第五話 師弟の覚悟
「じっちゃん!」
港から止まることなく走り続け、家に戻ってくるや否や強く玄関の扉を開けたレン。
「あれ? どっか行ったのか?」
家のどこを探しても見当たらないドウガイの姿に疑問を感じたが、すぐに居場所を知ることができた。
家の裏から聞こえる薪が割れる音。
レンは裏手に回り、改めてドウガイに呼びかけた。
「じっちゃん! 俺さ──」
「レンよ、久しぶりに手合わせするか」
ドウガイはレンの顔を見るや否や、言葉を聞く前に構えをとる。
レンも多くを喋ることはなく、構えを取った。
「行くぞ」
ドウガイから暴風の様な練気が立ち上がる。
初めて見る師の本気、妖害に襲われた時とは違った緊張感がその場を支配する。額から冷や汗が流れるも、レンの顔には何処か期待の様なものが見て取れた。
「生肖武技は攻撃だけにあらず、今一度その真髄を見せてやろう」
レンが瞬きしたわずか一瞬だった。
目の前からドウガイの姿が消える。
慌てて周囲を見渡すレンだったが、時すでに遅し、顔に落ちる影に気付いた時にはもう、ドウガイの足が眼前に迫っていた。
「経験が足りんわ小僧」
回避も防御もどちらも許さないドウガイの早業は見事にレンの顔面に当たり、後方十数歩も蹴り飛ばす。
足で地面を削り何とか耐えようと試みるが、老練の技はそれを許さず、追撃の一手を空いた胴体へ叩き込む。
「カハッ!」
背中から倒れるレンだったが、負けられない執念が意識を繋ぎ、受け身を取らせた。
「このジジイ……珍しいじゃねぇかガチなんてよ」
「お前が言いたいことはわかっておる、だからこそ言葉よりも技でワシを納得させろ」
「見せてやるよ、虎牙連咬!」
「甘い!」
妖害を圧倒した連撃も、ドウガイには簡単に捌かれてしまう。
老体から想像もできない軽快な動きは野生の猿の様に捉えどころがなく、その隙にも一発、二発と拳がレンに当たっていた。
「お前に教えたのは生肖武技の中でも攻撃に特化した武技だけじゃったな、虎牙と猪突……まぁ繊細な気の操作が苦手なお前の限界が、あの惨状なんじゃよ」
「だったら、もっと教えてくれよ!」
距離を取ったドウガイに対して、下半身に練気を溜め、突進する。
しかしそれも軽々と飛び越えられ、まるで蛇のように背後から腕や足を絡めて来た。
「クソッ」
「何故天厳吏になりたい」
「言葉で……納得するのかよ!」
爆発的な気がレンから放たれる。
突風が巻き起こり、砂埃が舞う。
その衝撃に、圧力に、ドウガイの絡む四肢は思わず緩んだ。
その隙を見逃さず、レンはその場から身を翻し逃れ、体勢を立て直すや否やドウガイに向かい、再度連撃を繰り出す。
「極意の片鱗を掴んだか」
「なんの事だ!」
まるで哀れなモノを見るような目を向けるドウガイに対し、レンは真っ直ぐにただ目の前の獲物を狙う狩人の視線を向けていた。
「それほどの経験をしても、上を向くつもりなのじゃな……ならば応えよう、龍気!」
ドウガイの気も同様に増幅する。
しかし、爆発的なレンとは対象的に、静かに渦巻いていた。
砂埃が渦を作り、小さな竜巻を形成する。
それほどの気迫を放つ二人の気は、それぞれ虎と龍の模様を浮かべているかのような錯覚を、その場に居合わせた別の二人に見せていた。
「凄まじい練気を感じて急いで来たが……まさかドウガイ様が龍気を解放するとはな、それほど真剣に向き合うつもりって事か」
「それよりもレンの気の方が驚きですよ、あれはまさに極意……それ程の実力者ってことっすか?」
「いや、片鱗に触れているが、まだ極意のそれじゃない……だがこれほどの才能とはな、嬉しい誤算だ」
悔しさをあらわにするメイユンと吊り上がる口角を必死に抑えようとするジンユ、そんな二人を気にする事もなくレンとドウガイは攻防を繰り広げていた。
「その道に進めば更に多くの死を目の当たりにするんじゃぞ! それでも行くのか!」
「あぁ! 俺が行かなくても何処かで妖害は人を襲うんだ、なら俺は少しでも多くの魂が正しく浄化され、天に向かう手助けをしたい!」
「青臭い言葉を吐きおって……お前自身の魂が崩れるかもしれないんじゃぞ!」
「そんなの知るかよ! 俺は救えるものを救いたい! 人は死んで終わりじゃないんだ! 死んだ後も救えるんだ!」
レンの叫びはドウガイの心の奥にある何かを揺らした。
目を背けていた何かに無理矢理向き合わされたドウガイは、思わず手を止めてしまい、立ち尽くす。
「だから俺に教えてくれ! 天厳吏になる方法を! 虎牙絶咬!」
上下に腕を広げ、ドウガイに飛びかかる。
大きな虎の口を模したその姿は、まさに破壊の咬撃。
無我夢中になっていたレンにはその破壊力を考慮する余裕はなく、まさにドウガイの頭部に両の手が噛みつこうとしたその時だった。
「そこまでだ!」
ジンユが二人の間に割って入り、まるで流水の様にレンの攻撃をいなしドウガイの後方へ逸らす。
勢いそのままに、レンの絶咬は岩へと放たれ、大きな轟音と共に砕けた。
「邪魔すんなよ!」
「殺す気か馬鹿野郎! お前の技は人を救う技だということを忘れるな!」
その時、自身の技によって砕けた岩を見るレン。
もしこの攻撃がドウガイに直撃していたら、そう考え出した瞬間、手の震えが止まらなくなっていた。
「もう手合わせは終わりだ、ドウガイ様もいいですね?」
「フンッ……ワシがあんな攻撃避けれないわけないじゃろ、それよりも昼飯にするぞレン」
──────
黙々と昼食の準備が進んでいく。
先程まで死闘の様な手合わせをしていたはずの二人は、その気まずさを残したまま食卓を囲んだ。
「あのー俺たちも居ていいんですかドウガイ様?」
気まずいを書いたような顔でジンユとメイユンがドウガイの様子をうかがってくる。
その二人にドウガイが言葉を返す前に、レンが食器を目の前に置く。
「ここまで来て昼メシだから帰れとは言えんじゃろ、いいから食え」
「ありがたくいただきます」
「いただきます」
四人がそれぞれ箸を動かし静かな昼食が始まった。
その沈黙を最初に破ったのは年長者のドウガイだった。
「レンよ、本気で天厳吏になりたいのか?」
「なりたい」
「天厳吏は人から称賛されることは決してない裏の組織じゃ、時には恨まれ口も叩かれるし、それ以上に人の死と言うものが四六時中付きまとう」
ドウガイの言葉にジンユは黙って目をつむり、口のなかに入れたものを咀嚼し、メイユンはまるで自分が言われているかのように下を向いて聞き入れていた。
「でもさ、もう知っちまったんだよ妖害の事を……それに、天厳吏にならないって言ったら俺はフウが何故死んだのか本当の理由をわからないまま生きていくんだろ?」
視線を向けられたジンユは、黙って食べ物を飲み込む。
「一般人を選ぶなら記憶は消すし、お前が望むならフウやその家族に関する記憶も消す」
「全部忘れれば、悲しい事も何もかもわからないまま生きれるんだろうけどさ……そんなの今の俺が許さねぇよ」
その言葉に、ドウガイは観念したかの様に大きく息を吐いた。
「さっきあの惨状はお前が未熟だったからと言ったが、そうじゃない……わしがお前に全てを教えるか迷っていたから起こったんじゃ……すまないな」
「いや、それは本当にそう」
「なんじゃと! 人が素直に頭下げてるというのに追い打ちかけるのか薄情者!」
レンの冷たい一言にドウガイは目を丸くし声を荒げる。
「薄情者はそっちだろジジイ! 昨日なんか、カッコつけてさ、冥門はこっちだ、とか言いやがって、もっと早く見つけろよ元最高幹部なんだろ!」
「こちとら毎日探してたんじゃい! まさか見つけた日にあんな事が起こるとは思わんじゃろ!」
話題は重苦しいが、何故か二人の言い合いはただの親子の言い合いの様に見えた。
暗い過去を完全に断ち切ったわけではない、だが昨日ほどの絶望は残っていない。
そう感じさせるレンの様子にドウガイは安心したように微笑む。
「これからはもう迷わん、お前が上を向きたいならワシも同じ方向を向こう……ワシのできる限りをお前に教えてやろう」
「本当か? なら──」
「──では天厳府に来てくださるのですね!」
ジンユがレンに割って入ってくるのも、もはや珍しい光景ではなかったが、今回ばかりは珍しく興奮した様子で体を前に乗り出させている。
「師匠ダメですよ! 今は割って入っちゃだめな時ですって!」
メイユンがジンユの体を引っ張り強引に座らせ、ドウガイに頭を下げた。
ジンユも思わず出てしまった自身の失態に恥ずかしがりながら咳払いをし食事に戻る。
「天子様が何を考えておるのかは知らんが、ワシはレンの保護者……師匠として天厳府への供をしよう……それに、ワシが行かんと言ったらジンユ、お前はレンとワシを殺すじゃろ」
「ははは……できる限りの全力を出しますよ、でも今はそれで十分です」
「ありがとうじっちゃん」
「やりましたね師匠!」
レンの決意がドウガイを動かし、遂に四人は重香の街を離れる事になる。
目指すは天子が住む帝都。
そしてレンも天厳吏としての道を今歩き始めた。




