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月鬼桜 ~薄明の願い~  作者: 釉亜


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第三章 其の七

時折、鈴音自身に付け足してもらいつつ、話が終われば宗馬は「なるほどな」と言いながら顔を顰めた。

「今のを聞いても納得できないか?」

「いや、そうじゃない。嘘はついていないだろうし。となると、あのふたりの会話がおかしく思えてな。」

「まあ、もともと今代の大名はずいぶんと考えの浅いひとらしいから、安易にそういうことにしておけば周りが信じるだろうと思ったんだろう。現に、俺たちは否定も反論もしていないような状態だからな。」

俺はもともとまわりの状況に疎いのもあり、そういった噂を耳にすることはほとんどない。こちらの耳に入らなければ、それは違うと抗議することもできない。もし、それを見越してそのように振るまったのであれば、あの大名はそこそこ頭がまわるのでは?と思わないこともない。

そんな俺の考えが読めたのか、鈴音は首を横に振った。

「大名はそこまで考えておりません。ただ自分に都合がいいように話すのが上手いだけなのです。だからこそ、今でもあのように大名としてその座に収まれているのです。」

それもそうか、と納得する。

いくら領地に対しての知見がないとはいえ、表に代わりの者を出せない分、自分で解決せざるを得ない状況もあっただろう。しかし、口が上手いだけのやつなど一番面倒なのでは?と思う。反対に、俺は口下手であるためそういった方面はかなり不得意である。


今回は情報戦、という面においてほぼ敗北しているような形だ。

これを期に、今まで怠っていたそういった面にも力を入れるべきだな、と遅まきながらに重要さを理解して二度とはないようにしようと決意する。

そして、まずは目の前の問題に取り組まなければとは思えど、どうすべきかを今さら悩んだところで答えはきっと出ない。鈴音がどうしたいかを聞けていない上に、相手が相手なだけに俺の勝手でどうにかできる問題でもない。そして、この場には宗馬もいるため、近頃会えていなかった分の情報共有もしておきたい。

どんどんと積みあがるやるべきことに、どうしていつも厄介ごとばかりに悩まなければならないんだ...と俺は頭を抱えることになった。

「......くそが。」

「行儀が悪いぞ、遠夜。」

「宗馬にだけは言われたくないな。」

「俺は常に行儀良くしているさ。」

毒づいた俺に、得意そうに胸を張った横面を殴りつけたい衝動に駆られる。しかし、さすがに理不尽であることが理解できるため、ぐっと拳を握りしめてやり過ごす。

「帝は、鈴音の噂についてはその当時に聞いたくらいで今は聞かない、と仰っていた。だというのに、なぜ今さらなんだ?宗馬。」

帝が知っていたのだ。だれよりもその近くにある宗馬が知らないはずなどない。それなのに、帝と大名の話で初めて知り、こうして訪れたことのほうが俺にとっては違和感でしかない。

意図を探るようにじっとその瞳を見つめれば、宗馬も笑みを消してこちらを見る。

「お前が柊へと(おもむ)いているとき、俺もまた帝の命を受けて別の場所へと訪れていたんだ。こちらへと戻ってきたのはほんの少し前だ。おそらく、ちょうどそのときに噂がされていたのだろうよ。」

「ということは、本当にその時だけだったということか。」

「ああ。そもそも俺は帝と違って大名どもと顔を合わせることはあまりないしな。そういった(たぐい)は別に扱う者たちがいるのもあって、俺のもとに届く話は最低限だ。」

肩を竦めながらいう宗馬に、さもありなんと頷く。

宗馬の任は、第一に帝の御身をお守りすることだ。その宗馬にすべての物事を任せるというのは難しいだろう。きちんとそのあたりの采配がなされているのはさすがといったところか。


「それで一方だけの話を聞いて、鈴音に刃を向けたというのだな?」

事情は理解できても、その短絡さに呆れ果ててよくもと睨みつける。しかし、当の本人も反省はしているようで、気まずそうに頭を掻きながら謝罪した。

「それは......すまなかった。だが、お前が悪い女に騙されているのかと思ったんだ。いざ会ってみれば、首に向けられる刀に動揺すらしないような奴だったわけだし...」

「奴??」

「いや、その......」

「将軍様、私は気にしておりません。むしろ宗馬様の反応が正常なのです。」

「鈴音まで...」

「ご事情をお話いただき、ありがとうございます。」

食い下がろうとした俺を遮り、鈴音は宗馬へと丁寧に頭を下げた。さすがに、それを見てもなお言い続けることはできず黙り込む。

「見ての通り、私は将軍様にお助けいただいてこちらに身を寄せております。このご恩を返すために尽くさせていただく所存です。......誓って、仇なすような真似はいたしません。」

手を左胸にそえて目を閉じた鈴音の姿に、宗馬がはっと息を吞む。

それが嘘偽りの言葉でないことが、きっと伝わったのだろう。しかし、俺としてはそれを嬉しく思うことはなかった。なにも言えずにいる俺たちを気にすることなく鈴音は顔を上げて、なんてことないように微笑むのだ。

「もし、私が将軍様にとって仇なす存在であるとご判断されたときは、迷いなくお斬り捨てください。」

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