第四十一月:正義こそ唯一無二のジャスティス
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「──やめろ……ッ、はなせ! はなせよ!」
亜種の女性に矢を射られた男性は、四つ足の獣族に引き摺られながらも、必死に抵抗を続けていた。
(……うわぁ……)
矢が背中を穿つ様が、なんともグロテスクで痛々しい。流石に彼を庇う人も出て来るだろう……と思って、僕は周囲を見渡す。
だが、誰も動かない。皆それぞれに、戦えそうな風貌であるにも関わらずだ。それにノノギも同様ときた。普通なら同情の余地も生まれそうなものなのに……。
「放すわけないでしょー(笑)。人様のプライベートエリアに踏み込んで、何か書いてたよね? 何書いてたのか見せてみ?」
亜種と獣族を従えた男に慈悲などは感じられない。綺麗に後頭部で編んだ長そうな赤髪を爪で梳かし、「僕様の自画像を描いていたのなら、誤解だったコトにしておいて良いけどね」などと吹きつつ、彼から手帳らしき物を奪い取った。
そしてパラパラと捲り……嫌らしかった顔つきに笑みを混ぜた。
「あーあ……そう。見ちゃったんだねぇ……! メモっちゃったんだねぇ!」
ニチャニチャと気持ち悪い。パンっと閉じられた手帳は返されず、彼の廃課金チックな衣装の内胸へと収められた。続き、まるで自分は悲劇の主人公だと主張するかの如く、遠くの人にまで届きそうな声で語り掛ける。
「こんな恥ずかしい僕様の性癖を世間様に漏らされても敵わんでしょ! 無理矢理にでもキミを止める事が出来て、本当に良かったよ!」
嗚呼、恥の極みだと。鼻をすすり、片手で顔を覆う。感情の緩急が凄い事になっている男を見た周りは、どう感じ取るだろう。少なくとも僕は、どちらに非の有る話なのかを見定めようとしているが……これは……。
「せいへき……?」
……?
「あんなものが性癖!? アンタらは悪い事をしてんじゃ──!」
怒鳴り出した彼だったが、直ぐに獣族によって踏み付けられ言葉が途切れる。硬いものが折れる音と共に吐血する彼に、僕は思わず目を背けた。
反して、赤髪の男は近く。
「心外。んまぁ、自分にとって良いと信じて疑わないコトも、他人にとっては悪い事であるかもしれないなんてぇ、よくある話だわなぁ」
ねえ、皆さんもそう思う事あるよねー、と。戸惑いを見せる衆人に共感を誘っている。確かに、そうかもしれないけども……。
「でも、だからと言って、それを誰も望んでない自分勝手な正義を振りかざして戒めようなんざ、お門違いなんだよ。お分かり?」
『暇な学生の勇者ごっこでもあるまいに』。
『そぉゆうのは、本人だけが気持ちいいだけで世間からしたら迷惑千万なんだよな』。
……正直な所、赤髪の男の言い分は正論ばかりで反論の余地が無い。当人達の間で何が行われていたのかを知る由もない外野からでは、どちらに非があったのかなど分からない。
それでも、文句を捲し立てる男が被害を受けた側なのだ……と思えてくる程、巧言至極と印象付けられる。
そして、言葉を詰まらせる名も知らない配達人から漸く離れると、再びニチャっと笑みを浮かべた。
「でも、こうして己の恥部が世間様に晒される危機は脱せられたんだから、僕様は寛大な心でキミを許そうかな? って思ったけどぉ、またリベンジとかされても困るわけよ」
そこで──と、姿を現した時からずっと手でくるみを擦り合わせるように持っていた『物』を、僕らにも見えるよう掲げた。
──陽光を受けて紅く輝いた……四つのサイコロ……だ?
「どうにも判断をつけ難い時ってあるじゃん? 今日のお洋服はどちらが素敵かしらとか、今日の帰り道はどちらにした方が酔っ払いに絡まれないかしらとか」
男は無邪気そうに言いながら、見下す彼の前と後ろ、右と左にサイコロを放っていく。
「そんな時ぃ僕様はね、このダイスを転がして進路を決めてるんだぁ。あ、ザドは離れてな。見辛い」
ザドと呼ばれた御立派腹筋四つ足獣族が彼から離れると、男はサイコロを確認して回る。それらを見るや、突如として一昂。「全部、一が上を向いてるとか珍しい事が起こったねぇ!」と手を叩いた。
「 ……この場合は? 」
結果を覗き込んできた亜種の女性に聞かれた男は、「折角だから」と、徐に地面を指差す。
「振り直さずに、落ちてもらおうか」
男が目を剥いた次の瞬間、彼を中心とした地面が光の粒となって消え去ったッ! 途端、彼を体が地面に吸い込まれる……?
いや違う──落ちたのだ!
地面の端に捕まる事すら許されず、悲鳴もろとも穿たれた街道の向こう側へ──地面の中に広がっていた雲と、霞かかった大地へ落下して行った……!
「アハははハはぁ!! ザマァ!! ふりだしにでも戻れ!!」
「 正確には、折り返し地点……かと 」
僕達が歯輪の次元を通って来た所は、空にある大地だったのか? ……いや、どうだろう。彼が落とされた様子に、ノノギさえも驚きを隠せないでいる。
「──なんてことを……」
穴から吹き出す風が、ノノギのウイングケープを靡かせる。少しだけ露わになる彼女の手は、既に片手斧を握り締めていた。
今にも男に斬りつけそう……ではあったが、そこにスッと四つ足の獣族が遮り、
「終わったのなら戻ろう。高い所は敵わんでな」
「馬鹿デカイ奴が良く言うゼ」
……殺意を沸き立たせていた姿は、男には見えなかったらしい。男はそのまま周囲の通行人達に「ご静観ありがとう。お陰様で、正義は成されました」と、述べ繕う。
危機は去った。そんな口調に安心する者、尚も顔を強張らせつつも離れて行く者……。皆それぞれに思うモノはあろうが、一様に感じられるのは、これ以上この三人には関わりたくない空気感だった。
それと同じくして、地面に開いた穴が土で閉じられていく。その修復作業をしているのは、どうやら。
「 もう安全。……良くてよ 」
「gjペルテル。それでは皆様、引き続き良い開拓生活を!」
サイコロを手に取り、男は亜種の女性を促しては去りゆく人々に手を掲げていた。
……では、僕もノノギの方へ行こう。
ちょっと、色々と見せられて混乱気味だから、彼女と話して頭の中を整理した方がいい。そう思ったのだが。
「──はい、お前様ぁ、ちっといいかな?」
どういう訳か、男は一直線に来ては僕に影を落とす。目元は人懐っこい笑みを形取り、声はあやす様に静か。今の所、敵意は無い……とでも言いたげな態度だ。
「……なんですか」
「いやね? さっきからいい匂いがするなぁって、思ってたんだわぁ」
匂い……?
すると男は、僕の頭に乗るハウへと手を伸ばした。
「このかぅばん、何処で手に入れたのかなぁ? あ、僕様にとってカゥバンクオルのいい匂いは、とても馴染み深くてね。……見逃せなくてさぁ」
……細めていた目から、鋭い眼光が覗く。
どんな返答を待ちわびているのか知らないけど、下手な事を言おうものなら僕にも『正義』とやらを振るうと?
冗談……とは思えない。ならば、ぼくは正当防衛という名の『ジャスティス』を決める準備をしようか。そう身構えた僕であったが、すぐにノノギが割って入って来た。
「ご心配無く。この子は樹都フォールに住む友人から託されました。不正に入手したものではありません」
「へぇー、フォールの? ……ああ、確かにあっこにゃ、カゥバンクオルの化身の女の子が飼われていたっけ。まさかぁ、その娘の本来の姿がソレって話じゃ無いよね」
「……別の子です」
「あ、そぉ。まだいたんだねー、初めて知ったよ」
──ピリピリと、両者の会話から緊張感が伝わる。ノノギが僕に喋らせないように制しているのは、この男がどういう人物なのかを熟知しているからなのか。
とにかく、僕は余計な事は言わず、彼女に任せようとした……が。
「どうやら最近になって、新しく迎え入れた子らしく……その報告書も預かっております」
「あ、マジ? それ持って来てくれてる途中だったわけ? なんだよごめんねぇ」
「今、お渡し致しましょうか?」
「いや、正式な手続きとかしたいでしょ。必要でしょ。そん時でいいでしょ」
男はノノギが出した封筒を前に両手を上げて見せた。
もう凄みの無い、ニコニコなお兄さんと言った印象だ。
事は穏便に進み始めた。……そう思えるのに。
「 若、信用に足りまして? 」
二人の会話を他所に、僕の背後へと移動していた亜種の女性が聞く。それも、あろう事か、手に持った紫色に光る矢の先を僕の首に向けながらだ……!
「事実か、嘘か? ま、もし此方の予想が当たっていれば……その時は正義の鉄槌が下るかもぉ──」
その瞬間、矢が動く!
無機質で自然極まり無い殺意が、今度は僕に突き立てられようと──!
「──え、冗談だってば。ペルテルやめなって怖いから」
「 なん……こわいとか……。こわくないのに…… 」
……一転してその変わり様は、なんでしょうね。
これまでずっと冷淡で機械的だったのに、怖いよと言われただけで、亜種の女性は切なそうにいじけてしまった。
(……ペルテルさん、ね)
と、そこに四つ足の獣族が入り、元気の無くなったペルテルさんを抱え上げた。
「おいおい、しょげてないで帰るべって。若も」
「あぁーらら。全世界もう帰りたい協会のお出ましだ♪」
男も、そんな軽口を最後にしてノノギへと声を掛ける。
寝室を用意して待ってるね……だそうだ。流石終局に至ればノノギも無表情である。
「お気遣いありがとうございます」
「淡白ぅ。それじゃあ……また後で──」
なんとも爽やかに言い残した男が四つ足の獣族の背に乗ると、三人組は空高く飛び上がり──……なんと、消えた。更には、空に点在していた島々も。
突然人が消えたり、現れたりする現象はキサクラを例に出せる位には知っているが……こうも大規模な消失を目の当たりにすると、狐にでも化かされたのかと思ってしまうな。
澄み渡る青空を飛ぶ鳥が、まるで平和の訪れを知らせているようで……僕はここで漸く、はあ……と溜め息を吐いた。
「あいつら何だったの?」
改めてノノギに歩み寄る。すると彼女も彼女で、僕よりも大きな溜め息を吐き出した。
「服装からして、秘都クレイトのお偉いさん。正義の名の下、正当に悪を為す。これが何より気持ち良いって連中だよ」
……なんかモヤッとくる言葉だコト。異次元的な解釈で、おまいうみたいな。
「にしてもさ、よく手を出さなかったな。俺ずっとノノギ見てたけど、顔ヤバかったぜ?」
「そりゃそーですよ。今、あたしは仕事中だから。しかも、昨晩みたいに賊を相手にするのとは訳が違うし。下手したら組織的なクレームがウチの宮地を襲って、仕事が貰えなくなったりね。皆に迷惑が掛かるくらいなら我慢もしますよ見なかった事にもしますよどうです偉いでしょ偉いですねあたしゃあぁあああぁあああッ!!!!」
イライラが仕舞い込めてないですよお嬢さん。
あまりにムキーっと荒ぶるものだから、衆目を集めちゃってなんか僕が恥ずかしいっていう。とりあえず、この子ちょっとアレがアレなものですいやせん的な感じで周りに会釈をしつつ、僕は二人を促した。
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その後、歩いて毒吐いて呻いて無になった所で、漸くノノギは落ち着いてくれた。聞いて頷いて引いて不安になった僕の心は未だ落ち着かないんですけれども。
とりま、やや大き目な河を跨ぐ橋に着いたのを区切りとし、僕らは休憩を取る事にした。
「──ぁあ゛、喉ガラガラする」
「そりゃ、あんだけ喋ってればね……」
間を嫌う配信者かよって言おうとしたけど、意味わからないか。ノノギは濡れたタオルを干す様な形で高欄に寄り掛かり……ジッと下で水が流れる様子を見ていた。危ねぇ。
と、注意しても噛み付かれそうなので、僕はまだまだ落ち着けない精神状態のままで聞いておきたかった事を並べてみた。
「……そう言えばさ、報告書って?」
「……ん゛?」
何処から声を出した今。
「あー゛、これの事?」
干し物体勢はミリとも変えずに、腰に掛けていたポシェットから取り出してみせた数枚の紙。それをバサバサさせながらノノギは言う。
「鏡赤竜……つかカゥバンクオルって、秘都クレイトにいる一部のお偉いさんが管理してる生き物なんだよ。だから、新しく人里に迎えた個体は、彼らに報告して、保護しましょう。そんな約束事があるのさ」
それに必要な報告書は、キミらが寝てた時に用意しておいた。偽造書だけど。さっき見せろとか言われてたら詰んでたわ。などと、有能っぷりがハンパない彼女は続けた。
「昔ね、秘都クレイトの人間が、カゥバンクオルの目には特殊な水晶体があると発見した。後に『記憶水晶』と名付けられたソレは、人の記憶を取り込む性質があると知られ、悪い事を考える輩が乱獲を始めた」
そのせいで、カゥバンクオルはみるみる数を減らしていった。当時としては保護のほの字も無くて当然な、ありふれた話なんだと。
ノノギは体を起こし、遠くの河川の先を見据える。
「そんなある時、カゥバンクオルから取り出した記憶水晶に、神様についての記憶があるのを見つけた人がいたんだ。観測が難しい神様の情報は貴重で、それを基に神様に対して雌雄決着を仕掛けられるのではないか。神様しか持っていない希少なブツを奪えるんじゃないかって話になった」
どうやら、そこからカゥバンクオルの価値が爆上がりしたそうだ。狩ってしまっては記憶水晶を傷付けてしまい、神様に関する記憶が消える可能性が大いにあるからと。
「で、最初に記憶水晶を発見したアイツらが、カゥバンクオルを管理する役目を担ったわけ。それ以来、こう言う報告書その他諸々の提出が必要になったんだ」
「へぇ……。神様がいなくなった今も、その価値は不動なの?」
「いや? ちょっとは緩くなったかな。そのせいで、まだ記憶水晶を狙う奴がチラホラと沸いてるよ。一応管理は職務として続いてるのに命知らずだよねー」
それで、ノノギがハウを見た時に起こした行動に繋がるのか。それを聞いてみたら、あんなのでも信頼を得られれば、お仕事も回してくれるからね(笑)……なんだそうな。
「そっか……じゃあキサクラは? シャンドさんと言い、あの男と言い、カゥバンクオルの化身ってあの子の事だよね?」
「キサ……あー、あの時の子? なんか狩られそうになってた……」
「多分それ。化身ってのはちょっと分かんないけど、それも保護対象?」
「まぁね。でも、化身の記憶水晶は下位互換でさ、記憶を取り出す所か、逆に破壊しちゃうから危険過ぎて。保護と言うよりは、むしろ監禁するのが吉って言われてるね」
監禁て。正にシャンドさんがやってた事か。
ならキサクラの場合はどうなんだろう。樹都の中を自由に動き回り、僕らを迎えに外にまで……。思い起こしてみても、監禁されてると言った印象は受けない。それに、
「瞬間移動とかも出来るから、キサクラにとって監禁とか意味ないと思うな」
「瞬間移動?」
「うん。こう……パッて場所を移動出来るやつ」
確か、『はりん』と言ったか。
キサクラが消える前に、はりんが足りなくてと言っていた。それについて、ノノギは何か知っているだろうかと尋ねると、彼女は驚いた様に目を丸くした。
「はりん……! そう、だから居なくなってたわけか。……なるほど、はりんを使う子ね……」
「ポピュラーなものなの、それって。さっきもあの人らが消えたのは、はりんを使ったからでしょ?」
「ははっ。あれだけの質量を移動させるには、はりんもそれ相応の数が必要になるから、コスパ悪いでしょ。アレは単にズルをしてるんだろうね。──そもそもはりんって言うのは」
『はりん』は『歯輪』。
歯輪の次元を構成している、あの巨大な輪っかの欠片を加工し、個人単位での転移を再現させたものらしい。
カゥバンクオルの話の延長になるが、記憶水晶から神様の情報を得た人達の中に、神様を狩ろうとする者共が現れた。
その際、彼らが立てた作戦が、神様の移動手段であった歯輪の次元の破壊だった。結論から言えば、作戦は成功。神様は彼らによって、討ち取られたらしい。
戦場となった場所には、今も変わらず壊された歯輪の次元がモニュメントの様に残されていると言う。
「歯輪の材料ならそこに行けば手に入るよ。……まあ、いかんせん道のりが険しいのが難点かな。激しい戦闘で荒れ果てた場所だから、人も獣も容易には近付けないし」
そう言うノノギは踏地のパネルを開き、話していた所に「ここだよ」と、指で丸を描いた。
「……誰も開拓してない?」
「しようとした形跡はあるよ。いくつもね。けど、どれも中断せざるを得なかったのさ」
「どうして……?」
「ん。これが不思議な話でね……。こうして踏地で見たり遠くから眺める分には其処だと分かるの。けど何故か、実際に近付いてみると見当たらなくなるんだよ」
故に、開拓の手も止まってしまう。
それはまるで、誰かがヴェールで覆い隠してしまうみたいなのだと。だから、現状ではその場所に辿り着ける人は歯輪を使って、そんな現象も無視して直接入り込める人だけとな。
欲しい物がある所に行く為には欲しい物を使わないといけないとか、ガチガチの一見さんお断り仕様でマジ惚れる。
「ノノギなら、その謎の究明にも乗り出しそう」
「あーはーはー(棒)。俺歯輪ってゆうブルジョアアイテム持ってるんだぜぇなんて公言する馬鹿は居ないんだよ? 手に入れるだけで骨が折れるわ」
「キサクラが待ってるよ?」
「はあ゛? 何を提示しているのかねキミは。あんな小さい子から物奪うとか何処の鬼畜だね。プンスカだよあたしは」
「ぇ、ぁ、ごめんなさい」
なんか謝っちゃった。
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