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約束の飛行船  作者: 清松
第5章
17/25

岩水海岸公園へ

作業をしていた橋立さんが、驚いた顔で俺達の方へと近付いて来た。札幌に帰ったはずのはるさんが来ている事に気付いたのだろう。

「おはようございます。びっくりしました、今日も見に来て下さったんですか」

「お邪魔してました。実は昨日、道の駅で車中泊したんです。どうしても今日の離陸を見たくて」

「そうですか! いやぁ、ありがたいです。そこまでして来て下さったなんて……」

橋立さんは心から嬉しそうに微笑んだ。俺は本当にこの人の笑顔が好きだな、と改めて思う。

ちょっと待ってて下さい、と言って橋立さんはトラックの方へと走って行き、何かを持ってすぐに戻ってきた。

「昨日お渡しするのをすっかり忘れてました。在庫切れだったんですがようやく届いたので」

それはスカイ君のぬいぐるみだった。俺のベルトにくっついているやつだ。

「わぁ、かわいい! どうもありがとうございます」

はるさんは小さな手でそれを受け取り、嬉しそうにスカイ君を眺める。





挿絵(By みてみん)




「僕も2つ持ってますよ、それ。飛行船を見に来た人しかもらえないレアものですよ」

俺は腰に巻いたウインドブレーカーを捲る。ぶら下がる2つのスカイ君を見て、はるさんはおかしそうに吹き出した。

「SHUNさん、かわいい。そんな所に隠してたなんて」

「へへっ、隠してたわけじゃないんですけどね。隠れちゃうんですよ」

スカイ君のひとつに付けたキーホルダーがかちゃかちゃと小さな音を立てたが、はるさんはそれが付いている事にすら気付かなかったようだ。

はるさんも俺の真似をして、自分のズボンのウエスト部分にスカイ君のフックを引っ掛けた。腰から白熊のぬいぐるみをぶら下げている彼女は、やはり大変失礼なのだが、さらに幼く見えた。よく似合うな、と思う。少なくとも俺がスカイ君をぶら下げているよりは、ずっと似合う。



その後、俺達はクルーの出発を見送った。トラックとワゴンに分乗したクルー達は、全員が笑顔で手を振ってくれた。橋立さんはワゴンの運転手をしており、俺達の前を通り過ぎる時に窓を開けて、ありがとうございました! と声を掛けてくれた。




何もなくなった緑地。他の2人の男性客も、出口に向かって歩き出す。

「SHUNさんは、これからどうするんですか」

ぶら下がるスカイ君を優しく手で握りながら、はるさんが聞いてくる。

「僕は一度帯広の親戚宅に寄ってから、札幌に戻ります。っていうか、岩水海岸公園に向かいます」

「やっぱり、ですよね。私もそうしようかと思ってた所でした」

俺とはるさんは顔を見合わせて笑った。やっぱり彼女も、俺と同じ事を考えていたようだ。

「はるさん、すごいですね。アクティブだな」

「SHUNさんだって」

「僕は去年もそうしたんですよ。黒汐で見送った飛行船を、岩水でお迎えしましたよ」

「すごく楽しそう。聞いただけでワクワクします。私もそれをやってみたいです」

嬉しそうな表情を見ていると、こちらまで顔が綻ぶ。今はるさんは、まだ知らない飛行船のあれこれを、どんな事でもひとつひとつ片っ端から習得しようとしている時期なんだろうな、と思う。

俺ですら、3年前に飛行船を追いかけ始めた頃は、今の彼女ほどの行動力はなかった。純粋に、心からすごい人だなぁと思うし、飛行船愛の強さ・大きさをひしひしと感じる。

俺がほんの少しでも助けになれるなら、知る限りの事は何だって教えてあげたいし、どんな事でも協力したい。






岩水でまた合流しましょうと約束し、はるさんと別れた。

俺は帯広の伊吹家にまたお土産を届けて挨拶をしてから、高速道路に乗った。

この路線にはサービスエリアがないため、昼休憩を挟むために札幌の手前で高速を降り、一般道へ戻る。これは十勝方面からの帰りの、俺の定番コースだ。

札幌に向けて国道を走っていると、かなり遠くに豆粒みたいな飛行船が飛んでいるのが見えた。

広大な畑が広がる中、途中にポツンと建つコンビニに車を停めて、飛行船の写真を撮る。奥に連なる山脈の手前をゆっくりと飛んでいるようだ。あそこがどの辺りの町なのかはよくわからない。今撮った写真を、SNSに投稿した。

はるさんは、昨日アカウントを作ってから投稿をしている様子はない。ネットや機械物が苦手と言っていたが、本当らしい。今どこにいるんだろう。無事に係留地で会えるといいが。余計なお世話だと思うが、何となく頼りなさげな彼女の事が、ちょっとだけ心配になった。



そして、岩水海岸公園に到着したのは14時前。余裕はあると思っていたが、想定よりも少しだけ遅くなってしまった。

俺が係留地に近づいた頃、飛行船もどこからか姿を現して、まるでレースをしているかのような状態になって面白かった。

移動フライトの情報を聞き付けた見学客達が集まっている。風がかなり強くなっていた。





挿絵(By みてみん)




クルーが整列し、飛行船も着陸の体勢に入るが、船体が激しく煽られている。上下左右にうねる巨体を、小さなクルー達は機敏な動きで安全にキャッチする。2本のヨーラインをそれぞれ掴みに行くクルーは増員されており、代わりにゴンドラを受け止めるクルーは1人。俺も詳しくはわからないが、きっとその時々の状況に合わせて人数を変更するのだろう。

今回の着陸は、増員した両脇のクルーでまずヨーラインをしっかりと掴んで飛行船の激しい動きを抑制し、安全な速度になってから1人のクルーがゴンドラを受け止めに行ったように見えた。これが本当なのかどうかはわからないが、俺の目にはそのように映った。

明らかに危険な着陸だったが、クルーの手際の良さに、どこからか拍手が湧いていた。



飛行船がマストに固定される頃、敷地の入り口近くに、はるさんの姿を見つけた。俺が入ってくる時にはいなかったので、その後に来たのだろう。

「はるさん、お疲れ様です」

振り返ったはるさんの顔は、目の辺りが少しだけむくんでいるように見えた。

「……はるさん、寝てました?」

俺が聞くと、はるさんは両手で顔を隠し、あたふたしながらパーカーのフードをかぶった。動きが面白い。

「車の中でちょっとお昼寝を……どうしても眠くて」

フードで顔を隠そうとしているようだが、正直言って何の意味もない。やっぱり面白い人だな、と思う。

「しょうがないですよ。車中泊して、長距離運転もしていたら疲れますよ」

俺は優しく笑いかけた。

「でも、よかったですね。黒汐で見送った飛行船を、岩水でお迎え出来ましたね」

「はい。何だかすごい事ですよね。これ、朝には黒汐町で見送ったんですもんね」

この体験をしてもらえて良かった。北海道でこんな事をしているのはきっと俺くらいだと思っていたけれど、共有出来る仲間が出来て純粋に嬉しい。実際にやってみた者にしか、この感覚は味わえない。不思議で、楽しくてワクワクする、他では絶対に出来ないちょっと特別な経験。

その時、強風でフードが脱げて、はるさんはまた慌て出した。かぶり直しては脱げて、を3回くらい繰り返して、あぁ、もう! とか言いながら、眠そうな顔のままであたふたしている。はるさんごめんなさい、めっっっちゃ面白いです。マジで面白いです。

結局、フードは諦めたようだ。





挿絵(By みてみん)




クルーの作業が落ち着く頃に橋立さんに会いに行くと、北海道滞在はあと1週間ほどだと教えてくれた。今の所、浜風町への移動フライトは次の日曜日を予定していると言う。

今年もそろそろ、終わりが近づいて来たなぁ。そう思うと少し寂しくなる。

日曜日なら、きっとはるさんも見送りに来ることが出来るだろう。

俺は夏休みに入ったので、これから最終日まで、毎日ここに来ようと決めた。



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