第1話 異世界転生
第1話 異世界転生
天城太一が福祉の世界に身を置いてから、早いもので数年が過ぎた。
日々、高齢者や身体に障害を持つ方々をお世話する毎日。充実し、やりがいのある日々であった。時に厳しい先輩に揉まれることもあったが、何より仲間に恵まれていた。
二十五歳になった太一は、一つの大きな節目を迎えていた。「ケアマネージャー」の試験日である。福祉や医療の国家資格保有者が、さらなるステップアップとして挑むことのできる難関資格。
彼は県内の大学に設けられた試験会場へと、力強い足取りで向かっていた。
「大丈夫だ。対策はバッチリ。一発で合格してやる!」
気合を入れ、横断歩道の信号が青に変わるのを待って踏み出した、その瞬間であった。
――ダンッ!!
凄まじい衝撃が太一を襲う。スマートフォンの画面を注視し、脇見運転をしていたドライバーの車が、彼を跳ね飛ばしたのだ。
「あ、あれ……? 俺……こんな簡単に、し、死ぬのか……?」
地面に強かに叩きつけられた太一の意識は、急速に遠のいていく。
「おい! 救急車だ! 誰か、119番を!」
集まってきた野次馬たちの喧騒が、潮が引くように遠ざかっていった。
ふと、太一は目を覚ました。
背中に感じるのは冷たい感触。そこは大理石調の石畳が広がる、見知らぬ空間だった。
目の前には立派な階段があり、その先には、わざとらしいほどに輝く光を背負った一人の美少女が、威厳たっぷりな椅子に座っていた。
薄着のレース衣装を纏った彼女は、見た目に反してアニメのような可愛らしい声で告げた。
「そなたは死んだ。残念だったな」
あまりに現実離れした光景に、太一は拍子抜けしてしまう。
「は、はい? ……ああ、俺、やっぱり死んじゃいましたか」
「なんじゃ、軽い奴よ。良いのか、それで?」
「ええ……仕方ないですよ。仕事柄、毎日人の生き死には見てきましたから」
その達観した答えに、美少女は少し感心したように目を細めた。
「ふむ……そなた、いい奴じゃなあ。……さて、俺はどうなるのか、とでも言いたげな顔をしておるな。それはお主次第よ。生き返らせるのは無理じゃが……」
「地獄とかは嫌ですよ。一応、真面目に生きてきたつもりですから」
太一がそう食い下がると、彼女はニヤリと意地悪そうに笑った。
「ほお、真面目に、な? ……女子を泣かしたことは……ないと言い切れるか?」
「……うっ」
「あたしを舐めないでちょうだい。確かに最近は良い人間じゃ。けれど……若い頃は少々オイタをしていたわね、天城太一くん? 大勢の女子から苦情が来ておるぞ」
過去の若気の至りを指摘され、太一は言葉に詰まった。
「く……ええ、今は真面目ですが……高校から大学時代は、ちょっと……」
「そうであろう。であれば、素直に天国へやるわけにもいかん。そこでじゃ、異世界へ行ってその経験を活かせ。ある異世界では、傷病兵や傷ついた冒険者が溢れておる。そやつらを看病致せ!」
あまりに無茶な提案に、太一は慌てて反論した。
「そんな危険な場所に、俺一人で行けって言うんですか!?」
「そうじゃ、それが試練じゃ!」
「あなた様は何もしないんですか? ほら、俺は平々凡々な日本人ですよ? そんな場所に放り出されたら、すぐ死ぬに決まってます!」
太一が食い下がると、彼女は渋々といった様子で空中から数枚のカードを取り出した。
「ううむ……では、このカードの中から一枚選べ。異世界で役に立つスキルを授けてやろう」
ヒール、炎、雷、氷……そして物騒な暗黒魔法。提示されたラインナップを見て、太一は一つの策を思いつく。
「攻撃魔法が必要な場所なら、なおさらあなた様についてきてもらわなければ困ります!」
「い、いやよ! あんな物騒な場所!」
押し問答をしていると、背後から彼女とよく似た背格好の、もう一人の美少女が現れた。
「アマリア、行ってあげなさいな。ここはわたくしが引き受けておきましょう」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「アマリアさんというのですね。よろしくお願いします!」
「うわ! ちょい待って! ああぁぁ!」
アマリアと呼ばれた少女が悲鳴を上げた。太一もまた、強制的な転送の光に包まれながら、必死に手を伸ばした。
「カードをまだ選んで……よし、取った!!」
掴み取ったカードの絵柄を見た瞬間、太一の顔が引きつる。
「げ! このカードは……!」
叫び声も虚しく、アマリアと太一は異空間へと放り出され、そのまま異世界へと送られた。
「いててて……。アマリア……様? アマリアでいいか? どうしてくれるんだよ、俺はまだオッケー出してなかったのに!」
見知らぬ土地の地面に放り出された太一が毒づくと、隣で同じように倒れていたアマリアが憤慨して立ち上がった。
「仕方ないじゃろがい! あやつも無茶苦茶しよる……。どうやってあたしは帰れば……。それより太一! いったい何のカードを選んだんじゃ?」
太一はおそるおそる、手の中のカードを見せた。
「ひ……ヒール……」
「……か、回復!? あ、アホー! あたしの固有スキルも回復なんじゃぞ! こんなところでモンスターに遭ってみろ、秒で全滅じゃろがい!!」
草原に、新米ケアマネ候補生と不運な女神の叫びが響き渡った。




