話したくなる状況~ファレルとハロルドの場合
【話したくなる状況
互いの利害が一致していることが伝われば、相手は共通の目的のために話を始める。】
ファレルは貴族の変死を探っていた。
前後に不審な人物や変わった出来事はなかったか、故人が口にしたものは何か、誰の手を介していたかなどを、細かに調べあげた。しかし、何も浮かんではこなかった。また、同時に行っていた異国の毒の調査でも、当てはまる症例のものは見つかっていなかった。
「これはいよいよ、精霊という可能性も出てきたな」
ファレルはクリスに命じた。
「ハロルドを呼ぶ」
元ガーラント家の人間で、現在魔法省所属のハロルド・イングラム。彼ならば、精霊について語るのに適任だ。
「せっかく一人で点を稼ごうと思っていたのに、結局奴を呼ぶことになった」
不機嫌な顔でぼやいたファレルにクリスは苦笑する。
「それでも呼ばれるのですよね」
ファレルはますます顔をしかめた。
「当たり前だろう。国の一大事だぞ」
ファレルという王子は、問題児のようでいて、こういうところは決して愚かでない。クリスも今度はにっこりと微笑んだ。
「ハロルド、王宮から至急の呼び出しだ」
先輩の伝言にハロルドは一つ頷いて立ち上がった。
この手の呼び出しはファレルだと見当がついている。周囲も、彼が治癒魔法の計画に携わっていることは知っているので、この呼び出しにも不思議な顔はせず、むしろ同僚からはあまりの多忙さを同情とともに面白がられている。
「ああ、先輩、その書類、今日までですよ」
隣の同僚が大変だなあと言ったきりのんびりこちらを眺めているので一応釘を刺しておけば、げえ、という品のない悲鳴が返ってきた。本来の職場を頻繁に抜けることについて文句を言われないのは、ハロルドがこうして自分の仕事以上のことを終えて出かけるからでもある。
一応上司でもある義理の父に断りを入れ、ハロルドは4階を出た。
階段を降りていくと、3階の部署から見知った顔が現れた。
「あれ」
「どうも」
声をあげたのはジリアンという男だ。学校の同期で、治癒魔法の面子でもあるのでハロルドは軽く会釈をした。
「やあ、王宮へ行くの?今日は、会議はないんじゃなかった?」
この男はハーディの直属なので、その辺りの日程に詳しい。
「別件です」
急いでいるため、言葉少なに話を終わらせようとするが、相手は空気が読めないのかにこにことついてくる。
「そうなんだ。ああ、君とファレル殿下は元々仲がいいもんね」
ハロルドは対して親しくもない相手からの意味のない追及にしだいに苛々してきたが、いつも通りに綺麗にすましていた。
「仲がいいとは恐れ多いですね。少しでもお役にたてるのならば喜ばしいことですが」
ハロルドは言いながら今度は2階にたむろしていた連中を見下ろした。
彼らは石造りの広々とした踊り場を無駄遣いするようにたむろし、淀んだ嫌な雰囲気を漂わせながらハロルドを薄ら笑いで見上げている。
ハロルドには魔法省、特に2階の国土部に多くの敵がいるのだ。正確にはハロルドを敵視している人間という意味で、実力の上での敵ではない。しかしエレノアを襲わせた人間もこの中にいるかと思うと、自然ハロルドの目付きは鋭くなった。目で殺すと言われるのはイングラムの義父だったはずだが、一緒にいるうちにうつったのだろうか。
あまり刺激しないよう無言で階段を下りるが、先程までの会話が聞こえていたのか、彼らから仕掛けてきた。
「いいご身分だよなあ、殿下のお気に入りは。仕事中でも平気でさぼっておしゃべりか」
ハロルドは発言者を見据えると、美しい顔に隙のない笑顔を浮かべて淀みなく応えた。
「私は自分の仕事をすでに終えています。その上でさらにお役にたてるのならばと殿下のご用を伺いに参るところです」
お前達は仕事を終えたのか、と言えば喧嘩になる。以前うっかり面倒な相手を刺激して、くってかかられたことがあった。自分が手を出さなくとも問題を起こせば義父に迷惑がかかる。そのためハロルドは極力問題を起こさぬように心掛けつつ嫌味を偲ばせた。
ここで嫌味を言わないという選択肢がないのが彼の青いところだが、これでもハロルドはエレノアを害した人間がいることを考えれば最大限に自制をしているつもりだった。本当ならすぐにでも尋問し探し出して二度と目に触れないようにしてやりたいところなのだ。
さっさと彼らを料理したハロルドは、そのまま一階の大きな扉をくぐり王宮へ向かう。
王宮と魔法省の間の数十メートルの道は石畳が敷かれ、午後の日差しを照り返している。ハロルドはその眩しさなど気にも留めぬふうに歩いていたが、途中石板の表にかすかな変色を見つけて秀麗な顔をわずかに強ばらせた。
それはつい先日、エレノアが襲撃された場所だった。そのとき使われた薬液は地面にもこぼれ、石の表面をわずかにとかしたのだ。それほどの強力なものを、人の柔らかい肌で受けたエレノアの苦痛はどれほどだったろうか。薬液の跡はすでに幾度かの雨にさらされて周囲と同じ色に戻りつつあるが、ハロルドの目には今もくっきりと浮かび上がって見える。
今のところ、エレノアを魔法省に入れなくてはならないときもこの道は使わせていない。しかしハロルドは戒めの意味も込め、一人の時は必ずここを通ることにしていた。
王宮の入り口には警備の騎士が立っている。彼らはハロルドの来ている魔法省の制服を見ると、すんなりと道を空けてくれた。ここから奥の王族の居住空間に入るにはまた長い廊下といくつかの関があったものの、訪問の予定が伝わっているらしくいずれもすぐに通された。
「来たか」
部屋に入れば、珍しくファレルは起き上がった体勢で待っていた。
このふざけた第二王子は、有能なくせにそれを帳消しにするかのようにちゃらんぽらんな態度をとっている。ハロルドはそこにいつも苛立ちを感じていた。
「お待たせいたしました。どういったご用でしょう」
今日は王族としてふさわしい振る舞いをしている王子に、ハロルドもきちんと礼を正す。
しかし、途端に相手は嫌そうに顔をしかめた。
「やめろ。今さらそんな態度をとられても話がしづらい」
「分かった」
あっさり敬語を切り捨てて答えると、ファレルも一つ頷いた。
そしていつも通り前置きもなくこう言った。
「精霊について知っていることを話せ」
ハロルドは無表情を貫いた。普通の人間がこうすれば何か隠しているのがばればれだが、自分の顔が一切の表情を消すと、精巧な人形のようで不思議と落ち着いて見えることをハロルドは知っていた。
精霊との関わりはガーラント家の重要な秘密であり、ファレルがどういう意味でそんなことを言いだしたにしろ、おいそれとそれを悟られるわけにはいかなかったのだ。
「精霊とは、隣国の精霊信仰のことでしょうか」
一呼吸の後に首を傾げてみせたハロルドに、ああ、とファレルは思いついたように手を振った。
「安心しろ。エレノアから大体聞いたが、咎める気はない」
その一言を先に言え、とハロルドは少しほっとしつつ、心の半分ではファレルがエレノアにこれほど重要な秘密を打ち明けられるほど信頼されていることに、激しい嫉妬を覚えた。
その嫉妬で、目元がかっと内側から焼けるようにひりつく。
ファレルが金の髪をかき上げ、一つため息をついた。
「お前が嫉妬するのは分かっていた。しかし、それをおいてもお前の情報が必要だ」
こう言われると自分がファレルに比べていかにも子供なようで、ハロルドは嫉妬を押し込めようと努めねばならなかった。
もともとエレノアやファレルよりも一つ年下であることが、ずっとハロルドの気にかかっていた。ファレルはいつも傍若無人な振る舞いで子ども扱いされていたが、何かの使命を帯びているときにはその彼が酷く老成した態度をとれることに、ハロルドは前から気付いていたのだ。
「・・・エレノアがどう話したのか知りたい」
ハロルドは努めて平坦な声を出そうとした。
ファレルに代わって侍従のクリスが、エレノアの話を端的にまとめて説明してくれる。それを聞く間に彼も少し気持ちを落ち着けることが出来た。
「俺が話せるのも大体、そんなところだけど」
「些細なことでも良い。お前が直接精霊と交渉をしたのだろう」
頷いたもののまだ口を開かないハロルドに、ファレルはもう一押しとばかり、こう言った。
「エレノアが襲撃されたとき、死んだ人間の魔力が残っていたと言っただろう」
嫌なことを思い出して、ハロルドの眉間に皺が寄る。
「間違いはないわけ」
ファレルは首を横にふった。
「魔力に同じものなど一つもないし、あのじいさんとはよく会っていたから魔力もはっきり覚えている。そして、死人の魔力を扱うなど、人間に出来る技ではない」
ファレルがエレノアの襲撃にも精霊の関わりがあるのではと匂わせたので、ハロルドはしばし考え込んだ。ファレルはこう見えても、魔法具や魔力の扱いに関する知識が非常に深い。その彼が言うのならば、現在王国でそういった魔法は存在しないのだろう。そして、ことがエレノアの安全に関わるのならば、ガーラント家の皆もここで情報の開示を惜しめとは言わないだろう。
そこまでまとまると、ハロルドはまっすぐにファレルを見つめた。
「それで、俺に何をさせたいの」
ファレルは話が早い、と言ってにやりと笑った。
「まずは知っていることを全て話せ。情報が圧倒的に足りていない」
この日の午後の残りいっぱいを使ってハロルドはファレルへ精霊について話した。
まずはガーラント家が先祖代々魔法の使えない、早死の家系だったこと。
そして母や妹を助けようとした家族が、数少ない例外だった建国当時の当主に目をつけ、やがて彼がこの地に移り住む際に魔物を退治したとおぼしき記録を見つけたこと。
隣国で精霊に魔力を奪われかけたエレノアが、幼いころに父の命を奪った魔物と出会い、自らも魔力を食われていた過去を思い出したこと。
「それで、エレノアが魔力を食われて魔法が使えるようになったのならば、母や妹ももしかしたらと望みをかけて、森へ向かったんだ」
「森とは、ガーラント領の森のことか」
ファレルが口を挟んだ。
「そう。エレノアと彼女の父上が倒れていた場所だよ。ちなみに、ガーラントの森は国境の魔の森とつながっている」
ハロルドが言うと、ファレルは壁に掛けられた王国の地図の、東の端に目を走らせた。王都の南東に位置するガーラント領、その東側に広がる広大な森は、北では魔の森と言われる巨木の森とつながっており、隣国とこの国を南北に隔てている。
「ああ、そういえば。それでは、建国譚に出てくる魔物とガーラントの精霊は同一のものか」
「もしかしたら。少なくとも俺が話した精霊は、遥か昔にもガーラントの一族と契約を結んでいたというから、当時の当主が魔の森で魔力を捧げる契約をしたなら色々辻褄があうけれど」
言いながらハロルドは、自分の話がなんと頼りなく聞こえるのだろうと思った。
しかしファレルは、続きを促した。
「それで、お前はそいつとどんなふうに契約を結んだ」
「俺が現れたと気づく前にエレノアが亀を発動してくれたから、中からゆっくり話しかけた」
ファレルはピュウと口笛を吹いた。その行儀をたしなめつつクリスも、流石ですねと口にする。
「あとは、名乗りをあげて魔力を捧げたいと話したら、喜んで、命をとらない約束を守ってくれた」
「お前にしては雑な計画だな」
ファレルの指摘にハロルドは顔をしかめた。
「一か八かにかけるしかない状況だったんだ。それに、普通の人間と違って40年近く魔力を溜め込んでいる母なら、精霊を満腹にすることもできると思ったから」
そこでハロルドは、過去にエレノアが生き延びた経緯を話した。エレノアは実父の魔力を食らいつくした直後の精霊に出会ったことと、溜まっていた4、5年分の魔力のお陰で命をつないだようだと。
「その前にお前達が魔力を食い尽くされる可能性もあっただろう」
「いや、最悪食われても、子どもの頃のエレノアが助かったなら、俺の魔力なら助かると思って」
ファレルは半眼になった。
「お前、実は俺よりよほど傲慢だな」
「事実に謙虚なだけだ」
ハロルドの返答にファレルはさらに呆れた顔をしたが、気を取り直してこう言った。
「ともかく、精霊は無尽蔵に魔力を食らうわけではないのか」
「次は一族の子が10才になったときという約束で了承されたから、そうだと思う」
ただ、40年近く溜め込まれた魔力と匹敵する胃袋の主は一般人にとっては無尽蔵と大差ないだろうが。
「精霊の能力的なものは分かりますか」
クリスの問いかけにハロルドはしばらく考えた。
「はっきりしているのは、一瞬で大量の魔力を奪えることと、森を自由に移動していたことですね。ただ、魔力の御返しにガーラント領の安全を守るようなことを言っていましたから、何か他にもできるかと」
ここまで長々と話してきて、ハロルドはふうと息を吐いた。
語った内容は全て事実だが、証拠を出せと言われても何もない。ファレルやクリスがいかに隣国で精霊信仰に触れた素地があろうとも、信じるかどうかは彼らに任せるしかない話なのだ。
「少なくとも精霊には理性があるし、ガーラントの精霊についていえば契約は守った。勿論、エレノアの父上の件でわかるように人間の倫理観は通じないけれど」
そう付け足したハロルドに、ファレルはいよいよ真剣な顔をした。
「契約が可能な点からも、倫理観が異なる点からも、一連の事件に精霊の関与が可能だと言えるな」
天使と言われる顔に難しげな皺を寄せ、しばらく眉間を押さえた後、彼は顔を上げた。
「俺は、話を聞いていよいよ、精霊が利用されているという線で考えるべきだと思う」
ハロルドは、信用されたことにほっとしつつ、ことの流れを考えて肩に力が入るのも感じながら言葉の続きを待った。
ファレルは珍しく慎重に口を動かす。
「ただ、国内で知られていない存在だ。下手に話を漏らせば、混乱が起きる」
それはそうだ。ハロルドが恐れているのも、ガーラント家が苦境に立たされることだ。
「精霊を使役したとなれば、大きな暗殺集団や未知の毒を入手する大金もいらないから、ますますどこに敵がいるかもわからない」
「調べるなら、最小限の人間で進めるべきでしょうね」
クリスの言葉に、ファレルも頷いた。
「そこでだ、ハロルド」
ハロルドは嫌な流れだと思いながらも、冴え渡った青い瞳でファレルを見つめ返した。
説明が多い回ですみません。
彼らが話している内容は、エレノアの大いなる挫折の後半部分に当たります。そちらを読まなくても伝わるようにと思って書いたのですが、分かりにくい点などありましたら、ご指摘いただけると助かります。




