「もう一人いるのよ」
「どうぞ」
「いやぁ、ありがとう!」
Pと呼ばれている男は琴名の差し出した茶を啜ると、居間の卓に座る國定道場の住民の全員を見回す。
「いやぁ、この間の話がこちらで目処が付いたんで早速やって来たんだ」
その話だろうとは思ったが、面々は互いに顔を見合う。
「この間の話というのはそちらのアイドルグループとウチの道場で格闘技の対決イベントをするという話ですよね」
「もちろん、舞台は用意できたがルールや試合形式は互いが話し合うべきだと思うから来た訳だ」
一応は國定道場の責任者という立場になる優太が訊くと、Pは首を縦に振り、
「ギャラはそれなりに出せるよ、地上波じゃないけど格闘技専門のネットテレビが協力してスポンサーもついた、スポンサーは君達の格闘女子達の写真を見せたら、人気企画になるんじゃないかと乗り気だったよ、涼ちゃんも最近は色々と有名になっているみたいじゃないか」
と、上機嫌に話し出す。
國定道場の格闘女子達は優太から見ても下手なアイドルグループなど眼中に無い程に可愛い女の子揃い、スポンサーが気に入るのもわかるし、河内いずみとの試合の後で涼はちょっとした有名人になり、格闘雑誌やモデルの仕事も増えた様子だ。
「良いですわね、まともなギャラの出る試合は久し振りですわ、腕がなりますわ」
「ああん、僕も出る、絶対出るっ!」
「バカバカしい!」
ナディアや琴名はテンションが上がるが、卓をバシンと叩いて鋭い視線をPに向けたのは香澄だった。
「何がバカバカしいのかね?」
「わからんのか?」
問い質すPに香澄は不敵な笑みを見せる。
「お前らのアイドルグループ、ええっとプリンセスドリームとやらで一番格闘技に力を入れているのが、涼の回し受けだけで負けた河内いずみなのだろう? 他の人間が付け焼き刃で格闘技を学んだからと言って私達の相手になると思うか!? ましてや涼は我々四天王では最弱……」
最後の四天王云々は良くわからないが確かに香澄の言っている事は正論に優太は感じる。
河内いずみと涼との試合は試合であって試合にはならなかった、怪我によるアクシデントであるが実力差は優太から見ても歴然としていた。
「一度アンタとは真面目に時間無制限しないといけないわね」
「まぁまぁ、でもそれは確かにそうじゃないかな? Pさんも涼がウチで何番かは置いておいて、他の三人もレベルはスゴく高いですよ? 試合となれば手加減は出来ないでしょうからまた大切なアイドルが怪我をするのも困るのでは無いですか? 自分は格闘技は素人ですけど、この四人には男子格闘家でも勝てるかどうかは怪しいですよ」
指をポキポキ鳴らして香澄を睨む涼をなだめて、優太はPにハッキリと言う。
そうでなくても一部では河内いずみを怪我させた涼に対してネットなどで暴言を書き込んだプリンセスドリームファンがいるのは優太も知っている。
負ける心配はしていないが、直接は関係ない筈の熱狂的なファンなどに逆恨みなどされたら堪らない。
「心配はいらない!」
妙に大きいPの声が居間に響く。
「ウチのプリンセスドリームはいずみが格闘技に挑戦したからといっていずみが一番格闘技に強い訳じゃない、唯がいずみより強いのはわかるだろう? 唯がレディースからアイドルになったように様々な武道や他のスポーツからでもトップクラスを連れてきている、身体能力や素質はハッキリいって君達より上の者も何人もいるくらいだよ、その娘達が本気になれば十分な強敵になり得ると思う! ウチのファンにも満足させる結果を出すつもりだから心配はいらないよ」
カチン!
優太は國定道場格闘女子からそんな音が聞こえた気がした。
「ですわよね? 確かに、100人くらい居るんですからね、きっと骨のある人もいますわよ、受けません?」
「うむ……考えてみれば私が軽率だった、皆が練習を励んでいるのなら強敵にもなりうる」
「そうだよね、やろうよ」
「私はいずみちゃんとの試合の不完全燃焼もあるから是非とも受けるわよ」
ナディアが笑顔で提案すると、疑問を呈した本人である香澄はアッサリと折れて、琴名と涼も乗り気に話す。
思わず優太は苦笑い。
Pもわざと言った所もあるが、それが國定格闘女子の戦闘意欲に火を付けたようだ。
「よし、ありがとう……じゃあ試合形式はリングでのオープンフィンガーグローブ着用の総合ルールで構わないよね? 詳しい条件や対戦形式を話す前にそちらから何か希望があれば……」
「我々は格闘家だ、挑まれた勝負からは逃げない、条件は一つだけだ」
再び卓を叩き香澄はPを睨んだ。
「真剣勝負!!」
その通りと頷く格闘女子達。
その瞳は既に戦いを決めた戦士の瞳だった。
「わかった、もちろん演出の類いは試合には絡ませない……勝負は一ヶ月後、5対5の対抗戦にしたい! 先に3勝した方がもちろん勝ちだが、全試合執り行う形だ、その一週間前に対戦相手の決定を兼ねた記者会見などを行い、前日にもイベントを行うから君達の積極的な協力を要請する!」
Pは卓の上にバンと帯封の付いた札束を置く。
帯封の付いたそれは100万円だ。
「これはギャラとは別の対戦を呑んでくれた君達への謝礼だ、これで試合までの一ヶ月、格闘技の練習に集中してもらいたいと思って用意した、何に使ってもらっても構わない! では、また連絡するよ!」
そう告げるとPはサッと手を上げて立ち去っていく。
「あ……あの」
優太が止めようとするが、彼は風のように去ってしまった。
「よし、試合が決まりましたわ、これでこそ格闘家! 試合が決まってから試合までの期間は大好きですわ」
「やったぁ、ボクも頑張るよ」
「資金もあるし山篭もりでもするか、久し振りに」
「香澄、私も付き合うわ」
遠足が決まった小学生の様にはしゃぐ格闘女子達。
「ちょっと待って!」
優太が手を上げると全員が優太を見てくる。
「何よ? まさか道場主として認めないとか言わないわよね?」
「言わない、言わない、格闘家に試合を認めないとか俺が言える訳ないよ、ただ……」
「ただ?」
訝しげに首を傾げた涼に優太は素直な疑問を口にした。
「Pさんは5対5の対抗戦にする、って言ってたじゃないか!? 涼と香澄ちゃん、ナディアちゃんに琴名ちゃん、ウチの格闘女子は四人しかいないよ!?」
「そりゃあ、もちろん……」
「ダメだよ、今回の試合はあのPさんの様子からして普通じゃないよ、バラエティーじゃない」
涼の瞳が傍らの知里に向いたが、それは予想していたとばかりに首を振る優太。
しかし、そんな優太の反応こそ予想していたとばかりに涼は、
「冗談よ、誰がチーちゃんにそんな危ない事をさせるもんですか、相手がどういうつもりで5対5と言ったのかはわからないけど、こちらはこちらでキチンと伝はあるのよ」
と、立ちあがりおもむろにPが置いていった札束を手にとってナディア、香澄、琴名に振り返り……
「これは國定道場のこれからの沽券に関わる重要な対抗戦になるわ、これでアイツを連れてくるわ、いい?」
そう確認を取る。
涼に振られた3人は複雑な顔を見せてから、
「仕方があるまい」
「了解ですわ」
「しょうがないね」
各々の反応を見せながら賛成する。
「どういう事!?」
「さぁ?」
知里と見合う優太に涼は、
「実はここには優太のお爺様が認めた格闘女子がもう一人いるのよ、これからソイツを迎えに行くから、管理人として一緒についてくる事、いいわね?」
と、ウインクしてきたのであった。
続く




