第三話 夜の終わり
三人は無言のまま山を降りた。
重香の港に大きくそびえる塔、その頂上には巨大な焚き火があり、夜の海を渡る船の目印になっている。
その灯台をを目指し歩いていると、重香の街に入った。
ドウガイとレンはジンユを家に招き、丸い机の前に座らせる。
「で、青龍天厳吏のお前さんが何故ここに?」
レンに茶を入れさせている間にドウガイはジンユの正面に座り、鋭い視線でけん制する。
それに対し、ジンユは冷や汗を一筋額から流れ、大きなため息を吐き出すと観念したかの様に口を開く。
「単刀直入に言います……天子様があなたを探し出して連れて来いと」
「なぜ今更じゃ」
「理由は重要ではありませんよー強いて言うなら天子様が下した命たから、それに反するならドウガイ様とて死罪は免れません、それにあなたに関係する人も同様です」
いつも通りの気だるげな態度だが、ドウガイからのけん制に対抗してか、その目は今にでも飛び掛かりそうなほどの殺気をドウガイに向けている。
そんな殺気を感じつつもドウガイは意に介さない様子で座っていた。
「お茶だよ」
丁度裏から茶を入れ持ってきたレンを見つめるドウガイ。目を閉じ熟考を始める。
「何話してたからは知らねぇけどよ、まず俺に説明することあるよな」
茶器を机に叩き付けるように置き、レンは座る二人を睨んでいた。
全てが理解できない出来事が起これば、思考は考える事を諦め、答えを求め始める。
レンは今夜起こったこの一連の出来事に対してまだ説明を受けていなかった。
「妖害に関してはさっき言ったなー」
黙っているドウガイを見たジンユは自分が説明役だと理解し、呆れた顔でレンに振り返る。
「あぁ」
「冥界に住む亡者の怨念、それが形になったのが妖害だ、さっき倒した画皮も妖害の一種で低級のものだな」
画皮の名前を聞き、レンは失った三人の姿を思い浮かべる。
怒りや悲しみは未だ消えず、強く握られた拳と眉間に寄せられたシワがそれを物語っていた。
「あんな化け物よりヤバいのが居るのかよ」
「普通ならまず現れない、さっき見た亀裂……冥門があっただろ? 妖害は生者の血肉や魂を求め、長い時間冥界側から境界を壊し、冥門を開ける、最初は画皮程度の羽虫しか通れない亀裂だが、時間が経てば人くらいの大きさに、やがては山一つ飲み込むほどになるって言われてるなー」
「壊される前にどうにかできないのかよ!」
興奮し立ち上がるレンをなだめるようにジンユは彼を椅子に座らせ、話を続けた。
「俺も冥界に関して詳しくはないが、どうやら冥界の獄卒は亡者だけを管理するらしくてな、冥界で害を及ぼさない妖害に関しては無視してるらしい」
「そんな無責任なことがあっていいのかよ」
「実際こればかりはな、冥界に行って交渉するか、天界に行って天帝に頼むしかないな……まず不可能だけど……こればっかりはしょうがないんだよ、それが人間の限界だからな」
「だからなんだよ……しょうがないで人の死を片付けるなよ!」
人界から打つ手がない、人間の力には限界がある。
そんな言葉に自分の無力さを自覚させられ、握った拳をぶつける先が分からないレンは、遂に顔を地に向けてしまった。
「言っておくがこの事は一般人には秘密なんだよ、知られたら記憶を消さなくちゃいけなくなる。今日の件もあの一家は獣に襲われた事になるし、本来ならお前の記憶も消してるんだ」
家に帰る途中でジンユは三人の皮を集め一つの袋に詰めていた。
それは弔いの儀式のためであると同時にその者が亡くなったと正式に証明するためである。
「ならなんで俺に」
「ドウガイ様の弟子だからだよ」
「じっちゃんの? 俺は弟子とかそんなんじゃねぇよ……確かに昔から鍛えられたけど、それはこんな化け物と戦う為じゃない、じっちゃんも護衛の手段だって言ってたし」
「お前がそう思っていても、実際にお前が使っていた技、生肖武技はただの武術だが、それを扱うための練気は俺たち天厳吏の技術だ」
「天厳吏?」
「妖害に対抗するために天子様が作った組織だよ、表向きは天子様の私兵として雇われている事になっている、まぁ表に出ることはあまり無いけどな、そしてドウガイ様は元々天厳吏の最高幹部の一人で、十三年前に姿を消したんだ」
「じっちゃんが、天子様の私兵だった? 本当なのかよじっちゃん!」
レンがドウガイの方へ向くと、ドウガイはまだ目を閉じ腕を組んでいた。
「じっちゃん?」
「ドウガイ様?」
「スーー……スーー」
「……」
「……」
二人はじっとドウガイを見つめる。
やがてドウガイの鼻から鼻ちょうちんが膨らむ。
「寝てんのかよ!」
「さっきまで結構大事な話してたんだけどなー、さすがはドウガイ様と言うべきか、大胆不敵だな」
「そんなんじゃねぇ、昔はすごかったかもしれねぇけど今はただのジジイなの、体力無いんだよ、すぐ眠くなるんだよ」
会話は一時中断され、レンはドウガイを抱え布団へ運ぶ。
ジンユもそれを手伝い、宿に戻る為に帰り支度をしていた。
「また朝になったら来るわー」
「あぁわかった」
ジンユはそう言い残し、家を後にしていった。その後ろ姿を見送った後、レンは布団の中にもぐる。
激動の時間を過ごした後でも、静かな夜はやってくる。
静寂の中でレンは一人、布団の中で涙を流した。




