「世の中不公平だ」
午後6時のファミレス。
隅の方のテーブル席で優太は真依は並んで座っていた。
「せっかく迎えに行ってやったのに二人して何をやっていたのよ、ふざけんじゃないわよ!?」
「いや……ウチは管理人さんと初めて会うやろ? 知らんかったんや、入るのに躊躇しとるお客さんかと思ったんやぁ」
「俺はその……圧しまくられてぇ、俺も真依さんが道場の人だとは思わなかったんだよ」
正面の席で睨みを効かせた涼に真依と優太は小さくなる。
「全く優太もアタシが飛び込まなかったら、どうなっていた事やら……」
「大丈夫だったよ!?」
「どうかなぁ、ウチのブラを脱がしたがってたで?」
「真依っ!!」
優太に茶々を入れる真依に怒鳴る涼だが、いつまでも言ってても仕方がないしキリがないわ、そう言って咳ばらいすると真依に顔を向けた。
「とにかく店長さんが肩代わりしてくれていたアンタの借金は払っといたわ、残りは少なくなったから店には来なくていいって、これから少しずつでも払ってだってさ」
「えっ、ホンマ!?」
「本当よ、帯封渡しといたわよ、でも店長に感謝しなさいよ、アンタの競馬の借金を利息無しで立て替えてくれてたんだから!」
「でも少しずつでもと言われてもなぁ? 店長さんへの罪滅しにもう少しあの店で働いててもええんやで? ありがたいけどそんなお金をどこから用意してくれたん?」
調子の良い笑顔で借金返済に感謝しつつ、スズーとジュースをストローで飲む真依。
「ウチの道場の対外団体戦が決まったのよ、それが5対5だしそろそろアンタのギャンブルバカも懲りてるだろうとも思ってたとこなのよ、だから相手が用意してくれた仕度金全部アンタの借金返済に当てたわけ、そうでもなきゃウチの財政でアンタの借金を返せるもんですか」
「最近、ネットの格闘技チャンネルで見るプリンセスドリーム総合格闘技部とかいう企画やな、あれだけのアイドルグループなら仕度金もポンと出すわな」
「そういう事よ、アンタは借金返済してんだから拒否権は無いんだからね」
「もちろん、もちろんやぁ、ウチも嬢やっとるよりもちろん格闘家でやっていきたいからな、まぁ、向こうもそれなりに楽しくはあったけどなぁ」
ハンバーグをフォークで切り分ける涼に真依はニンマリと笑ってから……
「という訳で優太くん、ウチは苫古真依、これからよろしゅうな、21歳のピチピチ牝馬さんや」
と、優太に人懐っこい笑顔を向けた。
牝馬というのは馬のメスの事だ、借金を競馬で作ったというから好きなのだろう。
「ええ、真依さん、俺は佐藤優太です、宜しく、ところでさっきから聞いているに競馬が好きそうですけど……」
「ああ、大好きやわぁ」
「借金なんてしないでこれからは個人の責任の取れる範囲でお願いしますね、そうでないと管理人として國定道場の格闘家として認められないかもしれませんよ、あくまでも今回の借金は女の子達の相違で仕度金から払いましたけど、次があったら俺は認めませんからね」
「あ……わかりましたわ、反省しとるよぉ、案外にキッチリしてるねぇアンタ」
競馬の話を振られて喜びかけるが、優太にそうビッシリ言われてしまうと、真依は後ろ頭を掻いて頭を下げる。
その様子に、
「アタシがキッチリ言おうと思ったけど、優太がそこまで言ってくれれば取り敢えずは平気ね、管理人としての自覚がキチンと出てきてるじゃない」
涼はフッと笑みを浮かべ、切り分けたハンバーグを口に運ぶのだった。
***
「いや~、驚いたわ、琴名ちゃんからのメールで教えてもらっていたけど、ホンマにチーちゃんやな」
「ど、どうも夏目知里です、宜しくお願いします」
真依に顔を近づけられると知里は少しだけ引く。
國定道場の面々が揃った道場、真依は上下スポーツジャージにシューズとあう格好に着替えている。
「アンタ、腕が落ちたとか言わないわよね?」
「わからんわぁ、道場出て店に住み込みで働く様になってから稽古なんてしとらんもん、毎日疲れてなぁ」
涼に訊かれると真依は肩をすくめて見せる。
「え、じゃあ相当じゃないか?」
「まぁ、4、5ヶ月やな」
優太が驚くと真依は屈伸をしながらも答えた。
この道場に来たのは3ヶ月ほど前だ、それよりも前から真依は稽古をしていないというのだ。
「大丈夫? ボクと軽くスパーする?」
「どうやろなぁ、まずはどんぐらい動けるかちょっと試してみるわ、それで練習決めよ」
琴名に促されるが真依はそれを一旦は断り、ジャージ姿のままその場に直立し、眼を瞑った。
『真依さん美人だなぁ、何やら破天荒だけど』
優太は素直に思う。
國定道場の格闘女子に入っても全く見劣りしないルックスだ、しかしこれから問われるのはルックスではなく、その中に入っても格闘家としての力量だ。
「ふぅ~~」
静寂の道場。
真依は深呼吸してから眼を見開く。
「……!!」
空気を切り裂く右と左の突きの連打からそれは始まった。
前方への蹴り上げ。
右からの受け、左への受け、脚を上げての中段、下段防御。
右受けから裏拳、旋回しての下段蹴り。
ありとあらゆる方向からの攻撃を受け、反撃、回避、攻撃。
ホンの十数秒の動きがすべて滑らかで美しく……何よりも速かった。
やっている事は相手の居ない型の稽古なのだが、優太には彼女が何人もの相手に囲まれながらも受け、流し、躱して、反撃をしている様に見える。
「涼……あれは」
「そうよ、真依は中華拳法の使い手なの、カンフー映画とかでよく観るでしょ? 映画はあくまでもフィクションだけども中には本物を学んだ俳優も居るからね、型と言うなら案外に映画には正確なのもあるのよ」
言おうとする事を言われてしまった。
真依の動きはまるで昔観た中華カンフーアクション映画のそれであった。
そう言っている間にも真依の動きのギアが更に上がる。
流れるような横の動きをしたかと思うと、側転を見せながらの横移動も見せる。
「す、凄いですね」
まるで脚本がある殺陣のような動きに知里も息を呑む。
優太だけではない。
きっと彼女にも真依が超有名香港俳優が魅せるカンフーアクションの様に次から次へと押し寄せる悪党を倒していく光景が見えているに違いない。
そして……
「ハイッッッッッ!」
横回転からの二段上段蹴りが空を切り裂き、真依はダンッと床を両足で強く踏み締め構える。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
飄々とした顔はそこには無かった。
多人数との闘いが終わった格闘家の汗の顔だ。
「敵わないなぁ、あれで何ヵ月も練習してないんだもん、世の中不公平だ」
「これだけ動けば平気ですわね」
琴名がぼやき、ナディアは頷く。
「どうやら間に合いそうね、動けなかったら帯封渡した意味がなくなるわよ、試合は一ヶ月後だからね」
「そやな、案外に動けたんで安心したわ、だいたい今のが七割五分やな」
タオルを手に歩み寄る涼に真依はタオルを受け取りながら答えた、あの動きで七割五分という言葉に優太が驚いていると、
「ふぅ、およそ半年間格闘技から離れていてアレか、まったく琴名じゃないが、才能だけで物事をこなすヤツとは時に度しがたい物があるな」
そう横にいた香澄が小さく呟き息をつく。
『香澄ちゃんがそんな事を言うなんて、真依さんは一体どれだけなんだよ!?』
優太はタオルで汗を拭く真依を観てしまうが、
「おっ、優太くん……ウチに惚れたなら今夜にでもこの前の続きをしても良いんやで」
と、ウインクされ応対に困ったしまうのだった。
続く




