20.妹の友達が遊びにきたけど
あくる日の放課後、俺は帰宅部らしい時間に下校していた。
最近、放課後に色々あったのでまっすぐ帰るのがなんだか久しぶりな気がする。
よし、今日はゆっくり過ごせそうだ……などと考えていた矢先、背後から突然声をかけられた。
「あの、お兄さん!」
「んん!? って、ああ、梨乃ちゃんか。ビックリした……」
妹・結菜の友達の松川梨乃がそこにはいた。
隠密行動が得意というのは伊達ではない。
「すみません、急に声をかけてしまって……。でも、お兄さんを見つけられて良かったです」
「ん? 何かあったの?」
「実はですね、今日は急な生徒会で結菜ちゃんの帰りが遅くなってしまうことが分かったんです」
「ほう」
「それで、結菜ちゃんにも先に帰っていいよって言われてしまったんですよ」
「まぁ言うだろうな」
「まずそこが悲しいんです!」
「お、おう」
相変わらずの結菜大好きっぷりだ。
「でも、ふと思ったんです。この空いてしまった時間に、もしお兄さんがお家にいたら、お兄さんの結菜ちゃんグッズを見せてもらえるのではないかと!」
「いや、俺は結菜のグッズなど集めていないのだが……」
「昔のアルバムとかありますよね? そういったものを見せてもらえればと思いまして……。その、それで急で申し訳ないのですが、今からお兄さんの家に行っても宜しいですか?」
あーはい、そういうことか。
まぁ、来るな!っていうほどの理由もないしな。
「分かった。別に構わないよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
梨乃ちゃんが眩しいくらいの明るい笑顔を見せた。
くっ、なんて純真そうな笑顔なんだ! 中身は割と変態なのに……!
梨乃ちゃんと一緒に帰宅したのだが、いると思っていた母さんはいなかった。
そうか、今日のこの時間は仕事か……って、あれ? そうすると、俺と梨乃ちゃんの二人っきりってこと!?
それはあまりよろしくないのでは!? いや、俺が梨乃ちゃんに手を出すことなんてしないけど、なんか気持ち的にさぁ!
でも、母さんがいたらいたで梨乃ちゃんが来たことの説明がややこしくなっただろうし、まぁいいか。
「お兄さん。改めて急に来てしまってすみません」
「いや、大丈夫だよ」
「あ、そういえばこれお土産です。まぁ、お土産にしようと思っていたわけではないですが、偶然今日の家庭科で作ったので」
そう言って、梨乃ちゃんは小さなビニール袋に入ったクッキーを取り出した。
うおお。なんか嬉しいな、こういうの。
「お、ありがとう」
「ちなみに、それの生地を伸ばす時に結菜ちゃんが生地に触れていたので、そのクッキーは……ぐへへ……少なからず結菜ちゃんの成分が含まれているんですよぉ!」
「相変わらず君はレベルが高いねぇ!?」
梨乃ちゃん……恐ろしい子……!
「ま、まぁ、とりあえずお茶でも出すから座ってて」
「はい、どうもありがとうございます!」
ううむ、結菜が関わっていないと丁寧で良い子なのに残念だ。
俺は冷蔵庫から冷やしていた麦茶を取り出し、グラスに注いで渡す。
「はい、麦茶」
「……これは、ただの麦茶ですか?」
「え、そうだけど?」
「お兄さんと私だけですから遠慮しないで、お兄さんがいつも飲んでいるであろう結菜ちゃんのお風呂の残り湯とか出してきて良いんですよ?」
「梨乃ちゃん、アウトだ! もう君の常識が狂いすぎていてどうしたら良いか分からないよ!? 俺がいつも結菜の風呂の残り湯を飲んでいるという前提もおかしいし、それを来客に出すというのも意味不明すぎるよ!」
「ええ!? お兄さんのことですから結菜ちゃんのお風呂の残り湯を常に水筒に入れて持ち歩き、体育とか汗をかいた後にそれを飲み干して『ふぅ、やっぱり体育の後は妹の風呂の残り湯をがぶ飲みするに限るぜ!』とか爽やかに言い放ったりするんじゃないんですか!?」
「そんなことするわけないだろ!? あと、発言内容の時点でもう全然爽やかじゃないよ!」
「もう、我慢は身体に毒ですよ?」
「俺が本当は飲みたいのを我慢しているみたいに言うのやめてくれません!?」
つ、疲れる……!
「り、梨乃ちゃん! とりあえず結菜が帰って来る前に梨乃ちゃんがここにきた用件を済ませよう…… !」
「お兄さんとこうして結菜ちゃんについて語り合うのも良いですが、今日は結菜ちゃんグッズを頂きに来たんでした」
「お、おう。だが、あんまり渡せるものとかはないと思うが……」
「とりあえず昔のアルバムとかを見せていただけないでしょうか? 前に結菜ちゃんに見せてと言ったら恥ずかしがって見せてもらえなかったので……」
「あー、そうだったのか」
「この家が留守の時に勝手に見ることもできたのですが、ちゃんと合法的に見た方が良いかと思いまして」
「俺がいなかったら君はこの家に空き巣まがいのことを仕掛けるつもりだったのか」
俺は呆れながら居間の戸棚の奥にしまってあるアルバムを取り出そうとする。
「っと、いつ頃のアルバムが良いんだ?」
「私が結菜ちゃんをつけ回し始めたのが小学校3年生の頃なので、それより前を一式見せていただけると嬉しいです」
「そんなに昔からストーキングしていたのか……」
今は結菜が中学校2年生なので、少なくとも5年はストーキングしているのか……。
そりゃ隠密行動もできるようになるわ。
俺は昔のアルバムを3冊ほど棚から引き出し、梨乃ちゃんに渡す。
「これは大体結菜が小学校以前のものだな。小学校以降はデジタルデータがほとんどだから家族の共用パソコンにあると思う」
「なるほど、ありがとうございます! あの、この家のプリンターにスキャン機能はありますか? 昔の写真をスキャンしたいのですが……」
「ん? あー、スキャンできるよ。使って」
「はい、ありがとうございます!」
梨乃ちゃんは満面の笑顔でそう答えると、自分のパソコンをカバンから取り出し、プリンターに接続してスキャンをし始めた。
「〜♪ あぁ〜↑ この結菜ちゃんも素敵ですぅ〜♪ LOVE MY YUINA〜♪」
幸せそうだな……梨乃ちゃん。
写真はそこそこ枚数があったが、俺もスキャン作業を手伝い、あらかたの写真を日が暮れるまでに梨乃ちゃんのパソコンに収めることができた。
「ありがとうございます、お兄さん! おかげで貴重な写真が手に入りました!」
「結菜には言うなよ? バレたら俺が結菜に蹴られかねない」
「大丈夫ですよ。これはお兄さんと私だけの秘密ですっ」
この台詞だけ聞くとなんだかドキドキするが、共有している秘密が妹の写真というのがなんとも言えない。
「いつになるか分かりませんが、今度スキャンしきれなかった写真と、デジタルデータをもらうためにまた来ますね」
「あいよ」
「お兄さん、また宜しくお願いいたしますねっ」
時々梨乃ちゃんの反応が可愛いのが悔しい。
そんな梨乃ちゃんを直視できず、ちょっと目を逸らす。
変態百合ストーカー娘なのに……。
「えーと、そろそろ結菜も戻って来るんじゃないか?」
「そうですね、そろそろ私も退散して物陰から結菜ちゃんの帰宅を見守ろうと思うのですが……」
なんだろう、まだやり残したことがあるのだろうか?
うぅ……結菜の帰宅を見守るのくだりをツッコミたいが言いにくい。
「あの……最後にちょっとだけ結菜ちゃんの部屋に入っても良いですか?」
「え……いや、流石に勝手に入るのはあんまり良くないでしょ?」
「ですよね……」
「ちなみに部屋に入って何をする気だったの?」
「? 結菜ちゃんの匂いをこの身体いっぱいに吸い込んでから帰るつもりでしたが?」
「『なに当たり前のことを聞いているんですか?』みたいな顔しないで」
「分かりました……じゃあ今度結菜ちゃんのいる時に遊びに来て、隙を見計らって布団の匂いをこれでもかというくらいクンカクンカすることにします……」
「それを聞いて俺はどう反応すれば良いんだよ」
「『ヒャッハー、俺もクンカクンカすりゅー!!!』で良いんじゃないんですか?」
「良くねぇよ! 君は俺をどんなキャラに仕立て上げたいのさ!?」
「今度一緒に嗅ぎましょうね!」
「誘うなよ!? 兄が妹の友達と一緒になって妹の布団の匂いを嗅ぐってどんな状況だよ!?」
「いやー、あの匂いを嗅ぐと本当に……はぁはぁ……興奮するんですよね!」
「思い出しながら発情しないでもらえます!? 本気で扱いに困るんですけど!?」
こんなアホな会話をしながら俺と梨乃ちゃんは玄関に辿り着いた。
「お兄さん、今日は本当に助かりました。ありがとうございました!」
「おう、気をつけて帰れよ」
「はいっ!」
そうして梨乃ちゃんは玄関の扉を開ける……その前に扉が開いた。
「ただいまー……え?」
「「……あ」」
我が妹、結菜の帰宅であった。
ヤバイ、これ『また私の友達に手を出そうとしたの!? 殺す!』の流れじゃん……。
「おい、結菜。これはだなぁ……」
「私がいない家で……兄貴と梨乃がガガガガガガガガガ」
「結菜が壊れた!?」
「結菜ちゃん大丈夫ですか!? 壊れた結菜ちゃんも可愛いです!」
こんな時に何言ってんの、梨乃ちゃん。
それにしても結菜、軽く頭がショートしてないか!?
『ポッ』
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高瀬 結菜
現在の心境:兄貴と梨乃が付き合っていたなんて……。
この間も仲良さそうにしていたけど、本当に付き合っていたなんて……。
私は、一体どうしたら良いの……?
応援? 応援すれば良いの……?
それにしても二人の関係に気づかなかった私って一体……。
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だああぁ!?
そういう方向に走ったか!
「違うぞ、結菜! 俺達は付き合っているとかそんなんでは無いぞ!?」
「そうです! (結菜ちゃんを愛する同志として)一心同体なところはありますけど!」
ややこしくなるから梨乃ちゃんは口挟まないで!
「え? え? 二人は一心同体? 二人はプリ●ュア?」
「ああ、もうさらに結菜がバグった!」
「バグった結菜ちゃんも可愛いです!」
「梨乃ちゃんは黙ってくれませんかねぇ!?」
俺は結菜が正常に戻るまで、必死に説得を続け、梨乃ちゃんが来ていたことは結菜を驚かせようとして家に先回りしていた、ということでなんとか収拾をつけた。
ただ……
『シュッ』
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高瀬 結菜
現在の心境:本当はやっぱり付き合っているんじゃないかな……。
もしそうだったら……うわっ、ちゃんと二人にお祝いを言えるかなぁ……。
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妹よ……。
梨乃ちゃんが好きなのは俺じゃなくてお前なんだよ……。
結菜の誤解をいつかちゃんと解かないとな……。




