第六十九月:秘都の勇者と野良魔王①
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水に飲まれた街の空を、数機の飛翔機が飛ぶ。
秘都クレイト第七基水害区画と指定したこの街の隅っこで、僕様は彼らの帰還を見送っていた。
「みんな、お疲れ様な」
応急対策を担当する秘都の民達が、滞留していたプレイヤーの避難と放置アカウントの回収や雑務の為に走り回ってくれたのだ。
秘都クレイト統主・若みどりとして、各々時間を割いて急遽ログインしてくれた彼らに垂らす頭は一つでは足りないと思っている。
なにしろ、この秘都クレイト第七基が、あわや沈没の危機かと肝を冷やした事態だったからだ。
蜂の巣を模した多層構造となっている第七基の上部の街が水没したものの、ここで食い止められたのは奇跡と言って良いだろう。
僕様は水面から顔を出した屋根に腰を下ろし、正常化した白い空を見上げる。
ここ秘都クレイトは、広大な瀑布地帯と隣接する巨大湖に潜ませている。それだけに、拠点として活用可能な環境を整える多種多様な技術ありきだ。
街への浸水問題をクリアにした『反圧機構』──拠点の外膜である構造体も、その技術の一つ。
これが破られたのなら、秘都十七基全てで強度、安定性の見直しを検討しなくてはならなくなった。
そんなもの考えるだけでも気落ちする一方で、別角度から殴ってくる課題が……。
「あーあ……」
気怠い気分で視線を落とす。見下ろす先にあるのは、赤い水を滴らせる木偶。この場を水浸しにした元凶──恐らくは、『流神』と呼ばれる古水の主だろう。
尖った屋根に胴体を貫かれたソレは、もうピクリとも動かん。哀れな姿だ。その様子は興味を無くした子供に捨てられた人形──それか、嬉々として加害性を解放した根暗に弄ばれたご遺体かな。
まあまあ、一難去ったは良いとしてだ。
僕様は湖と化した街に視線を移し、手の中にある小さな玩具を強く握り込んだ。
滝都アクテルの統主アクルア・テルが寄越した使者と、宮地対宮地雌雄決着の話をした途端にコレだ。
昨今の宮地襲撃の犯人を誘き寄せる為の一環として、色々布石を置いて行っているんだと理解出来るが……。
「こんな事をしたら、無駄に標的が定まるだろが。後になって、真の敵は何々でしたーって騒いでもヘイトは残るぞ。……ウチは融通の効かない奴が多いんだからさ」
それだけ滝都が本気だと言うなら尊重するし、それぞれを勇者と讃えよう。けれどさ──勝算はあるのかよ、アクテルの皆さん。
ここ最近騒がれている宮地襲撃については、天災の類として耳に入っている。僕様が犯人だと睨んでいるのは、神様の生き残りか、もしくはサラセニア運営の離反者あたりだ。
とても抗える相手とは思えないが、それでも頑張りたいのなら、遠い地の勇者達を応援したい気持ちはあるさ。ただ思うのは、アイツらの作戦がどう出ても不安しかないって事。
「アンチハッピーエンドか」
滝都の使者が教えてくれたアクルア・テルのマイブーム。
「アレ、意外とガチだったわけ──?」
滝都の不透明な未来を指し示してもらおうと、手の中で遊ばせていた玩具──四つのダイスを天に放る。例えどんな目が出ようとも、僕様が成す事は変わらないけどな──。
「若」
「んお?」
現れようとしていた未来を潰すかのように、硬そうな毛に覆われたデカい手がダイスを握り込んだ。振り向くと、すぐ後ろに僕様の側近君が立っていた。
「ザドじゃん。はは、負傷してやんの」
先の通話で前脚を切断されたと嘆かれたが、上手い事復活してるではないか。しかし、いつもは強者の雰囲気で包まれた四つ脚の漢が、見たこともないくらいボロボロになっていて、まるで神様とでも戦ってきたかのようだ。
全く、それだけでも笑える話だと言うのに。
「ペルテルが事故ったって通話で言ってたな。彼女の地帯変換チートは?」
「ペルが所有しているままよ。取られはしおらんかった」
「──なるほど有益。じゃあ、また転生待ちってわけね」
本当、笑える。
話に聞いた『ゲスト』とやらが、何処からの客人かは知らないけど、やってくれたものだ。
現在の秘都クレイトの強みは、僕様が持つ『拘束の力』とペルテルが持つ『地帯変換チート』を合わせて、初めて完成する【強奪術】が第一等。それが半減した中で滝都とやり合うなら、相当に計画を練った白兵戦を描かなければならなくなったのがダルい。
「若も頭が痛みおるか」
「当然だね。考える事とやるべき事と待つべき事がこんがらがるわ。一回自分家に帰って眠りこけたいな」
言いながら立つ。
面倒だが仕方がない。
合わせて、ペルテルを悲劇の主人公にした物語でも書いて、リスクを他人任せにし続ける引きこもり共を奮い立たせてみるか。
容易ではないだろうが、まあ、勇者と謳われる僕様が叫べばなるようにはなるさ。そういう連中に仕立て上げたのは、僕様なのだから──って。
「──? 若、今第七基のonizon監視アカウントから通知が──」
「ちょい待ち。……見ろよザド。なんか来たぞ」
あまりにも静かに空を這い寄るものだから、背が高くなったザドでも気付かなかったようだ。僕様は軽く指差してやると、ザドは空を走る異様な影に目を釘付けにされた。
「鈍足の稲妻のようだが……天候演出にあんなものあったろうか?」
「作ってないねぇ〜。てか動きに意図的なものを感じるな。……プレイヤーの所業かな」
白い空を塗り潰す勢いで拡大していた影は、徐に収縮を見せた──その直後、刺々しい塔のような建造物が空を貫く。それは一つでは収まらず、何本も何本も同じ箇所から間髪入れずに生えてくる。
反圧機構に過度な負荷を与えて通り道を作ろうとしているのか。動植物による環境演出ならまだしも、アクティブユーザーの侵入は頂けぬと、僕様は呆れて腰に手を置く。
「ここは関係者以外立ち入り禁止にしてあるんだけどな〜。何処の馬鹿が迷い込んだんマジで」
「拘束するか?」
「あーそうだな……」
密集する逆さまの塔の合間から、一瞬だが水が噴き出したのが見てとれた。
(入って来ちゃったか)
僕様はザドからダイスを返してもらうと、コレを強く握り締めた拳を、異常を示す空へ向ける。
さあ、いつでもどうぞ。そう言わんばかりに、我らは侵入者への警戒を高めた。
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