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彼の世界

同じ時間に目が覚めて、同じ制服に袖を通し、同じように家を出る。

同じように授業を受けて、同じように友達と駄弁って、同じように寄り道をして、同じ時間に家に帰る。


同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ。


信号を渡ろうと歩行者用押しボタンに指を掛けたたとき、ふと概視感に襲われた。あたりまえか、とおもず笑う。毎日同じ時間にここを渡っているのだから。

そうだ。今日は別の道から帰ろう。

くるりと信号に背を向けて、遠回りの小道へ足を踏み入れた。




通り道にあったコンビニに立ち寄って買ったパンを食べながらぶらぶら歩いていると、小さな公園に辿り着いた。

なつかしい。昔はよくここで遊んでいたっけ。

懐かしさに惹かれて公園に入った。鳩が沢山居る。・・・あれ、前からこんなに居たっけ?

ベンチに座ろうとして、鳩にえさをやっている老人に気がついた。目の前にある『餌をやらないでください』の看板に気づいていないのか、にこやかにパンくずを落としてやっている。

・・・・・・ていうか、餌付けというより集られてる気がしないでもないんですけど。

「やあ、こんにちは」

老人もこちらに気がついて、微笑をこちらに向けた。

「あの・・・・・・ここ一応餌付け禁止なんですけど」

看板を示しながら教えると、老人はあちゃ、と頭を掻いた。

「そうなのかい? こっちの字を読むのはどうも苦手でねぇ・・・・・・」

そうなんですか、と頷こうとして違和感に気づいた。

『こっちの字』?なに言ってんだこの人。見たところ外人には見えないし。

「見たところ学生のようだけど・・・・・・君の名前はなんて言うんだい?」

「佐藤、ですけど」

警戒しながら答える。

「下の名前は?」

「・・・・・・有一、です。あの、俺もう帰るんで」

背を向けて帰ろうとした時。

足元の鳩にけ躓いた。

「なっ・・・・・・!」

一気に地面に近づいたパンめがけて鳩たちが一斉に飛び掛る。

鳩にもみくちゃにされながらちらりと見えた老人は、相変わらずにこやかに微笑んでいた。


「『君の世界』へようこそ、ユーイチ君」

そういった瞳は、金色の光を放っていた。



気がつくと、そこは元居た公園ではなかった。

もっというなら、元居た『世界』ですらないようだ。

見えるものは金や銀で光る歯車。どこが上でどこが下で、どこまでがこの空間なのか分からないようなそんな空間。

「どうだい? この世界は」

振り向くと、あの老人が相変わらず鳩に餌をやっていた。

「この世界って・・・・・・ここどこだよ」

「ここは君の世界。全てが君の元の世界とは違う世界。君の望み通りに世界を作る事が出来るのさ。私かい? 私は案内人のオルズ」

帽子をあげて軽くお辞儀をした。

「ふざけんな! 頭おかしいんだろあんた!」

「そう疑うなら、望んでごらん。何でもできるはずだ」

何言ってんだこの人。それでもとっさに空を飛んでいるところを想像していた。

その途端、

「うおっ!?」

体が宙に浮かび、背の高い老人のさらに上から世界を眺めていた。

「何だこれっ・・・・・・!」

「何って・・・・・・さっき言っただろう、ここでは君の望み通りに世界が作られるんだ。君が望めば空も飛べるさ」

「何でもできるのか?」

思わず訪ねると、老人は笑顔でうなずいた。

「そう、何でも。この世界で君は『神』になれる!」

「神・・・・・・」

ぐるりと体を回して、世界を見渡した。何も無い、歯車だけの世界。

目を瞑って、大地と大空を想像した。

目を開くと、そこにはどこまでも広がる大空と、どこまでも広がる大草原。

「ホントに何でもできるんだ・・・・・・!」

そうと知ったらもう止められなかった。


次々と想像していく。

大地を駆けるのは馬や牛やライオン。そこに混じってユニコーンやよくわからない生き物。

大空を翔るのは鳩や鷲や鳶。そこにペガサスやドラゴンを混ぜてみる。

天までとどく高い塔。天から降りる逆さの塔。

次々と創造していく。


「『人』に値する動物は作らないのかね?」

「人間も作れるの?」

「ああ。君が望むのなら何でも」

「どんなのがいいのかな・・・?」

軽く唇を湿らせて考える。

せっかく一から人間を作れるのだ。どんな人間にしよう?

俺を、神を敬う人間。姿かたちはそのままでいいや。原始時代のような服を着せよう。

目を開くと、そこら中に『人間』がわらわらと集まっていた。

しかし、そこらの動物と何も変わりはしない。言葉を喋らず、うなっているのみ。

「あれ?」

「『言葉』をあたえなくては」

「なるほど」

彼らが日本語を話しているところを想像した。

彼らの唸りが言葉になる。

「本当に神様みたいだ・・・・・・!」

「本当に君は『神』なんだよ」

突然、叫び声が聞こえた。

「え?」

下を見下ろすと、さっき作った『人間』達が取っ組み合って喧嘩を始めていた。

「ちょっと待てよ!喧嘩はやめろ!」

しかしこちらの声が聞こえないのか、喧嘩をやめる様子は無い。

「無駄だよ、こちらの声は聞こえない。『神』に出来ない事の一つなんだ。こればかりは『神』でもどうしようもない」

老人はさも当然のような顔で言う。

「そんな! 何でもできるって言ったじゃないか!」

「あー・・・・・・まあ、言葉のあやというか、なんと言うか・・・・・・神様だって出来ない事の一つや二つあるに決まってるじゃないか」

「・・・・・・じゃあ、あの喧嘩をやめさせる事はできないのか?」

「『天罰』を与えればいい。彼らに『学ぶ』力を与えたのなら、それで学習して、喧嘩をやめるだろう」

「天罰・・・・・・」

ぱっと『ノアの箱舟』が思いついた。でもさすがに全員流しては意味が無い。喧嘩しているやつらの上に、滝のような雨を降らせる事にした。

凄い勢いで雨が降り出し、喧嘩しているやつらが見えなくなった。

そして雨がやんで、

「そんな・・・・・・」

そいつらは死んでいた。

周りの『人間』達はしんと静まり返った。

「俺は、俺はこんなの望んでっ」

「君の望んだ結果だよ」

振り返ると、老人は相変わらず微笑んでいた。

「ふざけんな! 俺はこんなの、」

「確かに望んでいたんだよ」

金色の瞳がすっと細められた。背筋が凍るようなその視線に、言葉を続ける事は出来なかった。

「君はおそらく元居た世界の神話でも参考にしたのだろうが、その神話では人々は死んでしまったろう?しかし君はとっさにそこまで考えなかったからその神話の通りの結果になった。それだけのことさ」

「俺はこんな世界っ・・・・・・!」

「『同じ』は嫌なんだろう? この世界なら、今までとまったく違う世界を自らの手で作る事ができるんだ」

なんともいえない不安に襲われた。

帰りたい。早く元の日常に。同じ毎日に。

「・・・・・・戻せよ」

「本当に戻りたいのかい?」

・・・・・・すぐには答えられなかった。

毎日同じ事の繰り返し。起きて、学校に行って、帰って、寝て。


俺は本当に戻りたいのか?


「君が本当に戻りたいと願うのなら、いつでも帰してあげよう。『神』候補は君以外にいくらでも居る」

老人は再び、鳩に餌をやり始めた。




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