第三章 其の一
本日より、また再開させていただきます。
不定期となる可能性もございますが、ゆるやかにお付き合いいただけますと幸いです。
ざわざわと、人でにぎわう光景を御簾越しに眺める。
今日は新年を祝う宴が催される日。そんな日に俺と鈴音、それからじいやと他数名がこの広くはないけれども狭くもない部屋で過ごしていた。
ちらりと横を見れば、いつもの質素な装いとは違って艶やかな色合いの着物に身を包み、髪を結いあげて大きな椿の飾りを挿した鈴音がそこにいた。
それはどれもこれも俺が贈ったもので、その姿をひと目見た瞬間に笑みが零れたほどに美しかった。
この宴はだれでも参加できるような気軽なものであったため、鈴音も連れていくことにしたときに買い与えたものだ。もちろん、当時はかなり慌てた様子の鈴音に一度断られたが、『俺が持っていても仕方がない。君のために選んだものだから着てくれると嬉しい。』そう言ってしぶしぶながらも受け取ってもらったものたちは、そこにあることが当たり前であるかのように鈴音の身を着飾った。
今でも、あのときの申し訳なさそうにしながらも最後には嬉しそうに微笑んでくれた顔を思い出す。
あれは可愛かったな...
などとひとりで思い出に浸っていると、廊下側に控えていたひとりがそばへと寄る気配に、意識はおのずと引き戻される。なにか用かと視線をやれば、少し戸惑いながらも耳打ちされる。
「帝がおいでになっております。」
それを聞いてすぐさま立ち上がり、廊下へと続く襖を開けば、想像した通りそこには帝ひとりだけだった。一瞬、大声を出しそうになるものの、すっと口元に当てられた指にぐっと口を引き結ぶ。そして、大きなため息にすべての感情をのせて吐き出し、なんとか声を抑えながらも苦言を呈す。
「なにをしていらっしゃるんですか!このようにだれもが出入りできる場所で、おひとりで歩かないでください!」
周りを確認した後にさっと脇にどいて部屋の中へと招き入れ、控えていた者たちに宗馬を呼んでくるように言付ける。このひとは本当に自由気ままで嫌になる、と頭を抱えながら先ほどまで自分が座っていたところへ案内しようとすれば、帝が途中でふと足を止めた。どうしたのだろうかと視線の先を追えば、俺以外の者たちが部屋の隅へと移動しているところだった。じっとそちらを見つめるその様子が妙に気になり、声をかける。
「どうかなさいましたか?」
「......いや、なんでもない。他の者も楽にしてくれ。」
まさか気を遣わせてしまった、とでも感じたのだろうか。もしそうであれば、まさにその通りなので今すぐにご退出いただきたいところだ。
じとりとした俺の視線に気がついたのか、帝は苦笑しながら俺が示した場所へと腰を下ろす。
「そのように邪険にせずとも良いだろう。休養から帰った後、あまりゆっくりと話す機会もなかったからこのように赴いたというのに。」
はあ、とため息をついて悲しげに言われても、長年の付き合いもあり、ふりであるということは見え透いている。
「それはそれは。わざわざ足を運んでいただき、身に余る光栄にございます。こちらから出向くべきところ、気を回せずに申し訳ございませんでした。」
こちらも負けじと不敬だと言われてもおかしくない態度で返す。そして、ふたりで顔を見合わせてふっと相好を崩す。
「今ここには、私以外にはいない。いつものように接してくれ。」
「わかった。」
いつも周りに人がいないとき...今回はこちら側の人間がいはするが、口の堅い者たちであるために問題ないだろうと判断し、友人としてのそれへと態度を変えた。
「変わりなく過ごしていたか?」
「まあ、それなりに。」
暁月からの問いに、少し悩んでからそう答える。
休養から帰った後は、冬に備えて忙しなくしていたため変わりがなかったかと言われれば、なんとも言えない。しかし、そんなことは暁月も承知の上で聞いたのだろう。
「そうか。遠夜も忙しい身だろうから...休養地ではゆっくりできたのか?」
「ああ。仕事もしなくてよかったから、ゆっくりできたさ。」
聞きたかったのはそのことか、と思いながら今さらながらに一言くらいは報告をしておくべきだっただろうかと反省する。もとはいえば、帝からのお達しで赴いていたということを思い出せば、それを察したかのように帝は呆れた表情を見せた。
「ゆっくりとできたならそれでいい。それよりも気になっていたのだが、あちらの美しい人が遠夜が休養地から連れ帰ったという噂の人かな?」
ちらりと暁月は鈴音を見ながら問う。
「噂......?」
「聞いていないのか?遠夜が休養から帰ってくるときに美しい人を伴っていたと城内ではかなり話がされていたんだ。」
まさか知らなかったのか、と目を丸くした暁月に眉を寄せる。そんな話がされている、ということなど今まで一度も耳に入ってきたことはなかった。隠しているわけではなかったが、帝の耳に入るまでに噂となっているとは思いもしなかったのだ。
「君は滅多にこちらに来ないからな、知らないのも無理はない。ただ、あくまでそのときに噂になったくらいだ。今はそういった話はほとんど聞かない。」
こちらの様子に気づいて付け足してはくれたものの、当人としてはあまり気分がいいものではない。だが、暁月の言う通り今さらすぎてどうにかできるようなものでもないだろうと諦める。
後で鈴音本人と話をしたほうがいいかもしれない...とも思いながら。
「遠夜を射止めたというその人が、どんな人なのかずっと気になっていたんだ。紹介してほしい。」
「そういうんじゃない。」
どこか無邪気な瞳で嬉々としながら言われて、じろりと睨む。
わかっていてこう言っているのだから質が悪い。そして、やはりあの件については確信犯であったということを今になって知ることになったわけだ。
「いやぁすまない。あの大名からどうしても、と頼み込まれてしまって。それに、遠夜の困りごとに対してちょうどいいかと思ったんだ。」
ますます眉間の皺を深くした俺に、暁月は肩を竦めて言い訳をする。それで怒りが収まるわけではないが、暁月なりに気を遣った結果であることも理解できたので、ひとまずは飲み込むしかない。それに、俺自身が暁月に相談したことが発端なのだから。




