ルーク②
「お礼をしたいのだけど、さっきので手持ちのお金が無くなってしまったわ。少しだけ私に付き合ってもらえないかしら?」
柔和な笑みを浮かべながら彼女はそう言った。先ほどまで気にしていなかったが傍らに控える犬がすくッと立ち上がった。
「俺は当然のことをしたまでです。その気持ちを持ってくれただけでもありがたい」
「それじゃダメだわ。だって私の気持ちが済まないもの。私の自己満足なのだけど付き合ってくれない?それに私のバッグを取り返そうとしてくれたのはあなただけだった。あなたの行動は尊いものだったのよ」
小首をかしげ指先を合わせる。そんな姿にどきっとさせられるが何とか平常心を保つ努力をする。
それと同時にこう思った。
彼女は人に愛されるための自分の見せ方を知っているのではないだろうか、と。
自分がどんな行動をすれば人に好かれ、逆に嫌われるのか。それは彼女の目が見えないという理由が関係しているであろうことは容易にわかる。
それは目が見えないことよりも辛いことだろうなと考える。
「そうか、そこまで言われるならば感謝を受け取らぬほうが失礼だ。あなたに付き合うことにしますよ」
「ありがと」
そう言うと俺と盲目の少女は傍らに控える犬に案内されながら歩き出した。人通りの多い場所を抜けすれ違う人も徐々に少なくなっていく。窮屈に配置されていた建物もすでに見えなくなっていた。
「そう言えば、私、あなたの名前を聞いていなかったわ!今更だけれど聞いてもいいかしら?」
「ああ、そう言えば名乗っていませんでしたね。俺の名前はルーク。しがない冒険者です。私も知りたいのですが、あなたの名前は?」
名前を聞くというのはなんだか緊張する。それも異性で、とびきり美しい少女に聞くとなると余計にだ。それを誤魔化すように右手で後頭部を強く掻いた。
「私の名前はアナシスタ。アナって呼ばれてるわ。あなたもそう呼んで。私はあなたのことをルークって呼ぶから。隣にいる子はジーク。賢くてかわいい子よ」
「それなら俺もそうよばさせてもらうよ」
「あといくつも注文をして悪いけど、そんな堅苦しい言葉つかわなくていいわ」
「そうか?それはありがたい。あまり教養は受けてなくて敬語は苦手だったんだ」
「そう思えないほど立派な言葉遣いだったわよ」
アナシスタは口元に右手で隠してくすくすと上品に笑う。
貴族のような所作に彼女は身分が高い生まれなのかと疑ってしまう。
だが来ている衣服、靴、爪先などを観察してみるに貴族である可能性は低そうであった。
よくて商人の娘といったところか。
そんな余計なことを考えながらアナシスタと会話していると少し離れた場所に小さな建物が見えた。
帝都で見た建物と比べて本当に小さく、派手さもない木造建築物であった。
そこへ向かって真っすぐに進む。おそらくそこが目的地なのだろう。
たどり着くとジークは玄関前に立ち止まった。
アナシスタはたどり着いたことを理解したのか手を前にしてふらふらと何かを探す。
ドアノブに触れたと同時に腕の動きを止める。パッとドアノブを捻り玄関ドアを開いた。
「どうぞ中に入って。もてなしたいから」
「あ、ああ」
殆ど警戒心を抱いていない様子の彼女に動揺してしまうが俺はアナシスタの言うとおりに家の中にお邪魔した。
中は埃一つ落ちていない。きれいに掃除してあった。
しかしこの家は生活感がなく、毎日ここで暮らしているような痕跡がなかった。
「ここは別荘みたいなものよ。とはいっても小さなものかもしれないけど。私の父さんが作ってくれたの」
「いや、これはすごいな。俺の故郷でも見ない様式の建物だ。規模とかそういう問題じゃなく、美しさを感じる」
「うれしいことね。それを父さんが聞いたら喜ぶと思うわ」
アナシスタは壁に手を当てながら家の中へと進む。
やがてリビングらしき場所にたどり着くと、椅子を引いてこういった。
「ここに座って待ってて」
彼女はすぐにお湯を沸かし始めた。見えていないはずだがこの家のことをしっかりと把握していた。俺は何か手伝おうと声をかけてみたものの、断られてしまった。
「どうぞ、紅茶とお菓子よ」
「ありがとう」
用意された二つの紅茶とお菓子。
すぐにアナシスタも席に座って紅茶の入っているカップに手を付ける。
俺もつられる様に紅茶を飲んでみた。
「おいしい……」
ポロリと言葉が漏れ出た。程よい甘さが口の中に広がる。
いままで飲んだ紅茶の中で一番のおいしさであった。
「ふふっ、でしょう?今までたくさん入れてきたから自信があるの」
「なるほど、それは美味しいわけだ」
二人の間で談笑が始まる。
「なんだかルークとは話しやすいわ。心がきれい……」
後半のほうは声が小さくてよく聞こえなかったが最初のほうについては同意見だ。
アナシスタと会話しているだけなの心が弾んでしまう。
「俺も話しやすいって思うよ」
「なら、また私に会いに来てくれないかしら?暇だったらでいいの」
「ああ、毎日でも来させてもらうよ」
どういう経緯なのかこの後になってもわからないが、俺とアナシスタの交流はこの時から始まった。




