1:悪魔王、ギルドへ参ります
私と娘は王都の繁華街を歩いていた。
露出の多いシスター服の勇者はこの世界でも目立つようで、人々の注目を集めていた。
もちろん。この露出狂はそれに気づいている様子はない。さっきの恥じらいはどこへ行ったのだろうか。私まで恥ずかしくなってくる。
「ところで娘、それでここからどこに行くつもりだ?」
「ずっと気になってたんだけど、その娘っていうのやめて。私は静香。渡辺静香!」
「そうかシズカ。ではどこへ行くのだ?」
「………なんか気に入らないけどいいわ。とりあえず冒険者ギルドに登録かな。説明の内容が本当なら登録しないと魔法すらロクに覚えられないって話だし」
「………?魔法ならすでに使えるではないか」
「これは固有魔法。この世界に来るときに渡されたの。ベルも持ってるはずよ」
「ベ……」
また慣れ慣れしくベルなどと省略されるが、まあいい。
それより疑問なのは固有魔法とやら。
悪魔なので魔力ならあるのだが、魔法とやらは使ったことがない。もちろん確認の方法すら知らない。
「その固有魔法……?とやらはどこで確認するのだ?」
「悪魔王(笑)なのにそんなことも知らないの?」
「………む」
今の「悪魔王」と呼んだのは何かしたの悪意を感じたぞ。
私は悪感情を好むが、今のばかりは癪に障った。
「《ステータス》って言うのよ。《ステータス》。そしたら自分の能力とか覚えてる魔法が見えるウィンドウが出てくるから」
「………《ステータス》」
シズカの言う通りに唱える。
その瞬間、私の目の前に淡く青白い半透明の板が音もなく浮かび上がる。
まるで空中にガラス板を張り付けたような、不思議な光景だった。
淡く発光するそれにはただ文字と数字が整然と並んでいる。
「……なんだ?これは」
「それがステータス。どれどれ………」
シズカがステータスと呼ぶ目の前の文字と数字の羅列を覗き込む。
「はっ、はああああああああああああああああああああああ!?」
私のステータスを見るなり耳元で叫び声を上げる。
その距離でその声量は物理的に耳が痛いので少しは遠慮してほしい。
ただでさえ悪い意味で注目を浴びていたのに、シズカの叫び声によってさらに注目を浴びる。
「筋力、魔力、耐久、俊敏。全部カンストしてるじゃない!幸運が異常に低いのはさて置いても、これなら無双じゃない!これならどの職業にも就けるし、魔王だって敵じゃないわ!」
「よくわからないがまあ当然だろう。それで固有魔法はなんなのだ?」
「………なにこれ。《鑑定》?ちょっと使ってみてよ」
「どうすれば………?こうか………?」
言われるがまま、シズカの言う通り《鑑定》を使用する。
すると、ステータスと同じような半透明のガラス板が浮かぶ。
だが、ステータスよりは細長く並んでいる文字は少ないように感じる。
シズカはそれを見て今か今かと楽しみそうに私を見つめている。どうやら《鑑定》の効果が気になっているようだ。
どれどれ、上から順に読み上げてみる。
「渡辺静香……人間……158cm……87、64、95………?なんだこの数字は………?」
突然、シズカから羞恥の感情が溢れ出す。
思わずシズカの方を見ると、顔を真っ赤にして下を俯いている。
隠しているようだが、逆にその態度がこの数字の意味を親切に教えてくれた。
「さ、さあ!冒険者ギルドに行くわよ!」
誤魔化すように大声を上げる。
頼むから私まで変な目で見られるのでぜひやめていただきたい。
そんなことを思いながらも、シズカに手を引っ張られながら冒険者ギルドへ向かった。
◆
繁華街の中央区画。
石畳の大通りを抜けた先にその建物はあった。
木材と石材で造られた二階建ての建物。
正面には剣と盾を組み合わせた看板が掲げられ、その下にはでかでかと『冒険者ギルド』の文字が刻まれている。
扉を開けた瞬間、酒の匂いが鼻をくすぐる。
奥では筋骨隆々の男たちが昼間から酒を酌み交わし、壁一面には討伐、護衛。様々な依頼が隙間なく貼り出されている。
受付と思われるカウンターには制服姿の職員が数人並び、列を作っている冒険者たちを慣れた様子で捌いていた。
「ほら、あそこ!」
シズカの指の先には『登録受付』と大きく書いてある看板。
その下には、これから冒険者になると思われる人間たちの列とそれを淡々と捌く職員がいた。
「さ、早く早く!」
当然のように手を引っ張られ、私も連れ去られる。
「すみません!冒険者登録お願いします!」
………こいつマジか。
この列が見えないのか、列を全て無視して受付へ走っていった。
さすがに悪魔王と言えど、この娘のメンタルは見習う部分がある。
「すみません……登録受付でしたらあちらの列を並んでください」
気まずそうに受付の職員が列の最後列を指差す。
列に並んでいた人間たちは迷惑そうな顔をして私とシズカを見ていた。
一人ならいいが、こういうことに私を巻き込まないでほしい。
私をその場に置き、何事もなかったかのように最後列に並ぶ。
「ベル!なにしてるの!こっちだよ!」
………列に並ぶ人間たちの視線が刺さるように痛い。
シズカが私のステータスを見た時幸運が異常に低いだとか言っていたが、お前のせいじゃないか………。
私も最後列に並び、順番を待つ。
(ねえ、なんか緊張するわね)
(お前のせいでな)
(………?)
この皮肉に気づかない様子。実に憎たらしい。
この女はやっと周りの目を気にするようになったのか、小声で私に話しかけてきた。
そんなことをしなくともその露出の激しい服を着ているだけで十分視線を集めているというのに……主に男どもから性的な視線をな。
それと男どもはこの隣にいる女を性的な目で見るのは結構だが、私にまでその眼差しを向けてくるのはやめてほしい。男か女かわからない体にしたはずだし、シズカほどだらしない体ではないはずなのだが……。
自分の作った体をまさぐりながら確認していると、すぐに私たちの順番が回ってきた。
「お次のお客様!冒険者登録でよろしいですか?」
「はっ、はい!」
「じゃあまず、お名前を教えてください」
「渡辺静香です!」
「ワタナベシズカさん………あ!勇者様ですね!カードのご用意してありますので、こちら、どうぞ!」
職員の女はどこからかカードを取り出し、シズカに渡す。
「こちら冒険者ランクがFランクからのスタートになりますので、依頼を受ける際はお気をつけてください!では、次のお客様ー!」
「………え?」
「………?どうかされました?勇者様?」
「……………終わり…………ですか……………?」
「はい、王城から先に情報と依頼が届いておりましたので、先回り作らせていただきました」
「なん………だと………」
シズカが膝から崩れ落ちる。
絶望の悪感情を見るに、なにか「お約束」的な展開を期待していたのだろう。ここに来るまでもどこかうかれていたような気がする。
………いかんいかん。笑うな私。今ここで「大変美味である!」なんて言ってしまえばシズカにまた汚らしい炎で焼かれることだろう。
緩む口元を抑えながら、すぐそこで咽び泣く勇者とは関係のない人間のフリをして受付に進む。
「冒険者登録を頼む」
「冒険者登録ですね、お名前お伺いします!」
「ベルフェゴールだ」
ふと、愛想よく接客する職員の胸元に目が行く。
やはり、もっとあった方がいいのだろうか………。
自分と職員のものと比べ、作りものの体だというのにどこか敗北感を感じていると、案内が進む。
「では、ステータスをお見せいただけますか?」
「わかった。《ステータス》。これでいいか?」
どうにか向こうに見せることはできないかと、ステータスの画面を指でスライドさせてみると、画面が職員の方へ回転した。
ほう。こういうこともできるのか。
「確認しますね。えーっと…………な、な、なんですかこれはあああああああああああああ!?」
見せた画面を見るなり職員が大声を上げる。
その流れはさっきしたばかりなのだが………。
職員の大声に釣られ、酒を飲んでいた人間、依頼を選んでいる冒険者、別の受付に並んでいる者や奥にいた職員まで近寄ってくる。
正直、こう褒め称えられるのは決して嫌な気分ではない。ないのだが、この世界に来てからは人目に浴びるのが段々と苦手になっている気がする。
「幸運が異常に低い………ほぼゼロですが、それ以外のステータスがマックスの値です!とんでもないですよ!ベルフェゴールさん……一体何者なんですか!?」
悪魔王です。なんてこの状況で正直には言えないだろう。
愛想笑いをしていると、崩れ落ちていたシズカがのそのそと立ち上がる。
「なんで!なんで勇者の私はあんなあっさり終わって!私の付属品のアンタが!アンタがああああああああ!」
立ち上がって胸ぐらを掴んだかと思うと、すぐにまた膝から崩れ落ち、泣き始めた。
………情緒がわからん。
そんなシズカを気にする様子もなく、「こほん」と咳払いをして職員は話の続きを始める。
「それで!職業はなにになさいますか!?正直ステータスが高すぎてステータスの恩恵は受けられませんが、覚えられる魔法の種類が違います!」
「その職業とやらはなにがあるんだ?」
「はい!下級職と上級職があり、下級職は省きますがこちらになります」
職員がなにか呟くとステータス画面のようなものが目の前に表示される。
画面にはおそらく職業が表示されており、剣豪、聖騎士、魔剣士、魔導士、賢者、拳聖……ほかにも気が遠くなるほどの数が書かれていた。
剣には興味がないしわざわざ魔法の勉強をする気はない。聖と名がつくものは論外。
………となると。
「暗殺者で頼む」
暗殺者。
消去法で選んだ職業ではあるがよく考えてみると、隠密、盗み、潜伏、毒。
実に興味深い術が学べそうで、面白そうだ。
それに、他のものは生活していればそのうち身に付きそうなものばかりだしな。
職業を選択し、カードを受け取ると一人だった職員がいつの間にか数名に増えていた。
「「「ベルフェゴール様、これからの多大なるご活躍を期待しております。いってらっしゃいませ」」」
丁寧な見送り。このボンクラ勇者の時とは大違いだ。
次第に他の人間どもからも歓声が上がり、ギルド全体がベルフェゴール一色になった。
「いや………」
私はこういう歓迎をされるのはあまり好まないのだが………。
というか、注目を浴びるのが好きではない。もっとこう、薄暗く、目立たないのが好ましい。
「うう………私だって…………」
こういうのはそこで情けなく転がっているボンクラ勇者にしてやってほしい。
さっさとここを出ようと出口へ向かうと、巨体の男によって道を阻まれる。
「兄ちゃん。よかったらうちに来ないかい?」
金髪オールバックにタンクトップ。
そのゴツゴツとした顔は、まるで男の勲章だとでも言わんばかりに古傷で塗れていた。まさに荒くれ冒険者といった風貌。
「いや、遠慮しておく。このボンクラ勇者のお守りがあるのでな」
「そうか、残念だ」
丁重に断りを入れ、荒くれ冒険者を避けて横を通る。
またその横を、私の進路を邪魔するように一人の男が立ちはだかる。
さっきの男とは打って変わってひょろがりの体、髪は黒くキノコのような形をしている。これを確か人間どもはマッシュとか呼んでいたような気がする。
「お姉さん……このあと、暇?」
小さな樽ジョッキを片手に、キメ顔で誘ってくる。
キメ顔だが、この男にはロクに働きもせず昼間から酒を飲んでいる自分がどう見えているのだろうか。もう少し自分を客観視してほしいところだ。
「悪いが暇ではない」
泣きながら私の足にしがみつくシズカを連れ、逃げるように冒険者ギルドを出ていった。
途中、シズカのスカート?の中を覗いて顔を真っ赤にしたり鼻血を出していた連中がいたが、なんだったのだ……?
まさかコイツ………。
ある疑問が湧き、近くの路地についたところで泣きじゃくるシズカに一言。
「お前、下は履いているのか?」
その質問にシズカはキョトンと首を傾げる。
質問の意図を理解したのか、立ち上がり、腰に手を当て胸を張って言う。
「失礼ね!かわいいの履いてるんだから!」
そういうと、シズカは路地とは言え躊躇する間もなく、服の裾を捲って堂々と私に見せてきた。
そこにあったのは、まごうことなきツルツルの………。
「履いてないじゃないか」
「履いてるわ!王様に「心が汚い人間には見えないパンツ」だって渡されたもの!」
確かに理に叶っているな。
この裾の中を覗こうとする人間は必然と心が汚いということになるので、見えないことになる。
当然私は悪魔なので見えないが、用意した人間まで心が汚かったらそれはシュレディンガーのパンツじゃないか?そもそも元々履いていた下着でいいのでは?コイツは馬鹿なのか?
そんなことを考えたが、助言をする間もなくノーパンシスターコスプレ勇者は先へ先へと走り出し、私はシズカの後を追った。




