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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部終章:『月に筆を』
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第六十六月:おびき出して炙り出して皆で処す ①

───




 秘都クレイトへ訪問した日から、だいたい二ヵ月前。

 場所は滝都アクテル。滝都なる宮地は広大な渓谷の合間を浮遊する要塞であり、地表を占める古水で打ち上げられるいくつもの滝のアーチをくぐる移動式観光名所となっているのが売りだ。

 当時のあたしことノノギは、宮地内に案内された観光客や開拓者達を希望する施設へ引率するスタッフの一人として働いていた。

 暗都開拓業ファクトリーテルの助力と地元開拓部のみんなで手掛けた宮地に訪れてくれたユーザー様を案内し、その都度滝都の出来に感嘆の声を挙げてくれる様子が好きで、すごく誇らしかった。


 そんな日々を送っていたある日、暗都が襲撃された事が風の噂となってやって来た。

 ……その数日後には滝都傘下の流都ルルが壊滅したと。流都は古水の水脈を拡げる活動をしていた宮地だっただけに、古水源の所有主である流神の心が折れたらしい。

 滝都にある全ての古水泉は流神と共に地中へと引いてしまい、滝都のシンボルが……全ての滝のアーチが消え失せた。

 単なる噂でしかなかった異常事態は、あれよあれよと言う間に目に見える形となる。昨日はあれ。今日はこれ。では明日は……?

 どうしてこんな事にと、みんなが狼狽していて、あたし自身も滝都がどうなっていくのか気が気ではなかった。


 それはきっと彼もだろう。

 純粋にサラセニアを楽しめぬ時の中、我らが滝都統主アクルア・テルが重い腰を上げた日の事だ。



────



「──暗都支部に配属されていた滝都員は依然戻りません。通話の反応も無し」

  「流都に同行していた開拓者の目撃情報を得ました。しかし賊によるデマの可能性も有る為判断は慎重に」

 「周辺の宮地に攻勢指示の記録はありません。歯輪の次元に大質量体転送の気配も無し。転送地点の移動も確認されていません」

    「舟都から情報共有の要請が来ています。滝都情報本部に警戒下限定開示の指示を──」


 滝都戦略機関内の、とある渡り廊下に響く音声が、速い足音と共に近付いてくる。

 その気配から察して、あたし達は待機を解く。


 ……アクテルに所属するユーザーの中でも司令塔としての役割を担う一部の者しか入れない施設に、あたしは開拓系監督役お付きの荷物持ちとして入場していた。

 荷物の主の名は──ココクロ。

 あたしが滝都に所属する事を表明してから、ずっと気にかけてくれていた……奇抜な格好をしたおデブで高身長なおじ様である。


「──その台詞変換ツール、楽しいの?」


 第一声はココクロさん。

 姿が見えた待ち人に対し、一切物怖じする事もない。

 そして──、


「……やる気にさせてくれるから楽しいさ」


 応えた相手は滝都統主。彼は頭部周辺に通話パネルを幾つも展開させていた。

 流石滝都のトップに座る人物だけに、各方面から情報が飛んでくるのだろう。通話パネルそれぞれにデフォルメされたウサギのキャラクターが配置され、かすかに聞こえてくるスタッフたちの言葉を……ソレらはなんだか堅苦しい言い回しに変換して喋っていた。


「ほんとぉ? 耳元でぎゃあぎゃあ騒がれてたらココクロ やめてぃぇええええ!! ってなっちゃう! 性癖?」

「心外な。趣味だよ」


 統主は展開させていた通話パネル──及び付随していたメニューパネルを閉じると、ココクロさんに向かって拳を突き出した。

 あの動作は漫画で見た事のある漢同士の魂の挨拶だ。猫で言うところの鼻キスあたりか。

 ココクロさんは統主と一緒に滝都を立ち上げた初期メンバーの一人だと聞いている。けれど当時のメンバーはだんだんと数を減らし、今ではこの二人しか残っていないらしい。

 とくれば、この通じ合う者同士でしかしないとされる挨拶に立ち会える事はかなりの幸運。スタッフの皆に自慢できてしまえるのではないかと胸が高鳴り出した瞬間──その拳は、ココクロさんの小指でぬるんと撫でられた。


「うぉぅ……!? なんだそれは」

「あらあらあらら。確率1%を引いたわね♪ ご愁傷様♡ それとも、ラッキー?」


 お上品にぶほぶほ笑うココクロさんを前に、統主はボサボサの頭を搔くとめんどくさそうに「ガチャをさせに来たとか?」って。

 ……なんか、思ってたのと違う。……でも、おふたりは楽しそうだし、これでもいいのか。……いいのか……。


「いい加減お召替えしたくなったかなと思って来たのよ。量販店で売ってるような服装じゃ、この先カッコつかないでしょ?」

「普通が一番。ファッションショーしにサラセニアに来てるわけないし」


 統主の冷めた反応に、ココクロさんは頬を膨らませてる。

 確かに、こんなファンタジー世界を満喫する気のない統主の風貌に、ココクロさんが苦言を呈したくなるのもわかる。

 弄って良い事なのか微妙だったから、あえてスルーしていたけど……統主のみてくれは本当、白のTシャツのような無地の上着に加え、無駄にポケットの多いカーゴパンツを彷彿とさせるダボダボのズボンと言った……いわゆる、近所にいそうな貧乏大学生っぽさがある。追加イメージだけど、度が強い眼鏡をかけて何冊かの茶色い参考書を小脇に抱え、猫背気味に並木道を歩いてそう。ちなみに頭は良いけどやる気はないみたいな。でもやっぱりやる気はあるっぽいみたいな。


 ……しかしソレは置いておいて、『この先』との一言……。今のやりとりが、それだけの意味しか無いわけがない事くらい、あたしにだって察せられる。

 ここからが本題。可愛らしく咳払いをしたココクロさんは、声のトーンを下げて言う。


「──戯れはここまでにしておきましょ。アクルアちゃん……最近のサラセニア、なんだかきな臭いと思わない?」

「思ってる。犯人を締め上げに行くぞ。歩きながらで良いから、装備を整えろココクロ」

「ちょ、ちょちょ、話が早い。早過ぎぃ。もっと、話の展開というかさっ、まずは雰囲気を盛り上げてからにしましょうよ!」

「……雰囲気だ?」


 恐らく、統主はすでに目星をつけているのだろう。だからココクロさんが訴える雰囲気とやらは、非効率的だと吐き捨てた。


「暗都を潰せるだけの圧倒力。流都を捕えるほどの機動力。時間を与えれば与えるだけ被害は増す。用があるなら歩け、ココクロ」

「……んもう。はぁいはぁい、しょーがないわ。ノノギちゃんも行きましょ」


 ココクロさんとあたしは一緒に荷物を手早く抱え直すと、速足で歩く統主を追いかける。

 普段はだらけているような統主が、こんな快活に動いているとは驚き……。


 ……うん。

 一度やる気を出したら全力を尽くしかねない人──っていう印象を、統主のイメージフォルダに追々加しておこう。




───

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