19.MKMの秘密集会を目撃したけど
水瀬に踏まれた次の日、俺は水瀬と顔を合わせられずにいた。
いや、マジでなんて話せば良いんだよ。
2時限目の数学の時間、プリントが配れたタイミングでちょっと水瀬の様子を窺ってみたら、偶然にも水瀬と目が合ってしまった。
水瀬は、俺と目が合うと小さく手を振って、視線を前に戻した。
何なんですか、可愛すぎるんですけどあの生物。
『ポッ』
=================
水瀬 詩織
現在の心境:今頃、高瀬くんはどういう反応しているのかな? きっと面白いんだろうなぁ。
=================
完全に弄ばれてますね、俺。
俺も目線を前に戻すと、坂下教諭がいつも通りの冷たい顔……なのだが、どこか疲れたような顔で小さくため息をついていた。
あれ、坂下教諭って内心は確かにオドオドしているけど、疲れた顔とかそういうのは全然出てこないタイプだったような……。
珍しいな確認してみよう。
『ポッ』
=================
坂下 亨
現在の心境:はぁ……MKMからの呼び出しって……。
やっぱり昨日の道川先生との件ですよね……。
=================
あぁ、阿部先生が所属していると思われるMKM(道川先生を影から見守る会)に呼び出されたのか……。
一応、坂下教諭は何の集団かは知っているみたいだけど、確かに呼び出されて良いことなんて何にもなさそうだし、そりゃ嫌がるわ。
呼び出しってことは、流石に授業中じゃないだろうし、放課後だろうか?
坂下教諭も心配だし、MKMってどんな集団か気になるし、こっそり様子を探ってみるか?
———————————————
放課後、坂下教諭の様子を観察していたが、特に動きはなさそうであった。
坂下教諭は放課後もずっと職員室に篭っていたが、なんか部活の顧問とかしてなかったのかな?
うーん、思い出せない。
それにしても、梨乃ちゃんとか今井さんのせいなんだけど、最近ストーキングすることに慣れつつある自分がちょっと嫌になる。
時間はもうすぐ18時半になる。
呼び出されたのは今日じゃなかったってことかな?
仕方ない、そろそろ引き上げようかと思ったところで、坂下教諭が席を立った。
うん? どこに行くんだ?
坂下教諭は、3階の空き教室の前に移動した。
教室は……あれ、なんか内側に暗幕みたいのがかかっていて、中の様子を見ることができない。
怪しい……。
坂下教諭は教室の扉をノックすると、中に入った。
すると中から坂下教諭の「……え、一体何をするんですか!?」という坂下教諭にしては珍しい悲痛な叫びが聞こえるとともに教室の扉が閉ざされた。
え、何が起きたの?
俺は教室の扉の隙間からこっそり中を覗き込んだ。
暗幕によって遮光された教室の中には、どこで買ってきたのだかよく分からない感じのテーブルライトにが置かれており、怪しく室内が照らされていた。
え……何なのこれ、変な儀式でもするのかよ
坂下教諭は教壇の前に手を縛られ、口にタオルを巻かれた状態で、脇を黒いフードを被った男2人に押さえつけられていた。
完全に拘束されてますけど!? これどういう状況なの!?
ていうか、黒いフード被っているの山口先生(化学、32歳独身)と田中先生(物理、37歳既婚)だよね!? 先生同士で何してんの!?
その3人以外にも、同じく黒いフードを被った人……恐らく全員教員が10人ほど教室内に座っている。
「では、被告人が入廷したところで、MKM緊急集会改め、MKM裁判を始める」
あれ、体育科の武内先生(27歳独身)だよね?
「はじめに、本事案の目撃者であり、かつ本会会長であるコードネーム:Mr. Aから話を伺います」
なにコードネームとか言っちゃってるの?
「皆さん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。しかし、本日は、昨日発生した信じ難き暴挙……本校の坂下教諭による早希ちゃん、いえ道川先生への冒涜行為を裁かねばなりません」
他のMKM構成員達が「なんと……」とか「許し難き……!」などとざわつく。
なんで全員こんなに芝居がかっているの……?
ていうか、喋ってんの阿部先生じゃん! コードネームのMr. Aってただの頭文字じゃん!
「昨日の昼休みに生徒指導室にて、この坂下教諭はあろうことか本校の生徒の前で、道川先生を無理やり押し倒したのです!」
構成員達が「まさか……!」とか「嘆かわしい……!」とか「やれるもんなら私もやりたい……!」などとまたざわつく。ん? 今一人心底ダメな人いなかった?
「ぅ……!」
坂下教諭が首を振りながら必死に違うと訴えかけるが、口に巻かれたタオルのせいで言葉にならない。
「被告人は静かにしなさい」
これは武内先生だ。そして、こう続ける。
「では、被告側の弁明は省略しまして、陪審員からの所見を伺いたいと思います」
いや、そこ省略しちゃダメだろ!? 不当裁判にもほどがあるでしょ!?
「一人目の陪審員、コードネーム:エターナル・ポンド、お願いします」
コードネームがクソダサいぃ! ていうか陪審員って市民から集められるものじゃなかったっけ? コードネームとか言っている時点で明らかにMKMの構成員でしょ!?
「コードネーム:エターナル・ポンドです。本件は誠に許しがたい暴挙であると考えます」
地理の池永先生(男性・51歳既婚)だー!? 名字を英語にしただけですよね!?
「道川先生という純真で素敵な女性を襲うなど言語道断。教師ということ以前に一人の男として道を誤っていると言わざるを得ません」
『ポッ』
=================
池永 昌也
現在の心境:全く信じられない。私の娘と違って純粋無垢な道川先生を襲うなどとは……。
私の心のエンジェル・早希ちゃんに手を出してどうなるか思い知らせてあげましょう……!
=================
狂ってるよ。あんた既婚者でしょう!?
あと、51歳男性が道川先生のこと早希ちゃんっていうのはちょっとどうかと思いますよ!?
「ありがとうございました、エターナル・ポンド。有罪という意見ですね。では、次にコードネーム:SSK、お願いします」
なんか野球用品を売っていそうなコードネームだな。
「コードネーム:SSKです。私も本件は問答無用で有罪であるとォ、考えますゥ!」
佐々木先生(現代文、女性・48歳既婚)かぁ! 語気が荒ぶっているが、大丈夫かこの人!?
「私の娘同然の道川先生ウォ…! 手ゴォ、ゥンハハァン↑↑、手篭めにィ、するゥ! するゥなんてヘハッハァハアアアッ!! 許されないィ!」
なんか号泣しているんですけど。他のMKM構成員も若干引いてますよ?
『ポッ』
=================
佐々木 紗江
現在の心境:私にはァ↑ 息子しか生まれずンァッ↑ハッハッハッ! そんな中ァ! 道川先生というゥアア↑ 素敵な娘に、やっと!出会えたんですぅ!!!
私がァ! 生んでいなくともォウォウオゥアー↑↑ 娘同然に大切なんですゥハハァ!!
=================
どうしよう狂気しか感じない。
ていうかステータス画面が本当に読みにくい。
早く誰か止めて。
「ええと、十分に分かりましたので、もう宜しいです、コードネーム:SSK。やはり有罪という意見ですね。では、最後にコードネーム:シャイニング・野本、お願いします」
「はい、分かりました」
いや、数学科の野本先生(38歳独身)ですよね!? コードネームに本名入っちゃっているんですけど!?
「本件は徹底して弾劾すべきでしょう。全く、聖職者でありながらこの不祥事。信じられませんな」
あんたも聖職者なのにこんなことするなよ。
『ポッ』
=================
野本 輝
現在の心境:なんで同じ数学科の私は道川先生と接点がまるでないのに、坂下はこうして触れ合うまでできているのだ! 学年の違いか!? 来年の担当学年を変えてもらうよう進言すべきか!?
=================
嫉妬心バリバリですねぇ! 当の坂下教諭は全然今の状況を良いとは思っていませんよ!
きっと野本先生は嫉妬心 Lv. 20とかあるんじゃ……
『シュッ』
=================
†MKM構成員情報†
CN: シャイニング・野本
(本名:野本 輝)
年齢:38
役職:MKM会計
役割:MKM帳簿作成・帰宅確認業務(火曜日担当)
=================
なんでMKM構成員専用のステータス画面あるんですか!?
ステータス表示能力さん、何ふざけているんですか!?
MKMの会計とか帳簿とかそこまでの組織なのかよって思う程度でまだ納得がいくけど、帰宅確認業務って何!?
犯罪の匂いしかしないんですけど!?
この学校の教師陣大丈夫か!?
「以上の通り、陪審員の判断は全員一致で有罪となりました。被告人、最後に言いたいことはありますか?」
口のタオルを外された坂下教諭がまごつきながら叫ぶ。
「……いや、もう何もかもおかしいでしょう!?」
「とりあえず異議は却下します」
横暴すぎる!
「では、次に量刑を議論しましょう」
裁判が次のステップに差し掛かったところで、俺は不意に後ろから声をかけられた。
「あれ、高瀬くんー。生徒はとっくにもう帰る時間ですよ? もう校舎内にいちゃダメですよー」
「道川先生……!」
ここで道川先生が現れるとは!
道川先生なら今の坂下教諭を救えるかもしれない!
と、ここで教室の中が急に騒がしくなった。
「あれ? 今、道川先生の声が聞こえなかったか?」
「おい、居残りの女神見守り担当からのL●NE報告で、道川先生が見回りでこっちの方に向かったと……!」
「何ィ!? 早急に片付けろ!!」
うお、なんかよく分からんがMKM内の連絡網で、早くも中では隠蔽工作が始まったようだ。
しかし、逃すわけにはいかない。
「道川先生、この中で他の先生方が揉め事を起こしているみたいなんです」
「え、それはいけないですねー」
そういって、道川先生は教室の扉を開けた。
既に怪しげなライトは片付けられ、先生達も怪しげなフードを取り外し、教室の電気がつけられていた。
ただ、坂下教諭はまだ手を後ろに縛られたまま教壇にへたりこむようにしていた。
「ええとー、なんか揉めていると聞いたのですがー?」
「「「いいえ、なんでもありません!」」」
構成員達が口を揃えてきっぱりとそう言った。
そして小さな声で「女神がいらした……!」「私のォ娘よォ↑」「揉めているというか揉みたいというか」などと聞こえてきた。とりあえず最後の人は坂下教諭よりも罰を受けるべきだと思う。
「でも、坂下先生がこんな様子なのですが……」
「あ、いえ、これはちょっとふざけていただけで……」
「おふざけであろうと争っちゃダメです! 先生達同士、大切にしあうべきですよ!」
「仰せの通りに!!」
まさしく神の仲裁であった。
この後、全員の心境やら色々チェックしたが、とりあえず坂下教諭に危害を加えそうな人は皆無であった。すごい、道川先生の神言。
何にしても……やっぱりこの学校、もう色々ダメだと思う。




