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アナシスタ

 盲目の少女アナシスタ


 私は父さんと母さんの顔を見たことがない。

 それは私の目が生まれつき光を写さないからだ。


 とは言うものの、そもそもの話、物心つく頃には母さんは私のそばにはいなかった。

 いたのは今も尊敬する父さんだけだ。男手一つで私を育ててくれた父さんはいくつになっても感謝している。目が見えない私の為に仕事から、家のことまで奔走し続けるのだ。感謝するのは当然のことだと思っている。


 忙しない日々を送る父さんに私はこんなことを言ってしまった。


「私がいるから父さんは再婚できないの?」


 帝国で有名な父さんは至る所で噂が立っている。

 あのお方はなぜ再婚しないのだろう、と。

 魔術の才に恵まれ、容姿も整い理知的である父さんは30を越えても再婚することはなかった。


 目が見えない私がいるからじゃないかという噂もたっており、子供だった私は不安を口にしてしまったのだ。

 そんなときの父さんの答えはこうだった。


「それは違う、アナ。父さんは今でも死んでしまった母さんのことが好きなんだ。だから再婚しない」


 嘘だ。そう思った。

 私は生まれつき本当か嘘かを見破る能力に長けていた。

 これは誰にも言ったことがない特技だった。尊敬する父さんにでさえ。気味悪がられるんじゃないかと思って言う機会を失ってしまったのだ。


 そして私は父さんが言った言葉の嘘をたやすく見破ることができた。

 おそらく、母さんは死んでしまったわけじゃないはずだ。きっと私の目が見えないことが分かったからか私を見捨てたんだろう。ただ、父さんだけは私を見捨てなかったんだろう。

 多分二人は離婚したんだ。


 そう思うと涙が溢れそうになってくる。自分が他人を不幸せにする。

 自分が苦しい分はいいけど、他人を苦しめるのは嫌いだ。


 だけど、私は父さんに嘘を見破ったことは言わない。

 私のことを庇ってくれていることに気付いてそれを受け取らないのは失礼だと思ったから。


「そうなの…」


 声のトーンが少しだけ暗めになった。自分の失敗を悟り、話題を変えようと試みるけれども急には思いつかない。

 その間のうちに父さんは続けていった。


「本当に父さんは結婚しようとは思ってない。今の生活が幸せだから」


 そのときの父さんには嘘の色は見えなかった。全て本心から話しているようで、ジワリとくる温かみを感じる。

 心臓がドクンとはねて安心する。

 私は此処に居てもいいんだと認められているかのようだった。




 父さんは仕事のために帝城へと向かった。

 今の父さんは魔術師団にて史上最年少にして魔術師団大隊長に任命されている。

 圧倒的才覚により、名声は帝国中に知れ渡っている。


 朝から、父さんはそんな重役を務めているわけだけども、私は家でセーターを編んでいる。

 やっていることに差がありすぎる気がする。私がいなくてもこの仕事は無くなることなんてない。

 でも父さんは、


「誰でもやれる仕事は、確かに存在する。でも誰かがやらないといけない。口だけで誰でもやれるとかいう人はただ世間を知らないだけだ。アナのやっていることは何と言おうが立派なことだ」


 私のやっていることに評価してくれる。私の頭を撫でながら優しげな声で。

 それに父さんは私の目がハンデになっていることになかなか触れない。

 目が見えないなりによくやっているとは言わない。

 その言葉のほうがより傷つくということが分かっているんだろう。


 そんなちょっとしたやさしさに目尻が下がる。


 そして今日もセーターを編み続ける。


 もう古くなったレコーダーで音楽を流し、犬のジークを横に座らせて丁寧に作っていく。

 手で作り物が不格好になってないかを確認しながら。


 色の判別ができないときはジークに判別してもらう。

 赤、と言えば毛糸の先端を咥えて手元までもってきてくれる。父さん曰く、匂いで判別しているらしい。

 この犬、万能過ぎじゃないかしら?

 そう思うときもあったけれども、今では慣れてしまった光景だ。



 緩やかに流れるメロディーと共に時も流れていく。

 正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


「お腹、すいてきたわ」


 午前中はずっと動かずに手を動かしていただけなのに不思議とお腹はすく。

 慣れた手つきで軽い昼食を作り、口に運ぼうとする。

 その時に外から来客の音がした。


「アナ、いるかい?」


 気の弱そうな男性の声が聞こえてくる。

 ああ、あの人ね。

 誰が来たのか察しがついた私は重い足取りで玄関先まで移動した。ジークも私の後をついてくる。


「ようこそ、いらっしゃいました。ミリアム様」


 煌びやかな装飾を全身にふりかける伯爵家の長男がやってきた。

 声同様に顔も優しげな雰囲気がある。線は細く頼りなさが滲み出ている。


 実を言うと、私はこの人が苦手だ。目が見えないけども、私の心の瞳はこの人の黒い靄を映し出しているのだ。謎の怖さがある。

 ジークも唸り声をあげており、警戒した様子だった。


「ありがとう、アナ。今近くに寄ってきてね。顔を出しに来たんだ。そう!一緒にお昼でもどうかなと思ってね」

「ご厚意はありがたいですが、ちょうど今昼食を食べているところでして」

「そうか、前回も誘えなかったから今回こそはと思っていたのだが。また来るのが遅かったか」

「申し訳ありません。また機会があれば……」


 何とか顔には出さないように対応する。父さんに迷惑を変えてはならないと思っている私はミリアムという男の機嫌を損なわぬように、そして私も今回のことを断れるように。

 言葉を選びながら、話を続ける。


 そうして20分ほど玄関先で雑談したところ、彼はずこずこと帰っていった。

 素直に帰ったことと家の中に入ってこなかったことにホッと一息をつく。


 ダイニングに戻った私は昼食を再開する。すでに冷めているようで本来の味を失っていた。


 気を落とした私は気分転換を図るために何をしようかと考える。


 そうしてはっと思いついたことが、帝都から少し離れた場所にある別荘に行くということだ。そこは自然が隣にあって心が落ち着く。

 そこで編み物もしよう。


 早速行動に移し、ジークを連れてその場所まで馬車と徒歩で向かうことにする。

 父さんを心配させないように別荘に行くことを紙に書き記して目立つ場所に置いておいた。


「よし、これで準備万端だわ。行きましょうジーク」


 この先、運命を変える出会いがあるなんて


 今の私は想像にもしなかった。

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