第2章 第6話・多方面同時侵攻2
西暦2280年9月18日 冥王星近海は、濃赤色と純白の熱線が幾重にも交錯する文字通りの地獄と化していた。
「敵艦隊前衛第1波、中、小型艦からなる艦艇群200及び敵艦載機多数急速接近! 距離45,000!」
「全門開け! 各個に照準、全武装使用自由!撃ち方はじめ!」
第8、第9航宙艦隊からなる地球連邦軍の臨時連合艦隊100隻は、圧倒的な物量を誇るエベロラ帝国第32遠征軍「ノルド艦隊」630隻を前に、壮絶な遅滞戦闘を展開していた。
第8艦隊司令の指示通り、後方に下がった航宙母艦戦隊から数百機もの艦載機が飛び立ち、艦隊の防空の傘となる。
艦隊へ攻撃を仕掛けようとする敵の艦載機を味方艦載機が空間機動で次々と撃墜していくが、物量の差は如何ともしがたく、徐々にではあるが確実に艦載機部隊の損害が増え、押され始めていた。
主力戦隊は敵との距離を保ちながら巧みに後退していた。
「敵前衛艦隊左翼に突撃してきます!早い!」
「全艦敵艦隊の動きに注意しつつ敵の動きに合わせ左翼の第三戦隊をさらに後退、中央の我が第一戦隊はそのままを維持、右翼第ニ戦隊を我が第一戦隊を軸に回り込ませよ!」
命令が伝達されると艦隊は即座に対応し見事な艦隊運動をもってノルド艦隊の前衛である巡洋艦、駆逐艦からなる部隊を反包囲する形となる。
そう、これで十字砲火を加えることが可能になり、艦隊は遠慮なくその火力を叩きつけた。
無論ノルド艦隊前衛部隊も黙って十字砲火を浴びていたわけではない。
彼らの持ち味は高い機動性からくる突撃力であり、十字砲火を加えられたからと立ち止まってはさらなる砲火に晒されると理解している彼らはあえて速力を上げ最初から狙っていた左翼の第8航宙艦隊第ニ戦隊に向け突撃を敢行した。
「敵前衛艦隊さらに速力を上げ左翼第二戦隊吶喊してきます!」
「第9艦隊に打電、槍衾を発動、敵前衛、中、小型艦による騎兵突撃を串刺しにせよ!」
その命令が伝達されるや否や、第8艦隊の後ろに控えていた第9艦隊の戦艦を主軸とする主力が第8艦隊の中央をすり抜けるように第8艦隊左翼へ突撃している敵前衛艦隊に向かい吶喊、それに追随し第8艦隊も反転、敵前衛に向かい前進、これによりほとんど真横から重量級の戦力に殴りつけられたに近い敵前衛は引き裂かれ分断されたことで混乱に陥る。
≪くそ!辺境の田舎国家のはずじゃなかったのか!?艦隊左翼が食い破られるぞ!≫
≪第10、第11突撃戦隊壊滅!ベルマン男爵艦隊全滅!ベルマン男爵戦死に伴いオル準男爵が前衛艦隊の指揮を===≫
混乱に陥った前衛艦隊はさらに第8、第9艦隊の攻撃により指揮官が立て続けに戦死、これにより混乱状態が悪化、結果、200隻を誇った前衛艦隊は半数以上を失うこととなる。
しかし、第8、第9艦隊は前衛艦隊にばかり気にかけているわけにはいかず、敵前衛艦隊を混乱状態に追い込んだのを確認し即座に後退を開始した。
その時である。後方から徐々に前進してきた戦艦を含む敵主力艦隊から濃赤色の超高エネルギー弾の一斉射撃が開始されたのは。
そしてその最初の一斉射撃で回避が間に合わず被弾した戦艦が、僅かその一撃でシールドが消失、その後2発、3発と立て続けに被弾し、悶えるように回転した後さらに1発を被弾、断末魔を上げるように船体が2つに折れながら弾薬庫に誘爆したのか大爆発を起こし轟沈した。
その光景を目の当たりにした艦隊司令は息をのんだ。
「戦艦のシールドが一撃で消失だと……?しかもわが軍の戦艦を僅か4,5発で轟沈に追い込むか……とんでもない威力のエネルギー弾だ。全艦に打電、敵戦艦の主砲は全力回避に務めよ!特に巡洋艦、駆逐艦は一撃でやられる可能性もある、注意せよ!伏撃ポイントまではまだか!?」
焦りを必死に抑えながら問う艦隊司令の言葉にオペレーターは計器から視線をそらさずに敵艦隊の位置を注視しつつ答える。
「もう少しです!敵主力艦隊接近、距離が詰まってきてます!敵艦隊伏撃エリアまであと2000!」
あと2000、近いようで遠い、そのエリアまでのわずかな時間が無限とも思える状況、前進してくる敵艦隊からの砲火に次々と味方艦からの被弾報告が入る。
≪こちら巡洋艦エスター!被弾した操舵不能!繰り返す!操舵不の===≫
≪戦艦オレゴン被弾した!シールド消失、第三砲塔大破!されど戦闘行動に支障なし!≫
≪おい、いま前にいた駆逐艦カーティスとボンレーが吹き飛んだぞ!≫
継ぐ次にもたらされる損害報告に焦りが募るのを艦隊司令は感じていた。
「まだか!?」
「……今です!敵艦隊伏撃エリアに入りました! 発行信号上げます!駆逐戦隊各隊、小惑星帯より全速前進! 敵艦隊へ突入します!」
待ち兼ねていた合図とともに、小惑星の影に潜伏していた巡洋艦、駆逐艦からなる戦隊数十隻が、一斉にメインスラスターを点火した。
小惑星の破片を盾にしながら、2方向から突入する戦隊は、敵の不意を突く形でノルド艦隊の主力の両翼へ肉薄する。
「一撃ですべてを叩き込め! 反転加速に備えよ!」
連邦軍巡洋艦、駆逐艦から放たれた無数の対艦ミサイルと主砲のエネルギー弾が、ノルド艦隊の側面を捉えた。
不意を突かれた敵駆逐艦と巡洋艦数隻が光球となって宇宙に霧散する。
だが、ノルド艦隊の対応も迅速だった。即座に左翼の戦艦部隊が回頭し、強烈な反撃の火線を浴びせる。
「被弾! 航行不能! 指揮権を――」
一撃を浴びせた駆逐戦隊だったが、対艦ミサイルや主砲の連続射撃などで敵戦艦や巡洋艦などを複数隻撃沈破する戦果を挙げるも突入戦隊の指揮を任された優秀なベテラン戦隊司令が乗艦の巡洋艦が撃沈され戦死するなど、本隊へ合流するまでの短い反転加速の間に、その半数以上を失うという痛烈な対価を支払うこととなった。
駆逐戦隊が敵艦隊へ突入したのを確認した第8、第9艦隊はその時点で後退をやめ反転、この時点で戦力の6割を喪失していた艦載機部隊は一時的に後退、敵艦載機部隊も無視できない損害を受け後退していた。
そして駆逐戦隊による一撃を受けたノルド艦隊も一時混乱したが即座に立て直し地球艦隊を撃滅しようと前進、両者は次なる策もなく、正面切っての両軍の死力を尽くした砲雷撃戦へと移行していく……。
砲雷撃戦開始から4時間が経過した頃、ノルド艦隊の猛攻はさらに苛烈さを増し、戦線復帰した敵艦載機部隊部隊による攻撃に同じく復帰した味方艦載機が必死に迎撃を試みるも、迎撃を抜かれ敵艦載機による対艦攻撃で艦隊に被害が出はじめ、砲撃戦においても臨時連合艦隊は完全に消耗していた。
戦術データリンクの光は次々と消え、残存艦艇はすでに40隻を割り込んでいる。
しかし、いまだ戦意を失わないその姿に、要塞からノルド艦隊を指揮するノルド提督は感嘆の息を吐く。
「我が軍に寡兵なる戦力でここまで食らいつくとは、しかもいまだに戦意を失っておらん……あのような軍を相手に戦えることは我が生涯最高の誉れとなるやもしれんな……しかし、そろそろ畳みかける頃合いよ、全軍、敵艦隊を撃滅せよ!」
その頃、戦場からわずかに離れた死角に身を潜める反乱軍旗艦の内部では、もう一つの戦争が最終局面を迎えていた。
「おい、補給区画の様子がおかしい。見回りに行った通信兵が戻ってこんぞ」
艦内の通路を警戒していた武装政治委員の兵士が、不審げにライフルを構えた。その直後、天井のダクトから音もなく黒い影が舞い降りる。
空間特殊強襲連隊――ジャック・ダニエル准将率いる連邦軍最高峰の特殊部隊であった。
その特殊部隊からさらに選抜された小隊が瞬く間に反乱勢力を制圧していく。
「ガッ……!?」
声を上げる暇すら与えられず、武装政治委員の首が不自然な方向に折れる。
補給品に紛れて艦内に潜入していた彼らは、異星人との戦闘が始まっているのを目の当たりにした反乱勢力の混乱に乗じてこの機を逃すまいと行動開始の合図がガーフィールド退役中将から送られると、徹底的な「お掃除」を開始していた。
「各班へ、こちらアルファ。主要区画の政治委員はすべて排除した。これより艦橋の政治委員の制圧へ移行する。……3、2、1、突入!」
艦橋の重厚なハッチが爆破され、閃光弾が炸裂する。目潰しを食らい、混乱する武装政治委員たちに向け、特殊部隊の消音サブマシンガンが正確無比な点射を浴びせる。わずか数秒で、艦橋を監視していた政治委員12名が床に転がる。
「やれやれ、少々手荒な挨拶だな」
ガーフィールド退役中将は、飛び散った硝煙を払うように肩を竦め、獰猛な笑みを浮かべた。
「お見事です、閣下。すでに他艦の元軍人、民間オペレーターたちも同調し、監視の政治委員らを排除しました。全艦、我々の指揮下にあります!」
副官の報告に、中将は力強く頷いた。
しかし、中将が率いるこの「反乱軍艦隊」の実態は、政治過激派に雇われた傭兵や、どさくさに紛れて集まった宇宙海賊、犯罪者たちの雑多な集まり(武装商船や型落ちのジャンク艦)でもあった。
監視役の政治委員が消えた瞬間、彼らの本性が剥き出しになる。
≪おい野郎ども! 雇い主のイカれ野郎どもが消えたなら、俺たちにこれ以上付き合う義理はねえ! こんなバケモノ要塞相手に戦えるか、ずらかるぞ!≫
通信回線に、犯罪者あがりの武装船長たちの罵声が飛び交う。中将はそれらを制止することもせず無視した。
10隻、20隻と隊列を離脱し、戦場とは逆方向へバラバラに逃走を始めた。
だが、その中にあって、通信回線に一見粗暴な傭兵船長の声が響く。
不思議なほどによく通る声だった。
≪……チッ、逃げたい奴は逃げるがいいさ……所詮は犯罪者や金で雇われただけだからな。俺だってそうさ……逃げたいさ、割に合わねえからな。けどよ、見てみろよ、連中は宇宙人だ。で、どこに逃げるんだ?逃げてどうなる?俺たちは傭兵だが、傭兵である前に地球人だ。俺のおふくろは地球にいる。俺は地球生まれだ。要するに自分らの住処くらい守ろうやってことだ。ガーフィールドさんよ俺たち傭兵は乗るぜ。金を貰ったからじゃねえ。あの要塞の狙いはどう見ても地球だ。故郷の星を消されちゃ、この先稼ぐ場所もなくなっちまうからな。地球は守らないとなぁ!≫
「フ、ふてぶてしい男どもめ。報酬は連邦の未来で支払おう。……全艦、前進! これより第8、第9艦隊の救援に向かう。我々が盾となるぞ!」
斯くして、戦線にかつての英雄が、その英雄が率いる寄せ集めの艦隊が、地球の未来のために乱入しようとしていた……。




