――と、意気込んだものの、気が付けば期末試験が迫っていた。
赤点を取ろうものなら、地獄の補習が待っているので油断出来ない。
というわけで、金曜日の下校こそ続けたものの、土日などに会うことはなく期末試験が始まり、無事終了。
ジメジメとした暑さにウンザリし始めるようになった頃、夏休みに突入した。
ここ最近は試験勉強続きだったこともあり、開放感が半端ない。
「たっだいまー」
コーラ片手に部屋に戻ろうとした時、ご機嫌な様子の美咲が帰ってきた。
その手には紙袋。
「買い物だったのか?」
「うん、今度持ってく水着」
美咲の言う"今度"とは、先日母さんたちから伝えられた家族旅行のことだ。
長期休暇関係なくいつも忙しい怜央たちの両親が、珍しくまとまった休みをとれたというこで、二家族合同で海に遊びに行くことになった。
「めっちゃ可愛いの買っちゃった! 楽しみでしょー」
「別にお前の水着に興味ないが」
「鈴音も可愛いの買ってたよ」
危うくコーラを落っことしかけた。
「……反応が露骨過ぎてキモい」
「う、うるさいな」
誤魔化すように駆け足で部屋に戻ると、ポケットに入れていたスマホが振動した。
開いてみると、鈴音からのメッセージだった。
【旅行楽しみだね】
絵文字や顔文字もないシンプルな一文だったが、なんとも鈴音らしい。
「そういや、みんなで旅行なんて小学生の時以来か」
以前はよく一緒に遊びに行っていたが、次第にあちらの両親の仕事が忙しくなり、その機会は減っていった。
子供だけで出かけることも、美咲の反抗期が始まってからは少なくなっていたし。
「……楽しみだな、と」
色々考えたけど、結局俺もそんなシンプルな返事しか出来なかった。
◆ ◆
旅行当日は、見事な晴天。
照りつける日差しで外に出るのが嫌になるくらいだったが、車での移動なので助かった。
ミニバンに真っ先に乗り込んだ美咲を見て、怜央は鈴音の方を見た。
「僕が啓太の隣でも大丈夫?」
「当たり前でしょ……変なこと言わないでよ」
嫌そうな顔をした後、車に乗り込んでいく鈴音を見ていると、俺の肩がポンポンと叩かれた。
「僕が隣でごめんね」
「お前……面白がってるだろ」
「それもあるけど、嬉しくてさ。ようやく鈴音が報われたんだなって思うと、感動するというか」
……とか言うなら、顔がニヤついているのを何とかしてほしいものだが。
「いやー、それにしても啓太君、少し見ない間に大きくなったね」
ひょこりと後ろから顔を出したのは、怜央たちのおじさんだ。
仕事のためあまり会えないが、とても気さくな人で、俺も美咲も小さい頃から懐いていた。
「すっかりイケメンになって……学校でもさぞ人気者だろ?」
「それは怜央の方が遥かに」
「なに……流石怜央……俺の息子だな!」
「はいはい」
怜央も親父さんに絡まれるのは嫌なのか、さっさと車内に乗り込んで行く。
俺も後に続こうとしたら、おじさんに声をかけられた。
「啓太君、怜央や鈴音と仲良くしてくれてありがとう」
おじさんが珍しく真面目な顔をするものだから、俺も真面目な顔になった。
「俺たちは仕事が忙しくてあまり構ってあげられないから、君たちみたいな友達がそばにいてくれて本当に心強いよ」
……なんか改まって言われると、普通に恥ずいな。
「いや、俺の方が良くしてもらってるから」
「ははは、可愛い奴だな、君は」
いつもの調子で笑いながら俺の肩を叩いた後、おじさんは運転席の方へと歩いて行った。
車に揺られること数時間、目的地に辿り着いた。
外に出ると、潮の香りが鼻をかすめる。
更衣室で各々着替えを済ませて浜辺に行くと、既に人でいっぱいだった。
カラフルなパラソルが点々と立っていて、ビーチチェアに寝そべる人や、砂浜で遊ぶ子どもたちの声があちこちから聞こえる。
母さんたちは、おじさんが立ててくれたパラソルの下で座り、話し始めた。
どうも海に入る気はないらしい。
さて俺たちはどうするかと考えていたら、美咲が立ち上がった。
「鈴音、浮き輪レンタルしてこよ」
「うん」
手を繋いで歩いていく二人。
それを見送った後、怜央が小声で話しかけてきた。
「美咲ちゃんの水着、可愛いね」
「俺に同意を求めないでくれ……」
客観的に見てどれだけ可愛かろうと、妹のことをそう評するのは何か嫌だ。
「ところで、なんで鈴音はパーカーのままなんだろ」
「確かにな」
何でもない風に答えたものの、内心すごく気になっている。
鈴音は丈の長い薄手のパーカーを羽織っていて、その下の水着は一切見えない。
別に見たいわけではないが……、……いや、見たいな、流石に。
「まあ、でも海に入る時には……脱いでないね」
視線の先には、浮き輪に乗ってのんびり海を漂っている二人。
怜央の言う通り、鈴音は海に入ってもパーカーを着用したままだ。
水に濡れても大丈夫な素材なんだろうけど、ああもずっと羽織ったままだと、強い意志のようなものを感じる。
「んー……ま、ジロジロ見るのもなんだし、俺たちも遊びに行こうぜ」
「そうだね」
怜央としばらく泳いだ後、海から出てかき氷を食べることにした。
俺としては、やっぱりかき氷といえば苺なのである。
「そういえばかき氷のシロップって色が違うだけで全部同じ味らしいよ」
「え、マジかよ……それって結局何味なんだ?」
「なんだろ。人工甘味料かな」
「フルーツの味ですらないのか……」
かき氷をストローでシャクシャクしつつ、なんだか夢のない話だと思っていると、目の前を横切っていった三人組の女性の内の一人が、何か小さなものを落とした。
本人は気が付いていないらしく、そのまま通り過ぎようとしたので、慌ててその何かを探して拾い上げる。
砂の中に埋もれかけていたそれは、細いヘアピンだった。
顔を上げると、三人組は思ったより遠くまで移動してしまっていたので、駆け寄って声をかける。
「あの……すみません」
振り向いた女性たちは、一瞬きょとんとして、すぐに一歩下がった。
「え……? なに?」
あ、ヤバい。この反応はナンパだと思われてるかも……。
「えっと……これ、落としてました」
「ピン? ……こんなのつけてたっけ? ミキの?」
「えぇー……分かんない。色々つけてるから」
見ると、確かにその女性の髪には種類の違うヘアピンが何個もついていた。
多分オシャレなんだろうけど、これだけある中の一つが落ちたところで気付かないのも無理はないし、自分のものだと分からないのも仕方ない。
「……もしかしてナンパ?」
「い、いや、そんな――」
「さっき落としてましたよ」
横から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
気が付くと、笑顔を浮かべた怜央が俺の隣に立っていた。
「僕とこいつと二人で見てたので間違いないです」
「あ……そうなんですか……! すみません、ありがとうございます」
俺とは違い、怜央がサラリと言っただけで、女性たちの空気が変わったのが分かった。
なんだこの圧倒的な扱いの違いは……俺、そんなに挙動不審だったんだろうか。
「いえ、僕は何もしてないので。じゃ、行こうか」
怜央に促され、かき氷の店の近くまで戻る。
その頃には持っていたかき氷が大分溶けていて、急いでかきこむ羽目になった。
「ここら辺、ナンパが多いらしいから女の人は大変だね」
だから俺がそう見えたのも仕方ない――と、恐らく怜央なりに慰めてくれてるんだろう。
そんな気を使わせている自分が、なんだか情けなくなってきた。
「もっと自然に声かければよかったな」
「というか、わざわざピンを拾う人はあんまりいないからだと思うよ」
「そうか……?」
「僕は相当大事そうなものじゃないと拾わないかな。実際今も啓太が行かなきゃスルーしてたし」
「でももしかしたらピンも大事なものかもしれないし……まあ、違ったけど」
よく考えれば、男から話しかけられるのを嫌がる人もいるだろうし、何でもかんでも拾って声をかけるのはやめた方がいいのかもしれない。
食べ終えたかき氷のカップをゴミ箱に捨てるのと同時、怜央が言った。
「啓太らしくて良いね」
「……それは褒めてるのか?」
「バリバリ褒めてるよ」
そんなことを話していると、足の辺りを軽く蹴られた。
振り向いた先には、いつの間にやら海から上がって来ていた美咲と鈴音。
二人して、たくさんの使い捨て容器を持って立っていた。
見ていて危なっかしかったので、美咲の持っていた分を俺が、鈴音の持っていた分を怜央が、それぞれ代わりに持つことにした。
「焼きそばとお好み焼き……これ、母さんたちに頼まれたのか?」
「そ。お兄ちゃんたちが戻って来ないせいで、あたしたちが全部押し付けられたんだから」
「悪い。というか、母さんたちは? 一緒じゃないのか?」
「私と美咲がじゃんけんで負けたから」
辺りを見回しながら問いかけると、鈴音が答えた。
じゃんけんで負けたからって、中学生に全員分の買い出しを任せる大人というのもどうなんだろうか。落っことしたら一大事なのに。
「ちょうどいいや。鈴音、お兄ちゃんたちに押し付けて、あたしたちはかき氷買っていこーよ」
「え、でも」
「いいよ。僕たちも食べたし、鈴音たちも食べて来な」
「そういうことなら……。……あ、啓太、ちょっと」
手招きされたのでそちらに寄ると、鈴音は背伸びをして俺の耳元に顔を近付け、口を開く。
「後で時間ちょうだい」
そう言った鈴音の声は、ほんの少しだけ緊張しているように聞こえた。
「え」
「美咲、私、苺味がいい」
「あ、おい……」
俺が何を言う間もなく、美咲の方へと歩いて行ってしまった。
その際、ふわりとパーカーのフード部分が揺れて、そういえばまだ羽織ったままだなぁ、なんて考えが脳裏を過った。
もしかして……いや、そんな漫画みたいな展開あるわけないか。
うっかり落としかけた容器を抱え直していると、代わりに怜央が近付いて来る。
「僕らは先に戻っておこうか」
ボケっとしていた思考を振り払い、怜央の言葉に頷いた。
続く




