始まり
時々、泣きたくなるような匂いがする。
その度に所感が去来する。
最早これを記憶と呼ぶことは叶わない。
ただ、これに愛しさを覚えるのである。
それが何とも知れぬものであるのにも関わらず。
僕はこうして出来ている。
外は春のようで、青空が僕の目を焼く。
穏やかさと変化を湛えた空は眩しいものである。
僕はとりもなおさず、ここに一人佇んでいる。
僕は人である。
故に往かねば、往かねばならないのだろう。
微かな明るみを求めて。
でなければ、きっと僕は死んでしまう。
そんなことをつらつらと考えていた。
窓から射す陽と粒子が僕にそうさせるのだ。
お腹が空いた。何かを食べよう。
窓を眺めながらそう思った刹那、閃光が降り注いだ。
僕ははっとし、外を見た。星が降っていた。
青い空はかつてにない程に輝いていた。
僕はそれに惹かれた。何気なく、でも確かに。
靴を履き、戸を開けた。
風が僕の肌を撫でる。
身を震わせ、足を踏み出した。
僕には予感があった。
この所感の答え、その場所が脳裏にあった。
足を動かす。走りはしない。
輝く空を眺めながら、ただ歩き続けた。
この躰に何かを蓄え続けた。
何かは分からない。
それは活力のようで、この所感をじりじりと強めた。
やがて街を抜け、丘に辿り着いた。
そこには人がいた。
空に浮かぶあの光のような、白い髪を揺らしていた。
僕は彼女のことをきっと知っている。
「待っていたよ。君が来るのを、ずっと。」
「僕もそんな気がします。」
彼女の表情が少し動いたように見えた。
実際、僕は彼女と会ったことはないのだと思う。
しかし、心がそう告げている気がした。
「でも、君は何も知らない。そうでしょう?」
「少なくとも、僕は貴女のことを知らないはずです。」
しかしそうではないのだ、きっと。
「けれどそうでない気がするんです。」
そう言うと、彼女の顔は穏やかになった。
「そう・・・。それでいいわ。きっとそれで。」
その顔を見て、僕の心は痛かった。
「これをあげる。君には必要だと思うの。」
銀色のネックレスを手渡された。
それには指輪が通っていた。
反射する光は、やはりあの空に似ていた。
「ありがとう・・・?ございます。」
少し困惑はする。
「じゃあね。また会いましょ。」
「え・・・?待っ・・・」
彼女は消えた。空も元に戻った。
何も起こらない、循環的な一日のようだった。
しかし、ネックレスを手に、僕一人のみか揺れ動いていた。




