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約束の飛行船  作者: 清松
第6章
19/25

ナイトフライト

結局、風がおさまったのは昼過ぎだった。

飛行船は13時頃に離陸した。こんな日もある。

北海道は、飛行船滞在期間中は強風でフライト中止になる日が結構多い。少し調べてみた所、これには、この辺りの地形的な理由があるらしい。

だからという事でもないのかもしれないが、確実に無理と言う場合を除いては、いつもなるべく粘って飛行の可否を判断してくれる。


天候がこのまま落ち着いていれば、今日はナイトフライトを行う、という事を橋立さんから聞いた。

ナイトフライト=夜間飛行。

飛行船は、日中だけではなく夜に飛ばす事もある。俺が知る限りでは、札幌でのナイトフライトはかなり稀だ。この3年で俺が見た事のあるナイトフライトは、たったの1回。1年前の事だ。ネットで得る情報では、東京などでそれなりに実施されているイメージがあるが、札幌では間違いなくレアだと思う。

はるさんにも教えてあげよう、と思った。絶対に見たいはずだ。


『今日、ナイトフライトをするそうです』

SNS経由でそうメッセージを送ると、意外にもすぐに返信が来た。

『夜に飛ぶと言うことですか?』

『そうです。夜間飛行をするということです。北海道ではレアなので見れたらラッキーですよ』

『すごいですね! 仕事が終わったら見にいってみようと思います!』

はるさんも見る事が出来そうな様子なので、よかった。




ナイトフライトは主に街の中心部の上空を飛ぶので、車だとやはりゆっくりと見る事は出来ない。かと言ってどこかに車を停めて鑑賞しようにも、その後も飛行船を追いかける事を考えると、効率的には良いとは言えない。

なので俺は、最初からあえて離れた場所へと移動した。町の西側に位置する小さな山に、無料で利用できる展望台がある。西部公園よりもさらに西側にあるのだが、高い場所にあるので、景色は抜群だ。


段々と薄暗くなってきた19時過ぎの展望台で、俺は市街地上空を飛ぶ小さな飛行船を眺めた。徐々に暗くなっていく紺色の空に、優しい光を放ちながら浮かぶ白の楕円。綺麗だな、と思う。こんなに遠くから見ているけれど、それでもその小さな光は、一面の夜空に圧倒的な存在感を放っている。

俺の周りはカップルだらけだ。家族連れや観光客らしき人もいるが、カップルが断トツで多い。1人で来ている人が、自分以外には見事にいない。周りからどう思われているかわからないが、俺自身はとても幸せな気分だ。大好きな飛行船の、レアなフライトを見る事が出来ているのだから。





挿絵(By みてみん)




周囲の人々は、街の上に浮かぶ飛行船についてあまり気にしていない様子だった。あれ何? と指差している人もたまにいるが、明らかに視界に入っているはずなのに、ほとんどの人が何も言わない。

飛行船ではなくて、夜景を見に来ているのだという事はもちろんわかるのだけれども。特に何もコメントはないんだなぁ、という事をどうしても考えてしまう。夜空に光る物体が浮かんでいたら、それこそ「UFO?」でも何でも良いのだが、何かしら思わないものなのだろうか、と……。これもあくまで、俺の勝手なファン目線からの発言なのだが。


夜の着陸も見たいので、あまりここでゆっくりもしていられない。クルーから聞いてきた話では、着陸は20時頃を予定しているそうだ。ここからなら、岩水海岸公園まで20分くらいで着ける。俺はカップル達の間を縫って、展望台から下りた。






途中コンビニでコーヒーと袋菓子を買い込んで、20時少し前に係留地に到着した。辺りはすっかり暗くなっている。

駐車場に、はるさんの車が停まっていた。おそらく来ているだろうと言う事は予想出来ていた。彼女は俺と同じ考えを持った人だから。


敷地内には、クルー達が集まっている。彼らは夜の工事現場で係員が着ているような、赤く光るランプがいくつも付いた安全ベストを着用している。これはナイトフライトの日に欠かせないものだ。視界ゼロの係留地で、パイロットはこの赤点滅を頼りに着陸する。

そこら中でピカピカと絶え間なく光る赤ランプの賑やかさと、この時間にこれだけの人数のクルーがいるという状況に、テンションが上がる。いつもと違う特別な夜。



入り口から少し離れた所に、小さな人影が立っているのがぼんやりと見えた。トラック内部から漏れる明かりがなければ、きっとわからなかっただろう。

「はるさん」

びっくりさせないよう、なるべく優しく声をかけた。向こうからも俺の姿は見えづらいはずだから。あっ、SHUNさん! と嬉しそうな声が聞こえて来た。

「こんばんは。やっぱり来てたんですね」

「はい。夜の着陸も見てみたいなぁと思って」

「きっとそうだろうなと思ってました」

「……って言われるだろうなぁと私も思ってました」

俺もはるさんもハハハと笑った。こちらの予想すらも見透かされていたようだ。

ちょうどその頃、遠くの空に飛行船が見えて来た。

「SHUNさんは夜の着陸、見た事あるんですか?」

「僕は今日で2回目です。すごいですよ、昼間とは全然違う」

はるさんが期待に胸を膨らませている事は、ひしひしと伝わってきた。わざわざ大げさに言っているつもりもなく、俺もストレートな思いを口にしているだけなのだが、それを聞いてワクワクしてもらえる事がとても嬉しい。



遠く離れた位置で、赤ランプがたくさん点滅している。クルーが整列を始めたようだ。少し手前の空中にも赤ランプ。あれはマストマンだ。

この真っ暗な係留地での着陸は、マジックみたいだと俺は思う。レアなショーが今から見られると思うと、俺もワクワクが止まらない。スマホを掲げて動画の撮影を始める。





挿絵(By みてみん)




係留地に接近してきた飛行船は、すぐそこの空の上で突然フッと消えた。夜は着陸前に内照灯をオフにする。急に消えた飛行船に、はるさんが隣で驚いている事が気配で分かった。俺が動画を撮影している事を知っているので、声は出さなかったが。

側面から見て上下左右4か所には、小さな明かりがついたままだ。横倒しの巨大な菱形のような4つのライトが、ゆっくりと下りてくる。地上に並ぶ赤ランプの点滅の中へ、何の迷いもなく吸い込まれるように進んで行く。辺りは一面真っ暗。文字通り視界ゼロの中で、それらの光達は1つの場所に集まった。内照灯が点き、暗闇にゆっくりと浮かび上がっていく『Smile Sky』の文字。その下で何をしているのかは全く見えないが、無事に飛行船はクルー達に受け止められたようだ。

闇の中で、赤点滅に囲まれて地上を移動する白楕円。マストに繋がれ、エンジンストップ。俺も録画ボタンを止める。撮影時間を見ると、空の上で消灯してからここまで、約5分ほどだった。


やっぱり素晴らしい技術だ。この暗闇の中、安全にあの巨体を下ろすのは、パイロットもクルーも全員がプロでなければ出来ない仕事だ。

着陸時の、クルーの視点を想像してみる。真っ暗な中であの巨大な乗り物が目の前に迫ってくるというのは、一体どれだけの恐怖だろうか。実際には彼らは恐怖など感じないのかもしれないが、俺だったら絶対に怖いと思う。いくら大好きな飛行船だとしても。



はるさんは俺の隣で、左胸をグッと押さえつけているように見えた。もう既に係留されている飛行船を、黙ってじっと見つめている。

「……はるさん、感動してる?」

少し笑いながら声をかけてみると、彼女はハッとしてこちらを見たようだった。

「とっても感動しちゃいました。パイロットさんやクルーさん、すごいですね。あんな真っ暗な中で、あんな的確に動いて」

「うん、本当にすごい技術ですよね。プロにしか出来ない仕事ですよ」

クルーは着陸後の作業をしており、時折小さなペンライトが所々で光るのが見えた。

橋立さんもいるとの事なので声をかけたかったが、暗い中で彼を探し出すのも大変だし迷惑がかかるだろう。そこまでする事もない。今日の所は見送る事にした。





作業を終えたクルー達が去り、係留地は静けさに包まれた。

俺もはるさんも、まだ帰る気がない。やっぱり彼女は俺と同じだなぁと思う。ここから、何をするわけでもなく、ひたすら飛行船を眺めるだけの鑑賞会が始まる事は、俺達にとって自然な流れだった。昨日も一緒に飛行船を眺めていた辺りの芝生に、今日も並んで座る。


急に空腹を感じた俺は、先ほどコンビニで買い込んでおいたお菓子の入った袋を車から取って来た。真っ暗な中でガサガサと手探りで適当にひとつ取り出し、バリッと袋を開けた。ふわっと漂う香りに、俺の大好きなどうぶつクッキーだという事がわかる。

「クッキーですけど、よかったらどうぞ」

はるさんに袋を差し出すと、ありがとうございますと言ってひとつ手に取った。

彼女はスマホのライトを当てて、今取ったクッキーを見ている。何をしているんだろうと思いながら、俺は一気に数枚のクッキーをバリバリと頬張る。急にはるさんが吹き出した。

「SHUNさん、こんなかわいい豚さんのクッキー食べてるんですか?」

「へへへっ、豚だけじゃないですよ。犬とか猫とかうさぎとか、色々いますよ」

答えながら、さらに袋から取り出してバリバリ食べる。はるさんはおかしそうに笑っている。

「飛行船を追いかけてる時って、不思議とお腹が空かないんですよね。だから僕は後から食べられるように、いつもコンビニでお菓子を買い込んでおくんです」

そう言うと、はるさんは大きく頷いてくれた。

「やっぱり、SHUNさんもそうなんだ。私も、何かを犠牲にしても、早く飛行船を見たいなぁってつい思っちゃいます」

「ですよね。それに僕、飛行船見ながらおやつ食べるのが大好きで。なんか特別な感じがして」

そういえば今年は飛行船が札幌に来てから、そういう機会って何気に全然なかったなぁと思い返す。去年はよくやっていたのだが。

「SHUNさんって、かわいい人なんですね」

はるさんは何気なく言ったのだと思うけれど、俺はその一言にちょっとだけドキッとしてしまった。

「僕、甘いものとか、かわいいものは結構好きなんですよ。このどうぶつクッキーもお気に入りです。ヘンかな」

「ふふっ、そんなことないです、全然」

心がくすぐったい感覚。恥ずかしいんだか、嬉しいんだか、何だかよくわからない。





挿絵(By みてみん)





「そうだ、はるさん。こうすると星がキレイに見えますよ」

はるさんと一緒にひとしきりおやつタイムを堪能した後、俺はふと思い出した事を実行した。その場で、ゴロンと芝生の上に寝転がる。

「係留地って、周りに高い建物があったらいけないんです。電柱とか街灯も少ないから、夜はとても暗いんですよ」

ひんやりする草の感触。今日も星がよく見える。こんなふうに、都会の隣町でも満天の星空が見える事を知れたのは、飛行船のお陰だ。

俺の隣で、はるさんもゆっくりと横になる気配を感じた。

「え……何これ」

想像以上だったのか、夜空に広がる無数の星を見て、彼女は息を飲んでいた。

「夜の係留地で、僕はこれも何気にお気に入りの時間なんです」

と言いながら、こんな事をしたのも今年は何気に今が初だったな、と思った。こういったオプションを忘れるくらい、今年は飛行船鑑賞そのものに集中し過ぎていたと言う事かもしれない。

「……すごいですね……」

明らかに圧倒されている様子のはるさん。その後、言葉が続かない。そんなに感動してもらえたのかな。とてもささいな事だけれど、俺の一言が、彼女の心を動かしたという事実にちょっと嬉しくなる。





挿絵(By みてみん)




はるさんの反応のひとつひとつに、俺はいちいち嬉しくさせられている。俺が嬉しくしてあげようとやっている事で、逆に俺の方がそうさせてもらっているんだ。


飛行船は、次の日曜日にここを去る。

はるさんとの時間も、その日で終わってしまうのかな……と思うと、ちょっと寂しい気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シュンさんが、思いのほかハルさんを気に入っていたので、読んでいるこちらもついにやにや。 展望台から見るナイトフライト、キレイ!幻想的ですね。ほんと、みんな話題に出してほしい。ときどきファン…
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