第三話 本音の眼鏡
第三話 本音の眼鏡
「あー今日も暇だなぁ……」
リクトは雑巾掛けをしながら呟いた。
不思議アイテム屋の仕事は意外と地味である。
商品管理。
掃除。
接客。
棚卸し。
冒険者みたいに魔物と戦ったりはしない。
もっとも。
棚に並んでいる商品を見ると。
魔物より危険な気もする。
「リクト君」
美咲が声を掛ける。
「はい?」
「その箱開けないでね」
「なんですかこれ」
「開けると閉じるまでずっと踊る靴」
「なんで仕入れたんですか!?」
平和だった。
今日も平和だった。
その時。
カラン。
ドアベルが鳴る。
入ってきたのは一人の青年だった。
黒髪。
眼鏡。
知的な雰囲気。
ただし目の下に濃い隈がある。
「いらっしゃいませ!」
リクトが接客する。
青年は不安そうな顔をしていた。
「相談があるんです」
「はい」
「人が信じられなくて」
重い話だった。
美咲も近寄ってくる。
青年は名をクロードと言った。
小さな商会の経営者らしい。
部下もいる。
家族もいる。
友人もいる。
だが。
最近。
裏切りに遭った。
信頼していた人間に騙され。
大きな損害を受けた。
それ以来。
誰も信用できなくなったのだという。
「なるほど」
リクトは頷く。
気持ちは分かる。
裏切りは嫌なものだ。
クロードは続けた。
「相手が何を考えているのか分かれば」
「うん」
「もう騙されないと思うんです」
その言葉を聞いて。
美咲は店の棚を見回した。
「あった」
取り出したのは。
一つの眼鏡だった。
ごく普通の黒縁眼鏡。
商品名。
本音の眼鏡。
リクトは説明書を見る。
相手の本心が見える眼鏡。
「便利すぎません?」
「すごいよねー」
美咲も感心していた。
クロードの目が輝く。
「本当に?」
「多分」
「多分!?」
「今までそういう商品だったし」
「雑!」
だが。
この店の商品は本当に効く。
クロードは購入した。
金貨を支払う。
そして。
満面の笑みで帰っていった。
「助かりました」
「よかったねー」
美咲も手を振る。
カラン。
ドアベルが鳴る。
その日の営業は終わった。
数週間後。
クロードが再び店へやってきた。
今度は明るい顔だ。
「おかげで助かりました!」
「おお」
「どうでした?」
リクトが尋ねる。
クロードは嬉しそうだった。
「部下の不正が見抜けました」
「へぇ」
「取引相手の嘘も分かりました」
「おお」
「友人の裏切りも回避できました」
リクトは感心する。
便利すぎる。
「大成功じゃないですか」
「本当に感謝しています」
クロードは深々と頭を下げた。
そして帰っていった。
リクトも嬉しくなる。
また一人。
助かった人が増えた。
だが。
その数か月後。
再びクロードが来店した。
今度は様子がおかしかった。
痩せている。
顔色も悪い。
前回以上だった。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ」
声にも元気がない。
クロードはゆっくり椅子に座った。
「疲れたんです」
「仕事ですか?」
「人です」
そう答えた。
「人?」
「本音が見えるんですよ」
リクトは頷く。
商品の性能通りだ。
クロードは力なく笑った。
「面白いですよ」
「はい」
「皆嘘をつくんです」
「……」
「皆嫉妬するんです」
「……」
「皆誰かを嫌うんです」
リクトは黙った。
クロードの声はどこか乾いていた。
「家族も」
「……」
「友人も」
「……」
「恋人も」
沈黙。
「誰も綺麗じゃなかった」
その言葉が。
妙に重かった。
クロードは続ける。
「最初は便利でした」
「うん」
「でも」
テーブルの上へ眼鏡を置く。
「人と話す度に本音が見えるんです」
「……」
「褒め言葉の裏も」
「……」
「優しさの裏も」
「……」
「全部」
リクトには返事ができなかった。
クロードは最後に言った。
「知らない方がいいこともあるんですね」
そう言って店を出た。
カラン。
ドアベルが鳴る。
店内に静寂が残る。
リクトはぽつりと呟いた。
「難しいですね」
「そうだねー」
美咲も頷く。
少し考え込む。
それから昔を思い出したように笑った。
「でも」
「はい」
「私は知らない方が幸せなこと結構あると思う」
「例えば?」
「テストの点数とか」
「それは知った方がいいです!」
即答だった。
美咲は笑う。
店長も笑う。
店内はいつもの空気に戻った。
だが。
遠く離れた街では。
クロードが。
眼鏡を外せなくなっていた。
誰かを信じようとしても。
本音が気になってしまう。
笑顔を見ても。
心の裏が気になる。
優しさを向けられても。
疑ってしまう。
そしていつしか。
人と会うことすら避けるようになっていた。
もちろん。
そのことを。
店で楽しそうに働く二人は知らない。
今日もまた。
一つの商品が誰かの願いを叶えていた。




