第六十八月︰気になった清楚な女の子が戦闘狂に堕ちて性癖を爆発させる子の話+
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前置きはここまで。
布で覆った空間に入った揶々んは、そこに佇む二百インチ程の白壁と向き合った。
すると当方の接近を感知した壁は、徐に黒い六桁の数字に伴う赤い文字列を次々と浮かび上がらせる。
これはonizonと呼ばれる物。秘都クレイト十七機の深層に設置された書き込みの壁である。
この壁は大きなものなら数十、小さなものなら数百個程度が各街に存在しており、それぞれの場所で書き込まれた文字は全ての壁で共有できるようにされている。
余所の宮地には伝言板なる物があるが、それらではメッセージの無線伝達などが不可能であることに対し、onizonは別。なにせ0と1の単純クラフトゲームで量子計算機を制作してしまうような天才が作った代物だ。言ってしまえば、onizonは完全上位互換の贅沢品なのだと鼻を高くしよう。
ちなみに数字は壁の生成番号。書き込まれた文字の頭に必ず表示される為、壁の番号を記憶している人にかかれば特定は容易。匿名だと思って誹謗中傷なんてしてたら背後を取られるぞ。
──さあ、当方もonizonに参戦しましょ。
書き込み方は簡単。少し離れた位置からonizonに向けて開拓テーブルを開く。そして、言葉を放つだけ。
書き込まれる内容なんて日々様々あれど……今日にいたっては、流石に街機水没の話題が飛び交っているみたい。
その勢いと内容を見るに、どうやら事故現場にいる調査隊が現状報告を上げたらしい。それが発端となったか、踊る踊る『古水』の文字。
第七が一部崩壊した直接的な原因は、古水による干渉なんですって。怖いですね。
ともすれば、現地にいた者の声は滞りなく通ると見た。
≫ さっき第七から逃げる途中で拾った物なんだけど欲しい人いる? ≪
こうして書き込まれた文字は、数秒後に壊れたカートリッジの絵に変わる。
すると現れては消える文字たちが蛇が這うように動き始め、現れた絵を凝視する幾つもの『眼』を形取った。
壁一面の眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼・・・・。ガラクタ自体を欲しがる人は割といる。用途はそれぞれ。たまに揶々んも修復したら画材道具として使えるかもって思いゲットしてくる時もあるくらいだから、これらの眼の中に興味を示すものもあるだろう。
それはそうと、壊れたカートリッジを上に提出しに行くのではなく、何故に此処なのかって話をしましょ。
難しい言い回しは好みじゃないので簡単に言うと、ノノギさんは見通しが雑いから、当方なりのワンクッションを入れに来たってだけ。
秘都が古水だなんだと騒いでいる状況で、こんな決定的な証拠をこれ見よがしに上に提出したらどうなるかなんて色を混ぜるまでもなく頭に浮かぶ。
避難中に正体不明の器具に疑問を持ち、わざわざ提示してくる子なんて『知ってる側』だと見られる可能性が高いんだって。
下手なことして宮地を追われるのは至極ごめんなのだ。なので、揶々んだったらこうして当たり前と言える行動──ワンクッションを入れる為にアトリエに戻って来たわけ。
それでも安置確定とはいえないけど、上が揶々んを怪しむ材料は減るし。そうなれば、仮に疑われたとしても知らなかったの一点張りで楽にゴリ押せる。なんと素晴らしい事だろうな。
そんなわけだから、見てないところで勝手に行動を変更をする揶々んを許したもれノノギさん♪
さて、眼が文字に戻り返ってくる反応はさざなみ程度。自称修復屋が下心見え見えの誘いをしてるけど、用があるのはキミらではない。
第七から拾ってきた不審な物と言う事で、アノマリアにある壁の番号から確認要請のお言葉があれば当方の思い描く道に花が咲くが……。
何の反応も返ってこないと言う事は……アクティヴは一人残らず出払っているみたい。そんなこともあるんだねー……というか揶々んともあろうものが当てを外すとか恥ずか死か?
(まあ……出払ってるだけなら、そのうち戻ってくるでしょ。気長に待ってようかな)
心を改め待機モードにシフトしたので、近くにあった丸椅子をonizonの前に移動させ、ギシりと座る。
「ふへぇ……」
一息つきながら改めて見るonizonは、相変わらずの『愚』に塗れておるな。
古水の話題に押されつつも、小さな文字でどうのこうのあーだこーだと権威のマウント合戦を繰り広げている様子。
まるで鉄格子を挟んで吠え合う犬っころみたいで可愛いじゃないか。更に見れば、記号を多用した暗号でチートコードの共有が行われていたり、グロや汚物の無修正サイトへ飛ばすリンクがえっちぃ絵と共に湧いている。
他にも色々とあって微笑ましいところだが……ここで、第七の騒動についてであろう俺は知ってるんださんが鬼連投しているのが目に入った。
こんな場所で知識マウントに酔いしれるなんて直球すぎる愚だし、露骨なくらいに自己顕示欲をひけらかした煽りと駄文にまみれた主張には共感性羞恥を刺激されてもうね。
だけど、それらを削ぎ落してみるとこう言っている。
──古水が持つ性質は集の構築。
それは古水の管理者の意思で範囲の拡大、収縮が可能。
そして、集の爆心地と見られる場所には『その主……流神』がいたと確認された。
つまりは、この流神が起こした最大限の集の影響を受けた宮地外の湖の水が引き寄せられ、大規模な浸水が起こった。
古水なんてものは、一つの地域に多く集まっていると言うだけで、他の地域には一切含まれていないなどという保証なんてない。
現に集の現象が引き起こされたのならば、秘都がある水地にも緋色の水脈が走っていた事は明白だ。
流都の調査がここまで及んでいなかったせいで起きた不幸だ──。
(他責を抜きにした不幸でいいと思うけどなぁ)
とはいえ……この人が知っている人だけなどではなく、ちゃんと頭を回してそうな人なのが好印象。
今日はアクティヴも多い方だし、この人はノノギさんにとって都合の良い起爆剤になりうると見た。なので……ちょっとつついちゃおう。
≫ どうでもいい話に発展させるな 問題はなんで滝都アクテルが保護しているはずの流神が秘都にいたのかだろ ≪
揶々んが投げた言葉は、同じく疑問に思っていたと云わせる言葉を浮かび上がらせた。
俺は知ってるんださんの言葉は埋もれ静かになるが、その少し後になって再び連投しだした。
略文→流都が消えて帰り道を見失ったんだ。迷い込んだ末に狂乱した線が濃い。
≫ 流神の所有主は滝都統主だ。しかし手綱を引く者が代わった可能性も見ろ。昨今の宮地襲撃の犯人が流神を用いていたらと考えてみろ ≪
滝都統主が流神を手離すとは考えにくいとの返答に、こちらを小馬鹿にしたようなスラングが添えられた。
いいね。こうした先入観をもって見ている人が残す愚の概念が増えれば増えるほど、真逆の真相を知って崩壊する様には美を感じる。
この人はどうするかな。黙るのかな。逆ギレするのかな。それとも別人を装って「知ってた」って言うのかな。
(……おっと。まてまて)
ワクワクしながら続ける揶々んと俺は知ってるんださんのやりとりに、横槍を刺すんだマンが複数現れたので以下まとめ。
ただ単に管理が杜撰だっただけの話に生クリームを塗るな。
秘都が被った被害の責は奴が負うべきだ。滝都統主、延いては滝都に属する者全てに責任がある。
そうだ。悪いのは滝都だ。
滝都こそが悪と知る日は近い。
全権を取り上げたらどうだ。
それを決めるのは我らの勇者だぞ。
彼の声明はまだなのか。
まだ焦る時間じゃない。勇者とは言え、今では秘都の代表なんだ。動くにも慎重さを求められるさ。
いつまでも引き籠っていられないぞ。家のドアを開く時は今だぞ。
「……んー……」
結論を急いでいるのは狩人連中か。今日に限ってなら、その意気込みは好きだよ。輝いてる。
(けれども、まー……。狩人達はいいとしても)
彼らがどんなに騒ごうが、目に入れて痛いのは保守側の主張だってことを忘れてはいけない。
秘都に長くいる面々は、ここで得た権を盗られたくないので保守派に回り易いのだと経験者は語る。
勝手に盛り上がるな。血の気が多いヤツだけで殴りに行けばいい。他を巻き込むな。
保守が打った臆した言葉だ。それらに乗っかる他の保守民の勢いが悪い意味で目立っている。
否。元からこんな空気也。仮に勇者が「滝都に宣戦布告するお」って宣言したところで士気の向上など期待薄。
みんなの気持ちは傍観者兼保守の揶々んが一番よくわかってるさ。だっていやだもん。これ傍目からは獲得欄不透明且つ主権を脅かす一大事止まりの案件ですよ? いやに決まってる。
──だけど。
滝都が望んでいるのはナニかなど、いくらノノギさんが口を滑らせなくとも、流石に揶々んだって察せられるぞ。
狙いはずばり──秘都との対宮地戦だ。しかも、双方最高のパフォーマンスを引き出す真向勝負だろう。こんなご時世でソレを企てる理由は、宮地襲撃に対抗する為に拠点総力値を吸収、増力以外にあるだろうか。
要塞宮地である秘都を取り込もうと考える時点で、その本気度が伝わる。今日彼女をアノマリアに案内した事から推察するに、水面下で統主同士の意思の図り合いも済ませられているはず。
中途半端ではいけない。だからこそ、秘都の民のヘイトを向けさせるべく露骨で事故的な襲撃を以て発破を掛けられたと考えて正解の筈。
そうでもしないと当方達ひきこもりは危機感を持たない。何が起きても高みの見物をしながら安全圏で悪態を吐くだけ。もちろん総出の大戦なんて以ての外だ。
ノノギさんはそうだと不安に駆られたから宮地を襲うなんて意に反した行動を起こしたのだと、当方は思う。
「──はぁ……っ」
背筋を伸ばして暗い天井を仰ぐ。
では、どうしたものかな。
ノノギさんが揶々んに期待しているのは、この状況を一転させることだろうか。一転させる事なんて出来るのだろうか?
出来ませんでしたなんて言ったら、彼女との良好な関係にヒビが入ったりして……。もしそうなったら、愛でる面もないぞ。
例え刃を交える時が来ても期待に応えられなかったからと引け目を感じ、純粋に戦いを楽しめない淡白な消化試合になるかも。
待って……サイアク。想像しただけでも最悪でしかないが。せっかく見えたラブバトルルートが閉ざされたら、当方確実にヘラり病むんだが。
揶々んは断言します。当方は愛でる立ち位置にいたいのだと。
優位に立てない愛では気持ち良く愛でられん。下等生物が上位存在に愛を述べる姿は質の悪いハーレムと同等。上位存在が下等生物を愛する姿こそが至高。揶々んが求めるシルエットは後者。圧倒的に後者なのだ。当方はまだ、ご主人様お腹撫でてほしいワンの境地に足を捕られるほど落ちぶれていないぞ。なら、我々が望むルートは一つ。先述だ。
ボコって弱らしてハグして×××のみではないのか。そうは思わんか揶々ん!
「──おおせのままにっ」
そう心に応えると、目元に籠っていた力が抜けて視界が開けた気がした。
そうだよ。保守仲間にキモがられようが関係ない。もう知るかって話だ。
もうアレよ。先陣を切る揶々んに便乗しないと背中を蹴りに行くぞって覚悟で、狩人達に負けないくらい煽り散らかしてや──……
「……?」
や。
……?
あ。
なんか。
思わず力を込めて握り込んだ手に、変な違和感が……あったなぁ……と、見たのだけど。
「……え。……えぇ」
壊れたカートリッジを持っていた手の方。
壊れたカートリッジを持っていた手の方で、赤い液体がドロドロと滴り落ちている怪現象が起きていた。
それになにか、膨れ上がってくる質量さえ感じられて──!
「なにッ? ノノギさん!?」
揶々んは知ってる。コレを操っていたのはノノギさんだ。よって、この現象も彼女が起こしているに違いないのだけど。
「手……? わっ──!?」
赤い液体は『手』を形成した。
そして揶々んの手を強く握り、重さを増していく。
「待って、下さいよ! 一旦置いていいですかっ? だめッ??」
ノノギさんからの返答はない。
自己判断に任された? なら、この赤い物体は古水だと断定して良いか。
見た感じ手以上に生成される部位はない。それなのに重くなっていくのは、床に落ちようとしていると考えるのが妥当か。
なんのために?
もしかして、わずかに残った古水を使って、トドメの大爆発を引き起こそうとしておられる感じでしょうか??
それならわざわざ手なんかにならないで、物理演算に従ったら良かったのでは……。
いや違う。これは揶々んを──。
「当方さえもっ……生贄にしたいと……!」
それが合っているかはわからない。でも、これ見よがしに現れた手に説得力がこもり過ぎていて、否が応にも血の気が引く。
待ってったら。
こんな近距離──ゼロ距離爆破は、揶々んの身が持たない。
一発KOだ。アカウント死亡不可避。当方は揶々んを使えなくなる。
そうなれば、ラブバトルは? 延期? 中止? 泡沫? 霧散? 存在しない世界線だった?
ノノギさんが拒否を示しただなんてまで思いたくない。
抗えるか。そっと置いたら事無きを得るだろうか。なら、どこのキーを連打したらいい!?
確定演出味を感じる揶々んの倒れ込もうとする仕草に、当方はどんな支援をしてあげれば────ぁ!?
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「──……ちょっと、容赦無さ過ぎたかもね」
ごめんね、揶々ん。
私情のタスクがクリアになったせいで、無慈悲に拍車が掛かってしまったんだ。恨んでくれて結構。
そんなこんなで、不安要素に念入りし終えたあたしはノノギの体を立ち上がらせた。
「……ん?」
それとほぼ同時に聞こえた水による轟音。秘都が潜む湖に滝でも出来たのかと思う程の変動に、流石のノノギも身を隠す事を優先した。
こちらが近くの雑木林に入った時、水飛沫が辺りを覆い、大きく盛り上がった水面を突き破り──巨船が出現した。
(追手……? 秘都側がそういう体を通してきたのだとしても面倒事は嫌だな)
急ごう。
湖面に波を起こす船を尻目に、あたしは滝都への帰路を駆け抜けた。
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「──っだあああああああああああ!! 逃げ切ったあああああ!! 死ぬかと思ったな、ロロ!」
「シバコイヌさんが変な縛りプレイし出すからでしょ!? 私の衣君を返せ! 今すぐ引き返して取ってこい!!」
「あっはっは! 地が出ててクソ笑う。声めっちゃアニメ声(笑)」
「人様の声を笑うなよ! チャンネルコミュニティ枠から追放してやるぞ!?」
「はっは、はは。……はぁ。いや、悪い。それより、衣に関してはアレでいい」
「は? なんでっすか」
「なんでって。ロロだって薄々わかってるはずじゃん。俺達にとって都合が良過ぎ。だから手離した方が無難」
「都合……。まぁ、気付いてなかったわけじゃないっすよ。時々、あの子に誘われてるなって感じる場面とかあったし」
「そうそれそれ。で、俺は狩場に落とされまいと、今度はこっちの都合に合わせて落ちてもらったのさ」
「……笹留めの情報を追ってるって事を餌にしたみたいな? え、でも、囚われのカゥバンクオルが持ってる記憶水晶に笹留めの記録があるのは本当なんじゃ?」
「故に、高級餌になったんだよ。旨い事齧り付いてくれて、こうしてバイバイ出来たろ」
「ねぇ。自分たちにとってはソレ良い話なんすか? 実験のための大事な情報源っすよ?」
「……あー。そんな気にするなよ。宝探しなんざ、ゆらりふわりの旅をしながら、当たりはずれのある情報を集めて楽しむものだろ?」
「時間を持て余してる人の台詞っすね。はー、うらやましっ」
「まーまー。……しゃあないな。そこまで言うなら、時短ルートを開拓してみるか」
「……ぇ?」
「今の所不確定ではあるんだが、笹留めに関する憶測があるのさ」
「へえ。どういう?」
「……俺らは衣が誘った先にあった情報に本物を見た。でも、恐らくは偽物……とも言い切れない。……なにより、人を騙すには本物の匂いをさせた方が上手くいくから」
「ん。そですね。……で?」
「つまり、俺達は今、本物の高級餌に手が届く距離にいる可能性があるって話よ」
「笹留めは、近くにあるかもしれないって?」
「ああ。もしかしたら、『囚われのカゥバンクオル』っていうキャッチフレーズも、案外的を射てるのかもな」
「……」
「どう? 頭回転する?」
「……さあ? どうでしょうね。一応宿題にでもしときますよ。──ってコトで、一度落ちません? 私、深夜配信の準備をしないといけないんで」
「あー。そか。わかった。今日は『ろろチャンネル』の方? そろそろ制限解除されるし、コメント残しとくわ」
「やめて。関わらないで。前みたいに彼氏面したコメント打たれて騒がれるの、マジ嫌なんで。バイバイ。さようなら──」
「流れるような反応拒否だなぁ」
「──……ふぅ。よぉし……。それじゃあ俺は、一人で探りを入れてみるか」
情報に隠れた本物……。
多分、秘都にあるであろう──正規の囚われのカゥバンクオルの居場所があると仮定して。
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