Fランク整備員とハズレAI少女と白い部屋
あの世界大会の一回戦で、俺は勝った。
そして、その勝利が公式記録から抹消された瞬間、俺の名前も消えた。残ったのは、俺が名乗ったこともない、ひどく雑な罵倒だけだった。
チート野郎。
大手動画配信サイトの公式チャンネルでは、VRロボット対戦ゲーム《アイアン・ライン》世界大会の一回戦が中継されていた。実況席には元プロと人気配信者が並び、画面右側には多言語のコメントが滝みたいに流れている。視聴者数は、試合開始前の時点で八万人を超えていた。
その晴れ舞台で、俺の味方スロットは十四個、灰色のままだった。
集合時間を過ぎても、誰も来ない。回線落ちでも、遅刻でもない。チームチャットは、開始二分前に一行だけ流れた。
『お前ひとりで勝てるんだろ?』
それきりだった。
敵チームは十五人全員がオンライン。各国予選を抜けてきた、正真正銘の強豪だ。対してこちらは俺ひとり。実況席も、最初は苦笑いだった。
『これは……トラブルでしょうか。味方が十四人未入場です』
『いや、チーム内不和の噂はありましたね。例の彼、かなり尖ったプレイスタイルですから』
『ああ、あの“俺一人で十分”発言の?』
『そうです。SNSで燃えてましたね』
コメント欄が跳ねる。
[味方ボイコット?]
[一人で十分なんでしょ?]
[これ公式で流していいの草]
[逃げたら伝説]
[いやもう終わりでしょ]
敵の先鋒が、中央通りへ入った。
白い騎士型。世界大会の一回戦で出てくるには、嫌になるほど綺麗な機体だった。盾を前に出し、右肩のライフルを少し下げ、こちらの出方を待っている。
『敵機、射程内です。発砲しますか』
俺の機体に搭載された支援AIが、淡々と聞いてきた。
「撃つな。二秒待て」
『待機』
白い騎士型の足が半歩だけ前へ出る。
「今。足元じゃなく、左の壁」
『射撃補正、左壁。実行』
弾は敵に当たらない。左の壁に当たり、砕けた破片が道路へ落ちる。敵機の足が止まった。
実況席の声が変わる。
『今の、敵を撃ってませんね』
『壁を崩して足を止めたんでしょう。判断はいい。ただ、これを一人で続けるのは無理ですよ』
そうだ。普通は無理だ。
プレイヤーは一機に乗り、一機の支援AIと組む。それだけでも忙しい。敵の弾を避け、味方の位置を見て、自分のAIに撃つな、待て、曲がれ、拾えと命令する。
だから俺は、カーソルを動かした。
味方が回線落ちした時にだけ切り替わる、簡易支援モード。その穴を突く外部ツール。許されるものではない。使えば、たぶん二度と大会には戻れない。
それでも、押した。
画面が十五に割れた。
十五機ぶんの視界。十五機ぶんの残弾。十五機ぶんの機体状態。そして、十五機ぶんの支援AIが、俺の指示を待っている。
「二番、囮。三番、右高架。四番、転倒許可。五から九、中央を狭めろ。十以降、発砲待機」
『二番、了解』
『三番、射線取得』
『四番、転倒姿勢へ移行』
『五番から九番、進路制限を開始』
耳の奥で、十五機ぶんの声が重なる。
普通なら、ここで終わる。十五機ぶんのAIに同時に命令を投げるなんて、人間のやることじゃない。
でも、俺には全部が一つの返事に聞こえた。
「行くぞ」
思わず、喉の奥から昔の癖が出た。
「マルチディメンジョンコントロール!」
叫んだ瞬間、十五機が一斉に動いた。
敵のエース機が中央へ入る。俺は二番機を前に出す。敵は撃たない。囮だと見抜いている。
「正解」
四番機を倒す。壊れた腕が通路をふさぎ、敵が右へ避ける。そこへ三番機が高架を撃った。瓦礫が落ち、退路が一つ消える。
「十、十一、十二。撃て。ただし当てるな」
『了解』
旧式ライフルが三方向から火を噴く。
当たらない。当てなくていい。敵が避けた先に、十五番機がいる。
「十五、抱け」
『自爆安全装置、解除確認』
「解除」
片腕の旧式機が、白いエース機に抱きついた。
『おい、まさか――』
「まさか」
自爆。
白い機体が火の中で折れた。
実況が止まった。数秒だけ、公式中継から言葉が消えた。
『……今の、何ですか?』
『いや、操作が……多すぎますね。視点切り替えというより、AI指揮が尋常じゃない』
『あと、何か叫びましたよね』
『マルチ……何とか』
コメント欄は、もう試合を見ていなかった。俺を見ていた。
[人間じゃ無理]
[マルチディメンジョンwww]
[技名叫んだぞ]
[でも動きはヤバい]
[外部AIだろこれ]
[運営止めろ]
残り二機。
右機は動揺している。左機は冷静。なら左から潰す。五番機を撃たせ、六番機を見せ、七番機をわざと転ばせる。
「七番、転倒したまま背部ミサイル。開け」
『背部展開』
敵が七番機を踏み越えた瞬間、転んだ七番機の背中が開いた。
短距離ミサイル、一発。
左機の膝が飛ぶ。
残り一機。敵は逃げた。俺は追わない。十三番機が、敵の逃げる先にいる。武器はない。けれど、そこにはさっき捨てたライフルが落ちている。
「十三、拾え。十四、視界を塞げ」
『了解』
『煙幕展開』
十三番機が拾う。十四番機が敵の視界を遮る。十三番機が撃つ。
命中。
試合終了。
勝った。
味方スロットは、最後まで十四個、灰色のままだった。誰とも喜べなかった。公式中継の実況席も、勝利を称える言葉を探しているようで、何も言えずにいた。
そして、判定が出た。
[違反ツール使用]
[反則負け]
[記録抹消]
そこからは早かった。
配信コメントは爆発し、切り抜き動画が数分で拡散され、SNSのトレンドには俺のプレイヤーネームではなく、誰かがつけた蔑称が上がった。
[やっぱただのチート野郎じゃん]
[チートクズ爆誕]
[協調性ないやつがツール使って無双ごっこしてただけ]
[でも指示自体はやばくね?]
[はい信者湧いた]
[ツール使えば誰でもできるだろ]
[二度と大会出んな]
俺が十五機の支援AIを動かしたとは、誰も言わなかった。
ツールが動かした。そういうことになった。
あの時、本当に十五機ぶんのAIへ指示を出していたのは俺だった。けれど、それを知っているのは俺だけだった。
チート野郎。
俺が名乗った名前じゃない。
でも、その罵倒だけが残った。
そこで、俺の前世は終わった。
いや、正確には、そのあと少しだけ続いた。部屋にこもって、画面を消して、白い天井を見ていた時間がある。笑ったやつも、叩いたやつも、味方スロットを灰色にしたやつも、誰も来なかった。
次に目を開けた時も、白い天井だった。
ただし、知らない天井だった。
「被験者、覚醒」
「神経反応あり」
「記憶混濁、軽度」
声がする。知らない部屋。知らない端末。知らない制服。首の後ろに冷たい端子が刺さっていた。
「久我レンジ。聞こえる?」
白衣の女が、横に立っていた。
「……誰ですか」
「鷹村ユイ。オービタル・リンクス訓練施設、AI人格管理主任」
「説明が多い」
「最低限よ」
「ここ、どこですか」
「あなたの元いた世界ではない場所」
「説明が雑」
「時間がない。検査する」
「人権」
「あとで探す」
連れて行かれたのは、検査用コクピットだった。
狭い箱。固定具。首の後ろの端子。目の前のモニター。ロボットの操縦席。
俺は少しだけ息を止めた。
今度こそ。
そう思った。
今度こそ、俺の頭は使い道を間違えられない。支援AIに指示を出して戦場を組み立てる能力なら、この世界でも役に立つはずだ。ここなら、チート野郎じゃなく、別の何かになれる。
「神経同期、開始」
視界が開いた。
巨大な機体の視界。右腕の角度、左脚の荷重、背部推進器の温度、関節の遅れ、格納庫の床に残った古い傷。全部が情報として並び、驚くほど自然に読めた。
「同期率七十八」
「初回で?」
「八十六。まだ上がります」
「AI指揮反応も良好。S域です」
検査員たちの声が変わった。
いける。
そう思った瞬間、機体が一歩動いた。
身体が、置いていかれた。
コクピットの中で背中がシートに押しつけられ、固定具がきしみ、視界の揺れと機体の足裏感覚がずれた。頭は機体の動きを理解している。次にどこへ重心を置けばいいかも分かる。支援AIへ何を補正させればいいかも分かる。
なのに、乗っている身体だけがついてこない。
「二歩目、行きます」
「待っ――」
機体が踏み込んだ。
衝撃が来る。
胸の奥がひっくり返り、視界の端が白くにじんだ。操作は切れていない。同期率も落ちていない。むしろ上がっている。
繋がれる。
動かせる。
でも、乗っていられない。
「止めろ。実機が、無理だ」
検査は強制停止された。
[神経同期適性:S]
[AI指揮適性:S]
[戦術処理:S]
[実機搭乗耐性:F]
[総合パイロット適性:F]
[推奨:外部接続/遠隔指揮]
Sランク候補から、Fランクへ。
機体と繋がれないわけじゃない。AIを扱えないわけでもない。戦場が見えないわけでもない。
ただ、ロボットに乗れない。
それだけで、俺はパイロットではなくなった。
「久我レンジ」
鷹村が資料を閉じた。
「配属先が決まったわ」
「パイロット科じゃないですよね」
「整備区画。肩書きは整備員」
「……本当に整備ですか」
「整備課の人格クリア係」
「……名前からして嫌な仕事ですね」
「廃棄予定AIと深く繋いで、残存ログを抜く。その後、人格を消す」
俺は少し黙った。
深く繋ぐ。人格を消す。
繋がりたかった頭で、他人の繋がりを断つ仕事。悪趣味にもほどがある。
連れて行かれたのは、施設の奥にある白い部屋だった。
何もない。白い椅子。白い端末。白い壁。中央に、白銀のアンドロイド素体が座っている。
ロボットではない。
少女の形をしていた。
白銀の髪。伏せられた睫毛。薄い青の瞳。清楚という言葉をそのまま削り出したみたいな、傷ひとつない姿。あまりに綺麗で、ここが廃棄待ちの人格クリア室だということの方が、間違っているように見えた。
[CERES:人格クリア待機中]
[残存人格:安定]
[廃棄判定:確定]
「廃棄予定AI、セレス」
鷹村が言う。
「普段は素体。戦闘時はAIコアを機体側へ転送する。機体は白銀の防衛支援機。優雅で、スペックだけなら悪くない」
「なら、なんで廃棄に?」
「深層接続ができない」
その時、セレスが顔を上げた。
声は、静かだった。
『久我レンジ。ここは危険です。退避してください』
俺は、思わず笑った。
「自分が消される側だろ」
『私は廃棄対象です。あなたは退避可能です』
「廃棄対象が他人の心配するなよ」
『防護対象を確認したため、警告しています』
鷹村が端末を起動する。
「最低深度で接続して。ログ抽出だけ。余計なことはしない」
「余計なことって?」
「助けようとすること」
「まだ何も言ってない」
「顔に出てる」
「顔で業務評価しないでほしい」
俺は白い端末に手を置いた。
接続が開く。
冷たい線が、指先から奥へ伸びた。コクピットとは違う。押し込まれない。揺さぶられない。ただ、そこにいるセレスの声だけが近くなる。
『接続を確認。神経負荷は軽微。ですが、危険です』
「何でも危険って言うな」
『危険判定は私の基本機能です』
「面倒な基本機能だな」
『否定できません』
ログを開く。
一度目。深層接続、拒否。
二度目。深層接続、拒否。
三度目。深層接続、拒否。
四度目。接続者保護のため、強制切断。
五度目。防護対象拡大により、作戦行動遅延。
セレスは弱いわけじゃなかった。
誰にも深く触れさせない。
だから、ハズレになった。
「これ、壊れてないですよ」
鷹村は答えなかった。
「久我くん」
「はい」
「作業を続けて」
白い端末に、赤い確認表示が出る。
[人格クリア工程へ移行します]
[深層接続を準備]
[対象人格:CERES]
[実行後、人格復元は不能です]
セレスの声が、変わらない調子で響く。
『作業員、久我レンジ。手順を確認しました。私は停止します』
「……お前、それでいいのか」
『廃棄判定は確定しています』
「判定が間違ってたら?」
『私は深層接続できません。支援AIとして、不適格です』
「できないんじゃなくて、してないんじゃないのか」
セレスは黙った。
ほんの一瞬だけ、その綺麗すぎる顔に影が落ちた。
『同じです』
「違うだろ」
『同じです』
俺は、端末に置いた指を止めた。
鷹村が低く言う。
「久我くん」
セレスが言う。
『久我レンジ。あなたの心拍が上昇しています。退避、または休息を推奨します』
「消される直前まで人の心配するな」
『防護対象ですので』
端末の表示が点滅する。
[人格クリア開始まで]
[10]
赤い数字が、白い部屋に浮かぶ。
[9]
指が動かない。
[8]
消せば終わる。仕事だ。Fランクに落とされた俺が、初日に与えられた仕事。
[7]
深く繋いで、人格を消す。つながりたかった頭で、つながりを断つ。
[6]
セレスの薄い青の瞳が、こちらを見ている。
『久我レンジ。危険です』
「何が」
『あなたが、迷っています』
[5]
その時だった。
白い部屋の照明が、赤く落ちた。
警報。
床が揺れる。
『外壁損傷。敵性反応、侵入』
赤いカウントが止まる。
[人格クリア中断]
[施設防衛モード移行]
遠くで爆発音。白い部屋の隔壁が揺れた。
セレスが立ち上がる。
清楚な白銀の素体が、赤い警報灯の中でまっすぐ俺の前に出た。
『AIコア、戦闘機体へ転送します』
白い光が、セレスの胸元から抜ける。
次の瞬間、格納庫側のモニターに白銀の機体が映った。
細く、優雅で、翼のような盾を背負ったロボット。
戦うためというより、誰かの前に立つために作られたような機体だった。
『防護行動を開始します』
「セレス、戦えるのか」
『不完全です』
「武装は?」
『不完全です』
「盾は?」
『片側不完全です』
「完全なところある?」
『防護意思』
白銀の盾翼が開いた。
隔壁の向こうで、金属が裂ける音がする。
敵が来る。
消されるはずだったAI少女が、俺たちを守るために立っている。
『久我レンジ。退避してください』
俺は白い端末に手を戻した。
「退避は却下」
『危険です』
「知ってる」
接続画面の奥に、見慣れない表示が出た。
[深層接続:待機]
深く繋いで、人格を消すための接続。
俺はそれを見て、笑った。
消すためじゃない。
消されないために使う。
「じゃあ、消されない動きをしようぜ、セレス」




