12月17日、また間違えちゃった
火の練習を始めて、1週間くらいが経った。
今日は5人で一緒に帰ることになった。珍しく全員の予定が合ったのだ。
駅に向かって歩きながら、彩羽ちゃんが話を振ってきた。
「灯花、最近なんか変わったよね」
「え、そう?」
「うん。なんていうか、明るくなった?」
言われて、少し考えた。自分では分からないけど、そうなのかもしれない。
「火の練習、楽しいからかな」
「え~ほんとにそれだけぇ?」
彩羽ちゃんが首を傾げた。
「なんかイイことワルイことしてるんじゃないの~?」
「してないよ!」
イイこともワルイこともどっちも同じことを指していそうな聞き方やめてね。
「えっと……」
誤魔化しても良かった。でも、とも思う。もしかして今が話す「タイミング」なんじゃないか?
「……小学生の頃の話」
私は意を決して話し始めた。火の異才で人を傷つけてしまったこと。それからずっと、自分の火が怖かったこと。人と関わるのが怖くなったこと。
「環さんに話したら、『もう自分を許していい』って言ってくれて。それで、なんか……自分の火を、少し好きになれた気がする」
話し終えて、みんなの顔を見た。
環さんは何も言わなかった。でも私と目が合うと、少しその表情を和らげた気がした。
彩羽ちゃんは黙っていた。でもいつもの明るさはなかった。
詩織さんも黙っている。少し気まずそうだった。
早紀は――。
「……私も、同じこと言った」
早紀の声が低かった。
「え?」
「中学の時。灯花があの話をしてくれた後、私も言った。『灯花は悪くない』『自分を責めなくていい』って」
言われて、思い出した。確かに、早紀はそう言ってくれた。
「うん、言ってくれた。ありがと――」
「でも灯花は変わらなかった」
早紀が私の言葉を遮った。
「私が何を言っても、灯花はずっと自分を責めてた。自分の火を嫌いだって言ってた」
早紀の目が、私を真っ直ぐに見ている。
「なのに転校生が同じこと言ったら、灯花は変わったんだ」
その言葉が、胸に刺さった。
「早紀、違う、そういうことじゃ――」
「じゃあどういうこと?」
早紀の声が震えていた。
「私は何年も灯花のそばにいた。何年も、灯花の話を聞いてきた。でも私の言葉じゃ灯花は変わらなくて、転校生の言葉では変わるんだ」
「早紀……」
「私の言葉は、灯花に届いてなかったってこと?」
答えられなかった。
そんなことない、と言いたかった。でも、事実として私は早紀の言葉では変われなかった。環さんの言葉で変われた。
それは否定できない。
「……ごめん、今日は先に帰る」
早紀が足早に歩き出した。
「早紀!」
呼び止めようとしたけど、早紀は振り返らなかった。その背中が、あっという間に人混みに消えていく。
「……灯花」
彩羽ちゃんの声がした。振り返ると、彩羽ちゃんが私の腕に触れていた。
「大丈夫、ちょっと頭冷やせば戻ってくるよ」
彩羽ちゃんはそう言って笑った。でも、その笑顔がいつもより硬い。
「……うん」
「灯花ちゃん、あまり自分を責めないでね」
詩織さんも穏やかに言った。
「私……早紀に酷いこと……」
「酷いことじゃないよ。灯花は正直に話しただけじゃん」
彩羽ちゃんが私の背中を軽く叩いた。
「さきっちだって、本当は分かってると思う。ただ、ちょっと……感情が先に出ちゃっただけ」
「そうよ。早紀ちゃんも落ち着いたら、きっと大丈夫」
詩織さんも頷いた。
二人とも、私を気遣ってくれている。でも、何かが違う気がした。いつもと同じ言葉なのに、どこか距離を感じる。
駅に着いて、彩羽ちゃんと詩織さんと別れた。
「じゃあね、灯花。あんまり落ち込まないで」
「また明日ね、灯花ちゃん」
二人が改札に向かっていく。
環さんは、ずっと隣にいた。何も言わずに。
「……環さん」
「ん?」
「私、どうすればよかったのかな」
環さんは少し考えてから、答えた。
「灯花は悪くない。正直に話しただけ」
「でも、早紀を傷つけた。彩羽ちゃんと詩織さんも、なんか……」
なんか、いつもと違った。私を気遣ってくれてたけど、それでも。
「整理がつかないだけ。時間が必要」
「……そうかな」
「そう」
環さんはそれだけ言った。
私たちも改札に向かった。早紀はいなかった。たぶん先発の電車に乗って帰ったのだろう。
最寄り駅について自転車を押す。
分かれ道まで会話はなかった。
「また明日」
環さんが言った。
「……また明日」
私は自転車を漕ぎ出した。
涙が出そうだった。でも、我慢した。泣いたら、本当に取り返しがつかない気がして。
◇◇◇
その夜。
スマホが震えた。グループチャット――私と早紀と彩羽ちゃんと詩織さん、4人のグループ。
彩羽ちゃんからだった。
『今日のことなんだけど』
私は画面を見つめた。返信しようとして、指が止まった。
何を言えばいいか分からない。
しばらくして、早紀からメッセージが来た。
『灯花』
早紀からだった。
『さっきはごめん。感情的になった』
早紀が謝ってる。
『ううん、私こそごめん。早紀の気持ち、考えてなかった』
送信した。
しばらく、誰からも返信がなかった。
そして。
『灯花は悪くないよ』
彩羽ちゃんからだった。
『でもさ、正直に言うね』
続けてメッセージが来る。
『私もちょっとショックだった。灯花がそんな大事なこと抱えてたの、知らなかったから』
胸が痛くなった。
『私たちには話してくれなかったのに、花輪さんには話したんだなって』
私は画面を見つめた。何て返せばいいか分からない。
『ごめんね、責めてるわけじゃないの』
彩羽ちゃんが続けた。
『灯花が誰に何を話すかは灯花の自由だし。でも、正直な気持ちを言わないとなんかちょっと変な感じになりそうだったから、言っちゃった。ごめん』
詩織さんと早紀からはメッセージが来なかった。
私は震える指で文字を打った。
『ごめんね。みんなのこと、信頼してないわけじゃなかったの。ただ、話すタイミングがなくて……言い訳だけど』
送信した。
『分かってる』
彩羽ちゃんから返事が来た。
『灯花が私たちのこと信頼してないとか嫌いだとかそういうのじゃないのは分かってる。大丈夫』
『うん。分かった』
私はそう返した。
それ以上、誰からもメッセージは来なかった。
早紀は怒っちゃったし、彩羽ちゃんもショックを受けてる。詩織さんは何も言わなかったけど、既読の数からして、メッセージを見てはいる。
そのうえで何も言わないのは、たぶん詩織さんもショックだったんだろう。
スマホを枕元に置いて、天井を見つめた。
そっか。みんなを傷つけちゃった。
また、間違えちゃった。
◇◇◇
チャットを見ていた。
彩羽が灯花に正直な気持ちを伝えている。
詩織は何も言ってないけど、既読の数からして見てはいるのだろう。
私は何も言えなかった。
さっき謝った。「感情的になった」と。
でも、本当は謝りたくなんかなかった。
私の言葉は、灯花に届いていなかった。
何年も灯花のそばにいた。何年も灯花の話を聞いてきた。何年も、灯花を支えようとしてきた。
でも、私の言葉では灯花は変わらなかった。
転校生の言葉で、灯花は変わった。
それが、どうしようもなく悔しい。
私は灯花の何だったんだろう。
灯花にとって、私の存在って何だったんだろう。
スマホを閉じて、ベッドに横になった。
明日、灯花に会ったら、どんな顔をすればいいか分からない。
普通にしていられる気がしない。
でも、避けるわけにもいかない。
私は。
私は、灯花のことが好きだから。
だから、こんなに苦しいんだ。
◇◇◇
チャットを閉じて、ベッドに寝転がった。
正直に言った。言いたいことは言えた。
でも、全部は言えなかった。
「環さんには話したのに、私には話してくれなかったのが寂しい」
それは本当。でも、それだけじゃない。
灯花が環さんのことばかり見てる。
灯花が環さんと二人で過ごす時間が増えてる。
灯花が環さんに心を開いてる。
私の入れない場所に、環さんがいる。
嫉妬だ。
恋愛感情からくる嫉妬だ。
分かってる。分かってるけど、認めたくない。
認めたら、もう友達のふりができなくなる気がするから。
私は灯花の友達でいたい。でも、友達以上になりたい。
その二つの気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざってる。
どうすればいいか、分からない。
◇◇◇
スマホを閉じて、窓の外を見た。
月が出ている。冷たい光が、部屋に差し込んでいる。
何も言えなかった。場の空気を和らげるような言葉も、大丈夫だよという言葉も。
灯花ちゃんが花輪さんに心を開いた。私が1年半以上かけても開けられなかった扉を、花輪さんは2週間で開けた。
早紀ちゃんは「私の言葉は届いていなかったのか」と言った。
私も同じだ。
私の言葉は、灯花ちゃんに届いていなかった。
本の中から見つけてきた美しい言葉。物語から借りてきた優しい言葉。
そして――灯花ちゃんのおかげで、持てたと思っていた自分の言葉。
それらは全部、灯花ちゃんの心には届かなかった。
私の言葉には、力がない。
私には、灯花ちゃんを救う力がない。
花輪さんの言葉には灯花ちゃんを救う力があったのだろう。私にはない力が。
その差は何なのだろう。
花輪さんは灯花ちゃんと同じ、火の異才を持っている。同じ痛みを知っているのかもしれない。
私には火の異才はない。灯花ちゃんの痛みを、本当の意味では分からない。
だから、私の言葉は届かなかったのだろうか。
分からない。
分からないことが、こんなにも苦しいとは知らなかった。




