第六話 旅は始まる
帝都へ向かう道のりはまだまだ始まったばかりであり、当然目的の地への距離は果てしなく遠い。
そして、レンの天厳吏を目指す修行も本格的に開始していた。
「いいかレン、天厳吏になるには生肖武技以外にも天厳吏の技を学ぶ必要があるんじゃ」
そう言いドウガイは腰に掛けた袋から数枚の札を取り出す。
その札には筆で何か模様がと文字が書かれている。
「これは葬符と言ってな、仙気を封じ込めた特別な札なんじゃ、練気を送り込むことで発動させることができる」
ドウガイの練気が手に集中したかと思えば、札が燃え上がり、そこから大蛇のように伸びた煙が現れ、レンの体を締め上げた。
「あ、こ、これは……ジンユが山で、出した煙のや……つ……だ」
「だから師匠を呼び捨てにするな!」
「まぁまぁ、俺は気にしてないからぁ、メイユンはこっちで自分の修行をしよぉなぁ」
身動きが取れないレンにつかみかかろうとするメイユンを、ジンユが冷めた顔で首の襟を掴みながら引き離す。
それを見てからかうレンをドウガイが小突いた。
「メイユンの言うとおりじゃ、あれでもお前の先輩、敬う事を忘れるな」
ドウガイが術を解除し、煙が霧散する。
「わかってるよ……それよりさ、その札で今から修行するんだろ? 早くくれよ〜」
葬札を取ろうとしたレンの手を叩き、ドウガイは一冊の本と筆を代わりに持たせる。
それを受け取ったレンは状況が理解できていない様子で本を雑にとめくる。
「自分で書くんじゃよ」
「へ?」
「今日からこの本の内容を覚えて、葬符の書き方を練習するんじゃ」
「ま、マジかよ」
想像していた修行とかなりかけ離れた物にレンは思わず肩を落とし落胆を示した。
「天厳吏は天子様の私兵、それなりに学が必要なんじゃよ、まぁワシでもなれたんじゃレンも覚えられるわい」
文字は幼少からドウガイにより教えられていたが、本というものまともに読んでいたことがないレンにとって、座学は特訓よりもきつい修行となっている。
旅の始まりから数日、草原に流れる川の側を四人が歩いていた。
四人列をなし歩いてる最後尾で、レンは今にでも頭から煙が出そうなほど苦悶の表情を浮かべている。
本には葬符の種類や効果から作り方まで細かく書かれている。
「何で葬符だけで数十も種類があるんだよ」
頭をかきむしるレンにメイユンがニヤけた顔で近づいてくる。
「こんなのに苦戦してんの? 練気の才能はあってもおつむはダメダメなんだね〜」
レンはメイユンの機嫌に合わせるように跳ねる前髪を掴み、本をメイユンの顔に押し当てた。
「うるせぇ! じゃあお前はこの本の内容全部覚えてんのかよ!」
レンの手を払いメイユンは本を数ページめくり得意げに笑う。
「あったりまえじゃーん、天厳吏見習いが最初に覚える内容だよ? そして私は見習いの中でも一番の実力を持ってるんだから、葬符もこんな風にすぐ作れるしー」
腰に携えた布袋から白紙の札と筆を取り出し、あっという間に一枚の葬符を作り上げるメイユン。
葬符をはためかせ、胸を張り威張るメイユンに対し、レンは不貞腐れた顔で本を奪い戻す。
「自分でそれ言うかよ……おつむがしれてるな」
「何よこの武技だけ馬鹿!」
「誰が武技だけ馬鹿だ! だったら今ここでどっちが上か決めるか?」
「上等よ」
今にも衝突しそうな二人の頭をジンユが小突き制止した。
「お前たち、いい加減にしろよー」
二人は首輪をつけられた犬のように唸り合い、睨み合っているが、それでも何とか争わずにその場は落ち着いた。
「お前はどうやら、座学より実践が向いてるようだなぁ」
「俺は身体で覚える質なんだよ」
本で風を仰ぎながらレンはこれでもかと嫌な顔を見せる。
ジンユはその様子に笑いながら何か思いついたような顔をした。
「なら別の修行方法を考えるかぁ」
「ジンユが考えてくれるのか!?」
「そうだなぁ……一つ条件がある」
「なんだよなんだよ」
「これからはジンユさんと呼べぇ、いいな?」
「わかったよジンユさーん」
「調子のいいやつだなぁ、待ってろドウガイ様に掛け合ってくる」
そう言ってジンユはドウガイの元へ行き、何か相談事を始めた。
隙を見たメイユンがつまらなそうな顔でレンに近寄ってくる。
「なんだよ」
「ズルい」
「はぁ?」
「ドウガイ様に教えてもらっておきながら私の師匠にまで教わろうとは贅沢者め!」
「だったらメイユンもじっちゃんに頼めばいいじゃん」
「そんなの畏れ多いでしょ!」
結局大人が側に居なければすぐに争い始める二人に、当の大人二人は遠目から頭を抱えていた。
「どうにかならないものですかね」
「まぁ競い合う相手が居るというのは良いことじゃよ」
「それは……そうですが」
旅は賑やかに続き、春風に背中を押され四人は小さな村に辿り着いた。




