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ランドフォール・パレード!  作者: 白樺セツ
カシュカシュ
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レポート3、代行

いい? 里沙(リサ)ちゃんは自由なの。

このお屋敷は里沙ちゃんのお家で、里沙ちゃんを縛るものなんて何にもないのよ。



そうだぞ。

もう家の血筋だとか格式なんかないんだからな。

でも、誰かに言われたりしたらすぐに言うんだぞ。

なんとかしてやるからな。

里沙は自由なのだから。



里沙ちゃんは恵まれた子なの。

恵まれた子であるべきなの。

私はずうっと家に縛られて、操り人形でしかなかったけれど、あなたは違う。

今度は里沙ちゃんが家を操って。

私の分まで。



使用人たちも里沙の好きにしていい。

嫌いな者がいれば追い出していいし、使用人にしたい人間がいるなら、私に言ってくれればできる限りなんとかしてやる。

里沙はこのお屋敷の主なのだから。



わたしの里沙ちゃん。

あなたは自由よ。何をしてもいい。

どんな振る舞いもそれはあなただから。

だからわたしはあなたに期待なんか背負わせないわ。

あなたはあなたが行動すればいい。



ピグマリオンはお前なんだ。里沙。

期待を持つのは里沙で、私たちは期待を叶える側なんだよ。



ああ、里沙ちゃん。幸せになって。

もっともっと幸せになって。

世界中からあなたの幸福をかき集めてあげる! 

かっこいいお婿さんを探してあげるし、性格の良いお金持ちだってきっと見つかるわ! 

ああ、それとも一夫多妻や多夫一妻とか、それも視野に入れた方がいいかしら? 

そうね、早く行動した方がいいわね。

だって里沙ちゃんは、



里沙。里沙。里沙。

幸せになったら、幸せのままでいような。

良い医者を見つければ、きっと上手くいくはずだ。

見つけられなければ、最上の方法を試そう。

そうだ。やはりそれがいい。それが一番だ。

なんたってお前は何よりも尊いのだから。



里沙、幸せになりなさい。

里沙ちゃん、幸せになってね。

私たちの分まで、幸せに




「里沙、お見舞いに来てあげたよ」


ふっと意識がより戻されて目を開くと、ほんの数センチ離れたところに奴の顔があった。


視覚と聴覚で相手を判断したのではない。

あまりに近すぎる顔はぼやけて見えるし、近すぎる声は頭に反響して、反響しすぎて、分からない。

でもまあ、こうして里沙の部屋に悠々と侵入してくるようなのはこいつしかいない。


「やだな、こいつとか。俺と里沙の間じゃないか。ダーリンでもなんでも呼んでいいんだよハニー」


「死んでしまいなさい」


「それは無理な相談だよハニー。それが出来たら私はここにいない」


「そうね。だから嫌いなのよ、あなた」

 

布団に埋もれていた手で相手の顔を押しやろうとした。

けれど手は、腕は、重くだるく動作を緩慢にしていた。

だから結局相手の顔にたどり着く前に手首を掴まれてしまった。


「無理しない方がいいよ。だるいんでしょ」


顔が離れていく。だけど掴まれた手はそのまま持っていかれて、里沙の目の前で手の平に唇が当てられた。

しかもこれみよがしにニタリと笑う。


おぞけがする。気持ち悪い。


体を動かそうとする。布団が重い。悪寒がする。

それは奴のせいでもあるが、半分は体調のせいだった。


「ね。どんどん体弱くなってるね。夏に初めて会ったときはまだましだったよね」


「季節の変わり目は誰だって体調を崩しやすくなるものよ」


「もう半ばだけどねー」


「風が冷たくなったでしょう」


「そうだね。風が冷たくなった。あと少しで冬が来る。あっという間だね。来年も冬は来るのかな」


掴まれた手を振り払い、手の平を布団で拭いた。

ひどーい、なんて言葉は聞かなかったことにする。


寝がえりを打つ。相手の顔は見なくても事足りる。


「報告を」


「色気ないなあ、里沙先輩はっと」

 

顔の前にひらりと紙が一枚置かれた。


「まとめてあげた。君がすやすやと眠っている間にね。

ついでにパソコンとプリンターの調子も見てあげたよ。ウイルス入ってたから。

君疑われてるよ。気を付けて行動したほうがいいね。鳴識先生にも一応気を付けて。

それからさ、今度からはもっと僕を利用しなよ。

僕みたいな便利な生き物、そうそういないよ? 

もっと重宝してもらいたいな。チートしほうだいなのに」


「わたし、攻略本はあまり見ないわ」


「なるほど。いざって時に使うんだね。心待ちにしているよ。こんな雑用じゃなくって、もっと君の役に立てるようにする」


「……言ってなさい」


顔の前にある紙を手に取る。箇条書きにされた項目がムカツクくらいに見やすかった。


「不備はあるかな」

 

ないことを見越して言っている、と分かる。

 

このレポートには里沙の知りたいことばかりが記述されていた。

里沙の意図を知っているからこその書き方だった。

部員には任せられない部類のもの。

 

田中秀樹タナカヒデキ霧霞澄キリガスミ学園へ転校してきてから起こった出来事。

彼と再会したことでおおいに動揺した国木瑞架クニキミズカ

そんな彼女に対する彼の様子もまたしかり。


やはり彼で正解だったらしい。

とても喜ばしいことだ。

来年自分は卒業となるから、それまでになるべくことを進めておきたい。

かかりきりになれるのは今だけだ。


「もし君と会ってなかったら、君は今何をしていただろうか」

 

またしゃべりだした。不毛なことを。


「暇だったんだよ。そろそろ。私は」

 

声色が一つ低くなった気がした。それは気のせいかもしれない。

 

文句を言おうとしたが、変更した。


「何でもできる時間が長ければ長いほど、つまらないものはないわね」


視線は自然と部屋の窓へ行き、半分ほど開いたカーテンの向こうを、そのまた向こうの向こうの、そこから見えるはずの小高い山を見た。




里沙はずっと変化を望んでいる。


自分が歩んできた人生をまるっきり否定してしまうような、培ってきた価値観をそっくりそのままひっくり返してしまうようなことが起こるのを待ち望んでいる。

ファンタジーな展開や現実的すぎる展開を待っている。


激しい感情の落差を経験したいと昔から思っていた。

どうしようもない出来事を、身の破滅に繋がるものを望んでいた。

それはつまり絶望と呼ばれるものを焦がれているのかもしれなかった。


里沙はいまだかつて挫折も成功もしていない。

勉強をサボれば悪い結果になり、逆はもちろん良い結果になった。

費やした時間があれば必ず結果に繋がる。


それは普通であると世間は言う。

両親も言う。

努力すれば必ず結果がついてくる。


里沙はそれに異議を唱える。


努力をしても、全員が里沙のようになんでもできるわけではない。

同じ量だけ努力をしても実らない者は実らない。

努力=成功ではない。

個々の特性を理解し実行しなければ。

それが難しいことであるから、順位がつく。


人というのは平等ではない。

人の社会は初めから平等にはならないよう、うまく構成されている。

人はヒトであるだけで、上も下もなければ左も右もない。

順位をつける前に、ヒトは個々がバラバラすぎるのだ。

だからルールを作ってお互いが離れないようにする。

だけどもやっぱりバラバラだから、そこでドラマが生まれる。


里沙は何でもそつなくこなすから、そんなものはないのだ。

意思ひとつでどんなものにもなれるのだから。

だからこそ、どんなものにも完全になることはできない。


今年の四月。

三年生が卒業して、学年がくり上がった里沙は部員がいないということだけでメディア部の部長となった。


その後、最初に入部してきたのは二年の藍澤蒼介アイザワソウスケ

幽霊部員となることを宣言して入ってきたようなものだったから、理沙はそちらには期待せず新しく部員を集め始めた。

そうして勧誘したのが国木瑞架クニキミズカ花積智美ハナツミトモミだった。


もともとは、あまりにも強い個性を持った花積智美を見込んで勧誘したのだが、後々になって国木瑞架にも形容しがたい異様さを感じたため、彼女も勧誘した。


彼女はあまりにも平凡だった。

なら何が異様だったのかというと、その平凡さにあった。

軽く調査して、嬉しさのあまり笑ってしまったことを里沙は忘れない。


智美も興味深い人間ではあるが、瑞架をとりまいている『何か』の存在はとてもわくわくするものだった。

一般人が触れると火傷してしまう類のものだったのである。


人というのはバラバラな生き物だ。

智美は我が強すぎるし、瑞架は異様だし、里沙は大抵のことはそつなくこなせる人間。

付け加えるなら、絵に描いたようなお金持ちのお嬢様。

上流階級という言葉が似合うような家に生まれ育っている。


これだけ役者がそろっているのだ。

あとは何かきっかけがあればいい。

設定が緻密なキャラクターが集合していてもやはり事件が起きなければ何もならない。

瑞架の素生を完全に洗うことが出来ればそのきっかけのヒントがあるかもしれない。


お金持ちのお嬢様。

それだけでは何もない。

瑞架のように何か秘密があれば、それに葛藤したりと悩むことがあったかもしれない。

こうして考えるのは本心では彼女をうらやんでいる、ということなのかもしれなかった。


瑞架は霧霞澄学園に入学してからというもの、学園の周りや通学路など知らない場所をなくすかのように散策をし続けていた。

それが本人の趣味なのかどうかは知らないが、同じ行動をしてみることで分かるものもあるはずだ。


ちょっと前のこと。

今年の夏休みでの出来事。


雨が降っていた。

そうたくさん降ったわけではない。

霧みたいななけなしの水が地面を湿らせていた。


霧霞澄学園の背後にある、ほぼアスファルトと建造物で覆われた山を登ってしばらくしたところ。

中腹あたり。

この山ではっきりふもとだと言い切れる地点は分からない。

昔は線路を引っ張ってくるまで森で覆われていたらしい。


里沙がそこへ辿り着いたのは偶然で、しかし限りなく必然的とも言えた。


そこらはいわゆる高級住宅地というものである。

山の上に行く程に傾斜は急になっていき、段々歩くのが厳しくなっていった。


薄手のシャツにズボン、麦わら帽子にスニーカーと、普段より格段に動きやすい格好をしていた。

なのに、一歩一歩足を踏み出す程に筋肉がきしみ、骨がきしみ、汗が絞り出され、心臓のあたりが怪しくなった。

こめかみ、頬、顎、そこらを伝う汗は黒い地面にさらに黒い染みを作った。


たびたび休憩をとり、持参したスポーツドリンクと栄養剤、それから里沙のために調合された薬を飲んだ。

飲みながら、周囲の様子を注意深く観察した。

家の者は里沙の意向に反した行動は一切取らないようすでにしつけてあるが、念の為、だった。


空になったスポーツドリンクのペットボトルを捨て、新しいのを買ってカバンに入れてまた歩き出した。


山の上の舗装された道は、歩行者のためではなく車のためだ。


このあたりでは定期的に車を入れる大きめのガレージが目に入る。

並ぶ家々は屋敷のように大きなものから、バリアフリーなどどこ吹く風といったような趣向の凝らした家など実に様々な種類がある。

家によっては黒いスーツを着た人間が常に家周辺に立っているところもある。


里沙の家もこれらと同じ類の家の一つではあるが、家の周辺にSPがいることはない。

いるのは中だ。外にはあるのは数個の監視カメラだけ。

もの好きでない限り、よそ者がここ一帯をうろつきまわるということはそうそうない。

やはり高級住宅地というのは独特の雰囲気があり人を寄せ付けないものなのだ。


しかし、そこに国木瑞架はさらりと入ってきてはうろついていた。

よそ者という雰囲気を出さずに徘徊する。

そして競うようにして建てられた家々の隙間にあるちょっとした小道や空き地、突然現れる小さな廃墟などをくぐりぬけていった。

彼女は人目を避けることが得意なのだろう。


国木瑞架の歩いた道を辿るほどに、ちょっとした驚きが里沙の胸に芽生えていった。


思いもよらないところから伸びる道は、まるで異世界への入り口のように思えた。

路地にはツタや細長い木々がトンネルを作っていたりしていて、国民的に有名なあのアニメを思い出させる。


蜂やら蜘蛛やら虫もたくさんいる。

里沙はそれらを持っているスプレーで避けながら進んだ。


身のこなしとしては里沙も負けてはいない。

初めは少々てこずったが、もはやすいすいと前へ進む。

瑞架の足が踏んだ部分に里沙は難なく足を下ろす。

異なる点としては、体力の差である。

里沙は頻繁に休憩を入れなければならなかった。


次は薄暗い廃墟の脇を通ろうとした。そのときだった。


「ね、そっち行かない方がいいよ」

 

振り向けば、一メートルほど後ろに黒髪がひと束混じった金髪の男が立っていた。

歳の頃は里沙とあまり変わりなく見える。

えり口が広めのシャツとジーパン、それからシルバーのアクセサリーが首や腰にじゃらじゃらと垂れ下がっていた。

 

男はにこにこと愛想よく、里沙に忠告した。


「君みたいな薄幸の美少女が行くには、ちょーっとレベルが足りないよ? いや、すんごく足りない。もっともっとレベル上げした方がいいんじゃない?」

 

お前は、という言葉を呑みこみ、呼吸を整えてから再度口を開いた。


「……ということは、あなたはわたしよりレベルが高いのね」


「うん、すっごく。あ、そうだ。ちょっとの間俺の恋人になってくれたら、この先案内してもいいよ? 護ってあげる。大丈夫。そこのオンボロおうちに入ったらあっという間だよ。ど?」


「丁重にお断りするわ。近寄らないでちょうだい」


「あちゃー、ナンパ失敗。久しぶりに楽しめると思ったのにー」

 

全く残念そうには見えない笑みを浮かべつつ、男が足を前に踏み出し近づいてくる。

里沙の後ろには廃墟があった。


「俺、君に聞きたいことがあるんだー。怖くないからこっちおいで?」

 

里沙は迷わず廃墟の方へと走った。

久々に走ったから少しつんのめってしまった。

いつだったか医者に言われた言葉が頭をかすめたが、それは今無視すべきだと思った。

 

地面を覆っていたアスファルトは、ある部分でぷっつりとなくなり山肌へ変わった。

剥がれて砕け落ちている瓦を里沙は踏みつけた。


無残な廃墟――小さな家屋の壁にはツタがからまり、苔が生え、蜘蛛の巣が張っていた。

壁に釘で打たれた木の板だけが新しかった。


不意に戸が動いて中から何者かが飛び出してきた。

その何者かにぶつかり里沙は地面へ倒れた。

土と草の臭いが鼻につく。

 

はっと気付けば、里沙の上に何者かがまたがっていた。

人、いや人型の何か。


相手は裸で、肌色が前面に広がる。

でもその見た目の質感はツルツルで、明らかにビニールのそれだった。

体の半分を走るシワや、ピンと縦に引っ張られた皮はちょっとでも傷が付けばそこからビリビリと破けていってしまうだろうと予想がつく。


里沙はなんとか押しのけようとして暴れた。

手をふりまわした。

悲鳴を上げたかどうかは、分からない。

それなりに必死ではあった。

本当に必死だったかは分からなかった。


ソレには体毛らしきものはどこにもなく、顔のパーツなのだろう大小の穴からは木屑が混じった綿が覗いていた。

かぱりと開いた口に唇らしいものはなかった。


「オウジョ……オウジョ、ォ……」


ノイズまじりの鈍く低い機械音。


ギクシャクした動きで、それは里沙の腹、胸、首へと手を這わせた。

そして棒きれのような両手で首を掴もうとした。


「タス、ケ」


ぼすっというあまり手応えのない音を出して、ソレが横に倒れた。


「ねー? 危なかったでしょ?」


蹴り飛ばした張本人は変わらない笑顔で里沙に手を差し出したが、里沙はその手を取らず服についた土や枯れ葉を払いながら立ち上がり、呼吸を整えて動悸を鎮めることを最優先にした。


横倒しになったまま、人形のようなソレは探るように手を宙で動かした。

里沙がまだそこにいることを疑っていないかのように。


「外見も機能もダメダメだね」


男が鼻で笑い、それに近づくとまた蹴った。

もう一度。また。


そのうち表面に亀裂が入ったかと思うと、里沙の予想通りあっという間にビリビリと避けて、中身をこぼしながら割れてしまった。

男がまた蹴れば何かボキッと乾いた音がし、上体の真ん中でぱっくりと折れてしまった。

 

綺麗にその断面が見えた。

ビニールのような樹脂の皮膚の内側に屑が詰まり、折れた角材が見え、中央に何かこぶし大の黒いものがあった。


「あーあー、やっぱり」

 

男は躊躇いもなくその黒いものを取ってしまうと、屑を払いつつ片目でじっと見つめた。

それはツヤもなく、透明さもない。

何か煙のような黒っぽいものがにじみ出ていた。


「ぎゅうぎゅう。この人たちにはやっぱりサイズ合ってないよ。だめだねー、サイズは妥協しちゃいけないのに。

ね、君もそう思うでしょ? 下着のサイズ合ってないとすぐ形崩れるでしょ。あれと同じなんだけどねー」


「人……?」


「知りたい?」

 

カク、と男は首を傾げて里沙を見た。面白がるように目が細くなる。

 

里沙は冷静に、かつ詳細にこの景色について考察した。

 

笑顔の男。廃墟から出てきた動く人形。その人形から出てきた黒い何か。

 

男は聞きたいことがあると言っていた。

 

そして、山下里沙は選択した。



◆◆◆



眠りに入ってしまった少女の頭をそっとなでると、ソレは微笑んだ。


「お休み。眠るときくらいは悪夢を君へ」

 

ソレは少女の部屋をうろうろ歩くと、ふと床に伸びる白い延長コードの一つに手を伸ばした。

差し口は三つ。

今は何も差されていない。

 

手でそれを包み、バチッと音がしてから放す。

床に転がる。これで大丈夫。

 

部屋を抜け出して、扉の向こうで聞き耳を立てていた使用人のそばでささやく。


「今日も『普通』だったよ。お勤め御苦労様」

 

使用人の肩がビクッと跳ねあがった後、 



――――

――――――――

――――



「幸せって、何なんだろうねぇ」




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