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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部終章:『月に筆を』
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第六十六月:おびき出して炙り出して皆で処す ③

───




「──賢い、採用だ」

「こら」


 まずは話を聞いてからにしろとココクロさんが制しようとするも、統主は聞かなくても分かるだろと、逆に制して言葉を繋げていく。


「サラセニアに於ける大きなイベントと言えば、宮地開拓と対宮地雌雄決着くらいだ。このご時世に宮地開拓なんて悠長な事は出来ない。とくれば、後者しか残らん」

「残らんだろうけど……。それ、何処の宮地とやり合おうっての」


 むしろ何処の宮地が誘いに乗ってくれると思ってるのと、ココクロさんが愚痴っぽく呟いている。それに関しては統主も同感だったらしく、少しの間顔を背けて思考を巡らせているようだった。


 余計なことを言ってしまったか……。

 思いついたところで具体案が無ければ無駄に場の流れを止めるだけ。実際、あたしの発言により、この場にいる三人の歩く足をも止めてしまっていた。

 いたたまれない空気。……僅かに後悔の芽が顔を出した時、統主が唐突に指を鳴らした。


「思い出した。ヒラギノレイナだ」


 あたしの名前だと? 考えていたのはそちらか。びっくりした。


「そうだけど、今は事情があってノノギって名乗らせているわ。だから、そう呼んであげて」

「ノノギは知らん。それよりもヒラギノレイナ、これから各宮地の統主へ手紙を送る。踏地が塗れる範囲まででも良いが、その配達の任をキミに課すぞ」

「……へ」


 統主は数枚の紙きれを手早く生成し、返事もままならないあたしに押し付けた。

 見てみると、それら不揃いの紙切れ達は白紙であり……手紙と言うよりは、ただの雑紙だ……。

 流石に説明をと統主を見上げるが、コレを覗き込んできていたココクロさんの巨体で遮られてしまい叶わない。


「執筆が頭に追い付かなかったのかしら? それとも……内容を誰かに書かせる気?」

(書かせる?)


 ココクロさんの目が、ギロリと統主を向く。

 その目は決して責める様子ではなく、むしろ面白くもヤバいモノを見ているかのよう。


「宮地を襲撃する決定打になるのが何かわからん今、滝都アクテルの名を使って各地を回るとどうなるかは察せられるだろ。現状、滝都に対強迎撃の用意は無いんだ」

「まぁ、ね」


 どこに潜んでいるかわからない犯人に、滝都が活発に動き始めたと報せるようなもの。宮地を落とす事を目的としているのなら、防衛の準備をされた後よりも不意を突いた方が容易。

 対策を取り始めたと見られれば、早々に叩きに来ると考えた方がいい。おびき出すなら良案だが……統主は、それをされては敵わないから秘密裏に動こうとしているらしい。


「ヒラギノレイナ。手紙の内容は誰が書いても構わない。先方の統主の想像に任せようが、キミ自身が思った事を書き殴っても良い」


 この紙切れは、渡すべき人の手で触れられた時に初めて意味を成す。

 それまでは、何も知らない能天気な冒険者のつもりで宮地を巡れ。

 要はそういう事だと統主は言うと……ただ……と、声色を濁らせた。


「近くにある樹都は……配達の終盤頃に行くように」

「ああ……樹都ねぇ」


 ココクロさんも同じく顔を曇らせる。……なんなら、あたしも。

 色々と口に出して確認したい気持ちもあるが、それらをひっくるめて一言で申すなら、


「アーツレイ家……ですか」

「名指しをするなら、そうだな」


 樹都に関する悪い噂は、ほぼアーツレイ家絡み。

 いつだったか、古魂の大樹と吸魂の森に宮地を築き、統主として名乗りを上げたトグマ、ティルカ……そして、ファイユ。

 死したアカウントのログが集まるとされていた森に根を下ろした彼ら彼女らの目的は、未だ誰も知らない。知らないがゆえに、良くも悪くも噂は噂を呼び、アーツレイ家を訝しむ気持ちがサラセニアに浸み込んだ。


 樹都フォールの活動方針は、開拓者育成。

 果たしてソレは本当かと問うなら、本当である。樹都は各地から訪れる開拓初心者を育成し、サラセニアに輩出している実績を誠実に公表しているからだ。

 ここに関して唾を吐く者はいないだろう。このシステムのお陰で、サラセニア全体の開拓の質が向上したのは事実なのだから。

 しかし、こんなものは本質を隠す為のヴェールだと吹聴する者は、未だにフォールの穴と揶揄する噂を口にする。


 転生システム導入から推測されている特定種族の淘汰しかり、最強少女だと名高いA.F.ファイユが舟都から樹都へ移籍し、アーツレイを名乗る目的しかり……。

 運営に属さず、大きな力を持つ者がサラセニアを席巻しようとしているのは間違いない。もし、それと宮地襲撃騒動が繋がっているとしたら……。


「一度、奴らの埋め損なった穴を見極めておく必要がある。……白なのか、黒なのか」


 だからと言って、最初から決めつけて凸りに行くのは危険。変な噂が立っている事は本人らの耳に入っていてもおかしくない。

 白なら良いが、黒だったら滝都が手っ取り早く探りに来たぞと思われかねない。そうなれば、次に襲われるのは滝都となる。

 そうさせないために、あたし達は慎重に動かねばならない。

 変哲無い冒険者の皮を被って各宮地へ赴き『白』を拡げ、『黒と思わしき場所』を囲う。

 大きなイベントを開催するのは、この構図が完成した時となるだろう。


「……ココクロちゃんは?」

「ヒラギノレイナの旅のサポートでもしてあげるといい。だが、行動を共にはするなよ。……何が見ているか分からん」

「あら、あまねくもの(運営)すら警戒してるみたいね」

「当然。このアクルア・テルが信用しているのはお前と流神ともう一人、秘都クレイト統主、若みどりくらいなものだからな」

「あら^~」


 統主は超音波を放つココクロさんを放置しつつ、それと新たにヒラギノレイナも加えようかと言うや、あたしの前まで歩み寄り──


「滝都統主の武器『古水鎚』を受け取れ、ヒラギノレイナ」


 突き出された彼の手から象られる一挺の大鎚。

 赤いインクを吸ったガラスペンを連想させられる造形。一見脆く見えるが、そんなことはない。

 なにしろ古水の力を利用し、文字通りの爆発的な破壊力を打ち出すとされる脳筋代表格の一品だ。

 前に統主が滝都の進行を阻害していた渓谷の岩塊を一発で砕いたのを見たことがある。その時に用いていた代物を……あたしに!?


「わ、重」

「しっかり持て。これから所有権をキミに移す」


 長い柄を両手で持つだけで、脚がプルプルしてしまう。同時に手汗が。手汗がっ。


「そんな大物扱いきれるかしら。その子軽めの片手斧が得意装備よ?」

「主要武器ではなく、ここぞと言う時にでも使えば問題ないだろ。必要となれば、これでアーツレイの頭をカチ割ってこい」


 グロ耐性も求められると。それはそれはまぁ……素敵な事で……。

 なにはともあれ、あたしのメニューパネルに表示される武器生成資材に古水鎚のレシピが加わった。

 持っていた古水鎚が光の粒となって消えてすぐ、統主は「さあ、襲撃はいつ来るかわからんぞ」と踵を返す。


「ココクロ、ヒラギノレイナ、出立は今日中だ。お前たちの行動は滝都統主の意思であると心して努めろ!」

「──了解ですっ」

「テンション爆上がりねぇ」


 そうして去り行く統主の背を見届け、あたしとココクロさんは、


「持ってきた衣装、着てくれなかったね」

「んまぁ、そんなの次の機会でいいわ。着せ替え人形で遊ぶ空気でもなかったし……」


 本命が叶わず、少し残念な気持ちを抱きながら施設の外へ。──と、ココクロさんが統主へと振り返って声を張り上げた。


「アンタ秘都クレイトの統主と仲いいんなら、雌雄決着(イベント)を申し込んでみたらー?」



「──採用だ。二人には後で始終を報告する!」


 別れ際の提案を受け止めた統主は、片手をあげて応えていた。


 ……にしても、どうなんだろう。

 一応話は進んでよかった……のかもしれないけど。


「あたし、余計な事言った? やばい?」

「言わせたのはこっちだから、気に病む必要なんてないわ。てか、不安そうな顔してないでさっ、やれる事をしに行くわよ!」


 ココクロさんの男らしい野太い声が響く。

 宮地襲撃騒動の犯人をおびき出す為。炙り出す為。そして、皆で処す為に、これから動き出す。

 相手が何者かは知らないけど、必ず報いを受けさせよう。


 あたしもおふたりに習い、そう気持ちを改めて引き締めた。



「……──うん。行こう!」



 そりゃあ、返事にあたしらしくない勇ましさも出るさ。

 大きな力を託された後の一歩一歩には、今まで抱いていたモノとは一味も二味も違う誇らしさが溢れていたのだから。




────




 ──水と風の音……。



 ゆっくりと瞼を開く。

 ぼやけた視界には、廃れた石畳と──



「お? 戻って来ましたね、ノノギさん♪」

「……揶々ん」


 顔を覗いてきた絵描き女さん。……ここは、秘都クレイトの外か。

 見上げると、入った時のボロボロな施設跡があった。


「えっと、現状報告ですっ。秘都を襲った人形は、無事駆除されたとの事。現在は崩壊浸水した街基は立ち入り禁止となり、秘都統主・若みどり様が指揮する調査隊が原因究明の任に当たっています。ですので、これから当方が古水鎚に装填されていた壊されたカートリッジを物的証拠として上に提出、及び確定的な証言をして参ります!」


「……わかった。最後まで手筈通りにお願い」

「了!」


 揶々んは改修を以て転送施設を起動させ、あたしに向かって笑顔で手を振った。


「それでは当方、良い子で悪い子になってきまぁす。……今度会う時は敵同士ですね♪ 楽しみにしてますっ★」


 紫の光に包まれ、彼女は秘都へ戻って行った。転送施設は光を嫌う様に弾き飛ばし、元のボロに……。

 それらを見送って、あたしはのそのそと立ち上がる。


(……さて、あたしは滝都に帰ろう。──と、その前に)


 入るときに外で待たせたわんわんがいるのだ。

 今のあたしの癒し枠。待ちくたびれて、ふてくされてないといいけど。

 そう考えてると、統主から頂いた古水鎚を意図して壊してしまったことへの罪悪感を紛らわせられた。


 いや、きっとあの統主の事だ。

 ヒラギノレイナの行動は滝都統主の意思であるのだから、問題など無いと言ってくれるはず。

 逆にココクロさんがプリプリ怒りそうではある。そうなった自分たちの姿を想像したら笑えて来た。


(あ、なんだったら、そこにあの子も加えよう。もっと賑やかになりそう)


 楽し気な妄想のままに顔を緩ませ、ウイングケープのフードを被る。

 一旦別れた時と同じようなスタイルで、さあ、わんわんが待つその場所へ──!




「……あれ?」




 吹く風に煽られるあたしは……誰もいない待ち合わせ場所に着いた。




 どこかに隠れてるのかな?

 驚かそうとしてる?


 呼んでみよう。




「──クク! どこー?」




 応えは……返ってこない。


 ログアウトしてるのかな……と思った時、近くの木の幹の窪みに紙切れが挟まっているのを見つけた。

 取ってみると、それはククからあたしに宛てた書置きだった。……内容は。



「……緊急で樹都に戻らなきゃいけない用事……って……なに……?」



 ごめんって書かれてあるが、その用事とやらは教えられない系ですか?




 秘密事? 樹都の?



 樹都のか……。





「……へぇ……」





 ククが言うのだから、まあ





 そういうことに しておきましょうか




───

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