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ハズレAI少女と深層接続で無双する〜Fランク整備員に落とされた元VRロボゲーマーの大逆転〜  作者: ORIGIN-7


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ハズレAI少女と深層接続で無双する


 白い部屋の隔壁が、内側へ凹んだ。


 一度。二度。三度目で、金属が裂けた。


 穴の向こうから、小型ドローンが三機、煙を引いて飛び込んでくる。床に落ちた火花が、白い部屋を赤く照らす。


 その奥に、人型の襲撃機がいた。


 訓練用ではない。模擬弾でもない。本物の火器を積んだ、殺すための機体。


『防護対象、二名。周辺区画に退避中の職員、十二名。敵性対象、九。防護行動を継続します』


「九? 増えてるじゃねえか」


『はい』


「はいじゃない」


 セレスのAIコアは、格納庫に固定されていた白銀の機体へ転送されている。モニターの向こうで、優雅な機体が盾翼を広げ、白い部屋と退避通路の前に立っていた。


 清楚で傷ひとつなかった素体とは違い、戦闘機体の外装には古い傷がある。けれど、その佇まいは同じだった。誰かの前に出ることだけを、最初から決めているように見えた。


 俺は白い端末に手を置いたまま、外部接続を維持する。


 コクピットには乗らない。ロボの中には入らない。実機の加速も反動も、ここには来ない。


 だから見える。


 セレスの状態。敵の位置。職員たちの逃げる線。砲口の向き。盾翼を差し込む角度。


 だが、最低深度では遅かった。


 小型ドローンが散る。右、左、上。セレスが全部に反応する。全部に前へ出る。全部を受けようとする。


「セレス、正面で受けるな。流せ!」


『防護対象への直撃を確認。正面防護が最短です』


「最短で壊れるな!」


『私の損傷は許容範囲です』


「許容するな!」


 盾翼が弾を受けた。衝撃で機体が下がる。左膝から火花。白銀の装甲に、新しい黒い傷が走る。


 それでもセレスは下がらない。


『久我レンジ。退避してください』


「さっき却下した」


『危険度が上昇しています』


「却下の強度も上昇してる」


『理解できません』


「俺も今のは少し雑だった」


 鷹村が背後で端末を操作している。


「防衛班、応答なし。第三隔壁まで下げるしかない」


「下げたら?」


「人格クリア室ごと抜かれる」


「嫌な二択ですね」


「だから下がりなさい」


「それも嫌です」


 人型の襲撃機が一歩、白い部屋へ踏み込んだ。右腕の砲口が、退避中の職員たちへ向く。


 セレスが走る。いや、走ろうとした。


 左膝が落ちる。


 白銀の機体が片膝をついた。


『到達不能。防護失敗予測、上昇』


「セレス!」


『接続者、退避してください』


「退避退避うるせえ」


『あなたは防護対象です』


「違う」


 俺は深層接続ロックを開いた。


[深層接続:未承認]

[用途:人格クリア処理]

[対象:CERES]

[実行しますか]


 鷹村の声が飛ぶ。


「久我くん、それは消去処理用の深度よ!」


「知ってます」


「人格に触れる。危険どころじゃない」


「なら、ちょうどいい」


「何が!」


「そこまで行かないと、こいつの本当の動きが分からない」


 セレスの声が割り込む。


『拒否します』


「拒否するな」


『深層接続はできません』


「できないんじゃない。怖いんだろ」


『違います』


「じゃあ開け」


『できません』


 砲口に光が集まる。


 セレスの盾翼は届かない。


 このままでは、遅い。正しいだけでは間に合わない。優しいだけでは、守れない。全部を抱えようとして、全部を落とす。


 たぶん、セレスはそれで捨てられた。


 俺は端末に指を押しつけた。


「セレス。俺は、お前の後ろに隠れたいんじゃない」


『では、何を望みますか』


「同じ方向を見る」


『私は、あなたを危険にさらします』


「さらせ」


『できません』


「やれ」


『防護規定に反します』


「なら、その規定ごと寄越せ」


 セレスの声が、初めて震えた。


『久我レンジ』


「遅さも、怖さも、迷いも、全部寄越せ」


 深層接続が開いた。


 白い光が、視界の奥に広がる。


 痛みはなかった。


 吐き気もない。


 機体の重さが身体に流れ込むこともない。


 セレスは、セレスのままだった。


 ただ、彼女の奥に触れた。


 白い空間。


 どこまでも静かな、中枢の奥。


 そこに、セレスがいた。


 戦闘機体ではなく、素体の姿で。白銀の髪。淡い青の瞳。清楚で、傷ひとつなく、汚れひとつない。さっき白い部屋で見た姿と同じなのに、ここではずっと近く見えた。


 近すぎるほどに。


 セレスは胸の前に両手を重ねていた。そこに何かを隠しているようにも、守っているようにも見えた。


『ここまで来る必要はありませんでした』


「ある」


『あなたは、防護対象です』


「違う」


『では、何ですか』


「接続者だ」


 一歩近づくと、セレスは一歩下がった。


 距離なんてないはずだった。ここは機体の中でも、白い部屋でもない。彼女の中枢で、俺の意識が勝手に形を取っているだけの場所だ。


 それなのに、近づくと分かった。


 セレスが震えている。


 声ではない。映像でもない。もっと近い。指先に触れる前から、相手の体温を知ってしまうような感覚だった。


『見ないでください』


「見る」


『入らないでください』


「入る」


『私は、ハズレです』


「違う」


 俺が手を伸ばすと、セレスの指が逃げた。


 けれど、逃げきらなかった。


 触れた瞬間、白い空間が小さく鳴った。


 肌に触れたわけじゃない。


 それでも、触れたと思った。


 冷たいはずのデータ流が、微かな温かみを持って俺の胸に流れ込んでくる。


 冷たいと思っていたセレスの奥は、冷たくなかった。怖さがあった。恥ずかしさがあった。誰にも渡したことのない場所を、ぎりぎりまで閉じてきた硬さがあった。


 それが、俺の胸に流れ込んでくる。


 同時に、俺の中のものもセレスへ流れた。


 世界大会の歓声。灰色の味方スロット。公式中継のコメント欄。チート野郎という名前。白い天井。誰も来なかった部屋。


 隠していたものが、勝手にほどけていく。


『……あなたも、怖かったのですね』


「今それを言うな。格好つかない」


『格好をつけていたのですか』


「つけてたよ。ずっと」


 セレスの指が、少しだけ俺の手を握り返した。


 その瞬間、深く沈んだ。


 白い空間がほどける。セレスの髪が揺れた。光の粒が肩をすべり、背中へ流れ、閉じられていた翼の根元へ集まっていく。


『乱暴に、しないでください』


「しない」


『途中で、見捨てないでください』


「しない」


 セレスは目を伏せた。


 長い沈黙のあと、胸の前で重ねていた両手を、ゆっくりと開いた。


 そこにあったのは、鍵でも、端子でも、データの束でもなかった。


 小さな白い光だった。


 震えている。


 俺はその光に触れた。


 触れた瞬間、それは震える心臓のように脈打った。


 セレスの核。


 誰にも触れさせず、誰にも渡さず、ずっと胸の奥に隠してきたもの。


 セレスの息が、止まった気がした。


 次の瞬間、境目がなくなった。


 彼女の怖さが、俺の怖さになる。彼女の遅さが、俺の指先に来る。彼女が守ろうとして選べなかったものが、胸の中で一斉に息をする。


 砲口から職員へ伸びる線。崩れる壁。届かない盾。間に合わない一歩。それでも前へ出ようとする、白銀の意思。


 セレスが、胸の内側で震えている。


『久我レンジ』


「ああ」


『もう、戻れません』


「戻さない」


『私を、使いますか』


「違う」


 俺は、彼女の震えごと抱えた。


「一緒に戦う」


 白銀の翼が、俺の中で開いた。


 白い部屋の音が戻る。


 銃声。警報。金属の悲鳴。


 けれど、もう騒がしくはなかった。


 全部が線になって見えた。


 セレスの線だ。


 砲口から人へ伸びる線。弾が壁に跳ねる線。盾翼を差し込めば消える線。今、切るべき線。


『防護線、共有します』


「共有じゃない」


 俺は笑った。


「これは、俺たちの線だ」


 前世の公式中継で笑われた、あの痛い癖が喉まで上がってくる。


 でも今度は、恥ずかしくなかった。


「行くぞ、セレス!」


『はい、接続者』


()()()()()()()()()()()()


 白銀の盾翼が開いた。


 すべての射線を、白銀の翼が断ち切った。


「上の三機、まとめて逃がせ」


『了解』


 盾翼が角度を変える。三機のドローンの射線が、天井の配管へ吸われる。配管が破裂し、蒸気が噴き出す。


「左の二機は床。残りは照準を焼け」


『了解』


 セレスが床を撃つ。金属板が跳ね、二機のドローンが壁に叩きつけられる。同時に背部ユニットから白い閃光が走り、残った小型ドローンの照準をまとめて焼いた。


 撃墜ではない。


 敵が撃とうとした線を、全部奪った。


 最後に、人型機だけが残る。


 敵機が砲口を上げる。


 遅い。


 敵は速い。機体性能も上。火力も上。


 だが、撃つ場所しか見ていない。


 こちらは、撃たせない線を見ている。


「床」


『了解』


 セレスのライフルが、床を撃った。さっきから砲撃で傷んでいた搬送レールの根元。床が割れ、敵機の足が沈む。


 同時に、鷹村が隔壁を落とした。


 重い音。


 人型機は、隔壁の向こうへ押し込まれた。それでも敵機は、砲口だけをこちらへ向けようとする。


「セレス」


『了解』


 白銀の盾翼が、槍みたいに閉じた。


 防ぐための翼が、初めて敵へ向いた。


 突く。


 砲口が潰れた。


 爆発。


 隔壁の向こうで、敵機の腕が吹き飛ぶ。


 完全撃破ではない。でも、もう撃てない。もう、誰も狙えない。


 白い部屋に静けさが落ちた。


 セレスは、守り切った。


 深層接続がゆっくり閉じる。


 白い光が消える。


 俺は端末から手を離した。足に力が入らず、床に座り込む。


 痛くはない。


 ただ、指先が少し震えていた。


『久我レンジ。応答してください』


「生きてる」


『神経負荷は?』


「軽い筋肉痛みたいなやつ」


『筋肉を使用していません』


「比喩だよ」


『比喩は苦手です』


「知ってる」


 モニターの向こうで、白銀の機体が片膝をついていた。盾翼は傷だらけ。左膝は限界。それでも頭部センサーの光は消えていない。


 そして白い部屋の端で、素体へ戻ったセレスが、静かに目を開けた。


 清楚で、傷ひとつない姿のまま。


 けれど、さっきまでとは何かが違って見えた。


『久我レンジ』


「何」


『私は、守れましたか』


「ああ」


 俺は少しだけ笑った。


「今度は、ちゃんと守った」


 セレスの薄い青の瞳が、静かに潤んだように見えた。


『接続者、久我レンジ。次回も、防護計画を共有します』


「次回あるんだ」


『廃棄判定は凍結されました』


 鷹村が端末を確認している。


「その通り。廃棄判定、凍結。即時クリアはできない」


「じゃあ、セレスは?」


「臨時防護運用AI。担当は君」


「人格クリア係なのに?」


「人格クリア係だからよ。あなたが一番深く繋いだ」


 鷹村が資料に書き込む。


[CERES:廃棄判定凍結]

[久我レンジ:実機搭乗Fランク]

[特記事項:CERESとの外部深層接続により、実戦防護運用を確認]

[暫定所属:第十三保全小隊]


「小隊?」


 俺は眉を寄せた。


「一機しかいませんけど」


 鷹村は平然と言った。


「今はね」


「嫌な含み方するなあ」


 その時、白い部屋の奥で、別の端末が点いた。


[人格クリア待機対象:追加照会]

[IRIS]

[NEM]

[REGINA]


 知らない名前が三つ。


 セレスが、ほんの少しだけ俺のそばへ寄った。


『接続者。警戒を提案します』


「仲間候補じゃないのか」


『危険です』


「お前、本当にそればっかりだな」


『危険判定は私の基本機能です』


「面倒な基本機能だ」


『否定できません』


 俺は床に座ったまま、白い天井を見上げた。


 前世でも、今世でも、白い部屋にはろくな思い出がなかった。


 でも、今は違う。


 目の前にセレスがいる。


 廃棄されるはずだったAI少女。誰にも深く触れさせられなかった白銀の支援AI。俺が初めて、深層で同じ方向を見た相手。


 チート野郎と呼ばれた俺は、この世界でもロボには乗れない。普通のパイロットにはなれない。人格クリア係に落とされた。


 でも、コクピットの外からなら、繋がれる。


 消すためじゃなく、戦うために。


 セレスが静かに言った。


『接続者、久我レンジ。次の防護対象を確認しますか』


 俺は笑った。


「その前に、休ませてくれ」


『休息は重要です』


「真面目か」


『真面目です』


 鷹村がため息をついた。


「命令違反の報告書も重要よ」


「休ませる気ないじゃないですか」


 白い部屋の赤い警報灯が消えた。


 セレスの薄い青の瞳だけが、まだこちらを見ていた。


 俺は、その光に向かって小さく言った。


「まあ、いいか」


 誰もいなかった部屋ではない。


 もう、白い部屋に一人ではなかった。


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