ラジオ3
慎太郎は彼女が結婚すると人づてに聞いてから、毎日ラジオへのリクエストハガキを書いた。
結婚するって聞きました。
ずっと好きだったのに、恋人になれて嬉しくてたまらなくて、でも一緒にいられる時間が少なくて、いつの間にか嫉妬で心が埋め尽くされてしまいました。
あなたの笑顔を見ていられるだけで幸せだったはずなのに……
自分から手離したこと、ずっと後悔していました。
今でも……
結婚おめでとう。この曲を、あなたに……
幸せになってください。
~今日のリクエスト曲ですが、実はですね、このラジオネーム『シン』さんからは毎日ハガキが届いていまして、となると、かけないわけにはいかなくなるわけです。想い人が結婚するということで、ハガキを読ませていただきます~
こうして慎太郎のハガキは読まれて、リクエストした『ジュリエットのために』が『幸せになってください』の言葉のあと、流れた。
ハガキが読まれ、曲がかけられた時、慎太郎はこれで彼女に気持ちが届いた。そう思った。何の根拠もなかったけれど。
それから十日ほど経った日に、いつものように寝る直前までラジオをかけていた慎太郎は、そのラジオの中でパーソナリティーが言った言葉が耳を捉えた。
~十日ほど前にジュリエットのためにをリクエストしてくれたシンさん、聴いてくれていますか?こんなハガキが届いたので、読ませてもらいます~
仕事疲れでそろそろ瞼が落ちそうだった慎太郎はそれが耳に届き、えっ、俺か?と思い目を見開いた。
~シンちゃん、元気ですか?私もずっと、シンちゃんを想い続けていました。シンちゃんの心が離れたと知ってからも、ずっとです。でもなんとか立ち直って、プロポーズを受けました。遅いのかな?それとも間に合ったのかな?わからないけど、ありがとう。幸せになります。とのことです。それではリクエスト曲、『ジュリエットのために』です~
眠気など一気に吹っ飛んだ。彼女も自分を想い続けていた?なんということだ……なんてこった。なんでこんなことになった。慎太郎は「ドキッてしちゃった」と言った彼女を思い浮かべ、溢れてきた涙を抑えきれず、慟哭した。
「じいちゃん?」
「ああ、昔な、一度だけリクエストした曲がかかったことがあったなぁ。何て曲だったかなぁ……もう、忘れたなぁ」
「じいちゃんさ、またリクエストしてみたら?今はメールでリクエストできるから、携帯があればベットからもリクエストできるよ」
「そうか、それもいいなぁ」
それもいいな。ラジオもただ流しているより、リクエストしてみたらいつかそれがかかるかもしれないと、聴く張り合いにもなるかもしれないな。
「雅紀、お前たちいつまでいるんだ?」
「今夜は泊まるよ。明日帰るって言ってたけど」
「そうか、お前、明後日まで泊まれんか?」
「なんで?まあ、俺は別にいいけど、母さんたちがどうかな……聞いてくるよ」
「そうしてくれ。それから亮太郎か芙美さんを呼んできてくれ」
同居している長男夫婦だ。携帯のことはばあさんよりこの二人に頼んだほうが話が早いだろう。
慎太郎は身体を起こした。不思議と抜けていた力が戻ったような気がする。
「じいさん、なんか用か?」
「ああ、お前明日携帯買って来てくれないか?ちょっと使いたいんだ。使い方は雅紀に教えてもらうからいい。ただ買って来てくれ。メールができるやつで、一番安いのでいいから」
「なんだ、入院した時に連絡用に持てってあれほど言ったのを断ったくせに、どういう風の吹き回しだ」
「まあまあいいじゃないか。携帯だ。使ってみたいんだ」
「じいちゃん、母さんたちは明日帰るっていうけど、俺が泊まるならまた迎えに来るってさ。どうする?泊ったほうがいい?」
「おお、雅紀悪いな。なんかじいさんが頼んだみたいだな」
「ううん、いいよ。どうせヒマだし。伯父さん、俺、明日も泊まらせてもらうよ」
「おお、いつまででも泊まれ。ばあさんも喜ぶ」
そうして慎太郎は携帯を手にして、雅紀からの手ほどきで電話のかけ方、メールのやり方、そしてラジオへのリクエストの手ほどきを受け、早速リクエストをしてみた。雅紀の手前、差しさわりのない文章をひと言付け加えてだ。
「じゃあさ、『シン』ってラジオネームの人のリクエストがかかったら、じいちゃんだね」
「雅紀はなんだ?なんてラジオネームつけてるんだ?」
「あ、俺は『マッキー』だよ。お互いリクエストかかるといいな」
「そうだなぁ、楽しみだ。それにしても便利な世の中になったもんだ。昔はハガキを買って来て、一枚ずつ手書きで書いて送ったもんだが、今はこんなに簡単にできるんだな。いい世の中になったもんだ」
「じいちゃん、そのいい世の中にじいちゃんだっているじゃん。楽しまなきゃ」
雅紀の言葉はただ息をしているだけになっていた慎太郎を奮い起こした。そのいい世の中に自分はまだいる。だから楽しまなきゃ……か。