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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第四十月:偽物と無垢





 眠っているはずなのに、どうしてか周りが見える。


 歯輪の次元を通る時の感覚はとても不思議で……どこか、確か何処かで似た体験をした記憶があるような……ないような。



 モヤモヤと鬱陶しい気持ちが胸を這い回る。

 僕は、この正体の分からないモノを捕らえてやろうと、恨めしく手を伸ばした。




────




「──起きた?」

「…………」



 朝日でも差しているのだろう明るさで満ちた部屋の天井を背に、ノノギがいた。


「おはよう。……『おはよう』は? ……おい、おはようって言え?」

「……いやさ、その前に僕の手に何を乗っけてんの……?」


 知らず知らずのうちに上げていた自分の手にある謎の物体。なんでっしゃろコレ。


「クレイト名物御当地フィギュア。イキリ貴族の末路ー男性verー」

「悪意を感じる造形でお腹痛い」




 ──僕達三人は樹都フォール方面からの歯輪の次元を越え、秘都クレイトへと繋がる転送先に設けられた宿舎にて羽を休ませていた。


 言うて身体の疲労を癒せても、空腹の仕様が無いのは泉の無いオアシスって所?

 採掘、開拓などの作業に集中出来るよう配慮されたシステムにしてあるのだろうけど、それもなんかなぁである。



 ──そうして朝日も登りきり、普段なら学校でホームルームの空気に溶け込んでいる頃であろう時間。ノノギを先頭に、僕と僕の頭の上を陣取るハウは歯輪の次元から離れ、彼方まで伸びる街道を進んでいた。


「で、樹都クレイトでは変な人に付いて行かない事。とても大事だよ」

「うん、分かったよママ」


 変わらずハウとノノギのおふざけが展開されているが、僕はお構いなしにそれには乗っかりませんが精神で入り込んだ。


「……そう言えばさ、フォールの穴ってなに?」


 行き交う人の中に顔見知りでもいたのか、ささーっと手を振るノノギ。彼女は、そんな質問に対して「ふむ。それねぇ……」と、首を捻って見せた。


 ココクロさんとノノギの会話の中で気になっていたフレーズについてだったが……訊いてしまってはいけなかったかな。


 ノノギは言い淀みつつも周りを見渡して、見渡して……。人の流れが空くのを待ち……そして、「秘密にしておくんだよ?」と釘を刺してから、コソッと答えてくれた。


「あたしが追ってる宮地襲撃の件に、樹都フォールの関係者が関わってる可能性がある。それを、穴って呼んでるのさ」

「……へ」


 開拓の学徒生が集まる場所で、そんな動きが……?

 何を言ってるんだこの人。……とは思ったが、僕自身で体験したフォールの騒動でも、ククさんも困惑するきな臭い何かが潜んでいるようでもあった。


 彼女もソレを知ってか、樹都の上層連中の間で、何かひた隠しにしているモノがあるのではないかと言う。

 そして、ノノギは特に臭いとする人物の名を口にした。


「──中でも、ファイユ・アーツレイは怪し過ぎる。そもそも、なぁんで舟都セリフュージの元統主たるファイユのフリをしてるのかがわからん」

「……は?」



 ……な。……なんて?



「変な噂は信じてなかったあたしだけど、一回手合わせをしてみて分かった。……アレは、偽物だって」



 ちょっと……待って。



「本物のファイユが、あたし相手に土塗れになる訳無いんだよ。なにせ、あの人はたった一人で山のように大きな怪獣を剣で一刀両断した程の実力者だったらしいじゃん。それなのに──」

「待って! ノノギ、待って。頼むから」


 僕が急に制してきたものだから、ノノギは少し察した様に口を押さえた。言ったらマズかった? と。


 こちらとしては、その話が他人に聞かれたとしても、どれ程の事態になるかなんて想像もつかない。あちらにとって、ほぼほぼ蚊帳の外である僕を窺うのは違うだろう。

 正直、僕なんかが出せるリアクションは、「え、あの人って本物のファイユじゃないんですか!?? びっくりですぅ!」くらいなもの。


 けれど、当人にとってはどうだ。

 あの時、ククさんが抱いた疑念の通りなら。

 彼女が本当に、ノノギが追ってる件に関係しているとしたら。


「……あのさ、その……ファイユって人はさ、今は樹都の森の主をしている……で、あってるんだよね?」

「……? そうだよ」

「その前が、別の宮地の統主だった……んだよね?」

「……そうだよ」


 世間一般では、そう言う話になっている。

 ファイユなる人が実力者なのは知ってる。この身をもって体験したのだから、それは納得だ。

 だがしかし──。



 本物のファイユなる人は、その比ではない?

 僕が会った彼女は、本物じゃない?



 つまり、偽物……。



 その事、ククさんは知っているのか。

 アーツレイに仕えている身である筈の彼女は。



 ────



 思い出される、ククさんの表情。


 気付かなくても良かったかもしれない話を知ってしまった時の顔。欺かれているのではないかと疑った目。自分は、間違えていないと信じようとしていた時の声色。



 僕は彼女に、間違っていないよと言った。



 だが、沿うべき話そのものが、そもそもズレていたんだとしたら。



 それは、ノノギの側からして見れば、間違っているんだと思える話になる。



 だから、樹都フォールは疑われている。

 何をするつもりなのかと、穴と呼ばれて注視されている。



 気付けば、僕は立ち止まっていた。

 本音を言えば、昨日知ったばかりの人の集まりを気に掛けるような情なんか湧いていない。でも。


 腰に備え付けてある小刀『笹流し』に触れ、少なくとも、恩を感じている事はあると──……また、ノノギを見る。


「……あの、変な噂って、どう言うものなの?」

「根も葉もない悪口めいたものから、……もしかしたら本当なんじゃないかって思える話まで、色々」


 その中でも、最も囁かれている噂を三つ、ノノギは指を立てながら教えてくれた。



 ────



 ファイユ・アーツレイの噂。



 まず一つ、『特定種族の淘汰』。



 二つ目、『樹都フォールの弱体化』。



 そして三つ目が、『舟都セリフュージ元統主ファイユの成りすまし』。



「一応言うけど、ファイユ・アーツレイが樹都に引き篭もって出て来ない以上、どれも確信なんか持てない単なる噂だからね」


 けど、三つ目のは自分で確認しちゃったから確定で。と、ノノギは周囲を窺いつつ小声で付け足した。


「確定……マジなんか」

「ハウ氏も間近で見てたでしょ? あたしとアレがポカポカやり合うところ。私見だけどマジっぽいぞぉ?」


 二人でなんの話をしてるのか分からないけど、きっとノノギの事だ。ポカポカとか言う可愛らしい表現でやり合ってなどいないだろうな。

 どうせ相手を弄んで、あはあは言っていたに違いない。



 それより、ファイユさんの噂を聞くに、あくまでそれらはファイユ・アーツレイ単体の噂に思える。細かいモノも上げて貰えばどうかは知らないが、その御付きにまで波状した話は無いのかもしれない。これに安堵した。

 ……予想ってか、僕の細やかな希望故……だけれど。


「その三つの噂が本当だと知られた時、アレを核とする樹都フォールは、最悪『悪の組織』なんて呼ばれるようになるかもね」


 だからこそキキ君達は、とても良い判断をした。そうノノギは言う。

 怪しき集団から離れ、こうして自由に外の世界を歩いて行けているのだから。下手に巻き込まれて、世界中から敵視されてたかもしれなかったのだと。



「……ガチで、真実に近い話なわけ?」

「……あたし的には、ヤバイのとは出来ればもう関わりたく無いって……言えば、わかる?」


 けど、ワンチャンまだ、思い過ごし……勘違いであった可能性も残ってるから。声を大にして決め付けるのは早いと、ノノギが口元に小指を添えて見せた。



 それなら良い。そうだと良い。

 とは申しましてもな。無垢な顔で、ゲストの案内に勤しんでくれたあの娘に、出来るだけ恩を返したい。感情のままに言い争いをして迷惑を掛けた分、力になりたい。


 それ故に、僕はこう思ってしまう。

 有事の際には、ククさんだけでも逃げられるように出来ないか、と。


「……ククさんをフォールから脱出させる案は……ないのかな」


 ポツリと口から漏れた心の声に、ノノギが「どう言う事?」と、考え込んでいた僕の顔を覗き込んだ。ハウも同様で、僕が何を言わんとしているのかを興味津々で待つ。


 ……いや、そんな注目される中で、僕よりも遥かに出来る人である女の子の助けになりたいなんて言うのは、流石に気恥ずかしいのですけど。

 きっと、こんなの言ったら二人は……お祭り騒ぎになるんだろうなぁ、と。分かりきった展開になるのを覚悟し、僕は溜め息を吐いた後に、辿々しく言葉にして行こうとした。




 ──その時。


「 ちょいと、退いてくださいましね 」



 唐突に、僕とノノギの間をこじ開ける様に現れたのは、黒い枯れ木みたいな大きい手。そして、西洋の喪服と思わしき漆黒の衣装を纏った──亜種の女性だ。


「っ?! ……あ、すいません」

「……びっ……くりしたぁ」


 流石に道のど真ん中を陣取っていたのは邪魔だったか。

 僕らを押し退けた亜種の女性は「 ありがとうね 」との一言を置く。……して、歩き去るのだと思ったのだが、何故か女性は、その場で開拓テーブルを開き始めた。


「 ……まだ、遮るモノが多くて……困りましてね…… 」


 何……?

 危ない人……?


 そう僕が思った矢先、僕らが来た方向から激しい足音と、幾人かの悲鳴……と言うか、困惑した声が上がった。

 見れば、そこには……ケンタウロスの様な姿をした大きな獣族が通行人達を端へと追いやっていた。


「──こんなモンでどうだろうか。見えおるか?」


 その獣族は女性に問うた。


「 ええぇ……とても、ハッキリと捉えまして 」


 答えると同時に、女性の前には大弓が生成された。



 更に、彼女の細くて長い指が弦を引くと、弓と同様の紫色に煌く矢が形成され──。



 「 お逃げにならないで 」



 瞬間、その矢は一直線に道の彼方へと放たれ──豪速を見せた脅威は、一人の通行人の背を捕らえてしまった。



「──ぁ」

 一連の様子を目で追っていたノノギが息を飲む。


 それもそう。矢を受け、倒れた人物は……先程、ノノギがすれ違い様に手を振って挨拶を交わしていた、配達人だったのだから……!



「誠、素晴らしい腕よな」

「 ……普通の事でありましてね。当然のコト 」



「……ぃや、なに、してん」

 同業者がヤられた。ノノギは目を大きく開き、怒気を滲ませて女性に詰め寄ろうとした。しかし──。



「──ホラ、怖いこわぁい事に首を突っ込んじゃ駄目なんだよ?」



 そんなノノギの肩に腕を回し、嫌らしく止めた人間の男性が現れた。


「……ッ、その服、秘都クレイトの」

「あ、お嬢さん知ってる人? なら黙れるよね? なんなら鼻は僕様が摘んであげようか?????」


 男は手をわきわきと動かして言う。無論、ノノギは最大限に嫌そうな顔を見せる。


「 ……若、犯人を 」

「え?? あ、持って来て」


 ノノギの為か、それとも若……と呼ぶ男の素行を見兼ねたのか、割って入った女性に手を引かれた男が四本足の獣族に命令する。

 すると、彼は突風の如く駆け出し、倒れた人物の下へと向かった。



「……なんだ、コレ」



 突然始まったイベント……ってか、いざこざだろうか。

 兎にも角にも訳わからん話が湧いて出て来た。今、僕らは僕らで深刻な話をしていたのだから、変に触れないようにするのが身の為か。

 なら早く離れよう。ノノギと先へ急ごう──……と、僕が彼女に近づこうとするや。


「はい、他の皆さんも動かなぁーい。僕様は今ピリついておりますので、事が終わるまでステーイ宜しくぅ」


 男の言葉に通行人達が動揺を窺わせる。それはノノギも同じで、手を取ろうとした僕に「駄目、待とう」と、制してきた。


「……キキ、お座りだって」

「そこまで言われてねぇよ……」


 別にステルスチートを駆使すれば、この人達の目を盗むのは簡単だけど。ノノギに関しては、彼らと距離が近いから連れて行けば、すぐにバレるか。


 ……では、待つしかない。

 何が行われるのかは知らないが、見るからに穏やかではない雰囲気で、胸糞展開を覚悟する。


 僕はこの空気を嫌い、蒼天に救いを求めて一人仰いだ。



「…………ぇ」


 と。


 と、した時に見たのは……なんだ。



 空に、さっきまでは無かった、巨大な白い物体が。



 その一つ一つの中に、島らしき影を抱いた球体が、幾つも浮かんでいる光景が……あった。




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