ラジオ1
~はい、それでは今夜のラストは、ラジオネーム『マッキー』さんからのリクエストで、ワンナイツの『桜散る朝』です。夜なのに朝のタイトルとはこれいかに。ということで、みなさま、よい睡眠を~
「よっしゃーーー」
曲が始まるより早く、桜木雅紀は握りこぶしにした右手を天井に向けて振り上げた。これでリクエスト曲がかかるのは何度目だろう。
雅紀がラジオを聴くようになったのは、中学3年生の受験勉強の頃だった。勉強がなかなか進まず、夜はどうしてもスマホをいじったりしてしまう話を学校でしている時、「俺はラジオ聴きながらやったりするよ」そう話す向井和人と、和人の聴いているラジオ番組の話になり、いっちょ聴いてみるかと早速その夜聴いてみた。ラジオパーソナリティが曜日ごとに代わるだけで、毎晩やっているその番組を初めて聴いたその夜、ラジオネーム『向かい合わせ』という人物のリクエストがかかったときスマホが鳴り、「聴いてる?」「聴いてるよ」「今の向かい合わせ、俺なんだ。俺がリクエストしたやつなんだ!初めてリクエストがかかった」そう話す和人の興奮が伝わって、それがものすごく羨ましく思えて、和人から手ほどきを受けて、雅紀もリクエストをするようになった。もちろん、『マッキー』が雅紀だと和人も知っている。
ラジオを聴きながらの勉強って、実際どうなんだと思わないわけでもなかったが、自分は音がある方が逆に集中できるほうかもしれないというのは、次のテストの時に気付いた。点数がだいぶ上がったのだ。考えてみたらラジオは聴いているようでいて、興味のある部分しか耳に入っていないような気がしていた。
雅紀のリクエストがはじめて採用されたのは、家族で雅紀の高校の合格祝いをした夜だった。同じ高校に明らかに余裕で受かった和人からも、『祝・リクエスト』とラインが来た。
受験勉強は終わったが、雅紀は続けてそのラジオ番組を聴き続けたし、リクエストも送り続けた。二度目三度目があり、そうして自分のリクエストがかかるというのは、ちょっとした中毒みたいなもんだと思った。テレビでも活躍する有名なお笑い芸人やタレントが自分のリクエストメールを読みリクエスト曲をかけてくれるというのは、その芸能人たちをテレビで目にするたび、この人は自分の存在を認識しているんだという、ちょっとした特別感を雅紀に与えてくれていた。
そして高校二年生の夏休み、雅紀は母親の実家へ一緒に帰省することになった。中学二年生の時までは毎年帰省していたのだが、受験やなんかで三年ぶりの帰省になったのは、祖父の具合が悪く、できるだけ顔を見せにということからだった。母の実家とはいえ、同じ県内ということもあり、行き来のできる距離であったため、両親は休日には出かけて行ったりしていたが、高校生にもなる雅紀には気安く行きたいと思えるほどの心を寄せる場所ではなかった。苦手とかそういうことではない。ただ、心の距離の問題だ。
母の実家で親戚が集まると、祖父はいつも機嫌よく酒を飲んでいた。飲み過ぎて孫に絡むもんだから、いつも祖母に叱られて、ぶつくさ言いながら寝室に連れていかれていた。
その祖父が、酒も飲まずに部屋のベットに寝ている姿は異様に見えた。これは誰だ?見たことがない人だ。そう思えるほど、祖父は痩せていて、顔の肉は既に削ぎ落とされ、その姿は雅紀に恐怖を植え付けた。
お祖父ちゃん、死んじゃうのかも。
身近に死というものを経験したことがなかった雅紀には、遠くにあった死というものを、初めて身近に感じた瞬間だった。
「雅紀、そこのラジオ取ってくれ」
サイドボードの上にあるラジオ手を伸ばすと、周辺にあるいくつもの薬袋が目に入った。お祖父ちゃん、こんなに飲んでいるんだ。そう思うと不思議な感情が込み上げてきた。普通に吸えていた空気が重苦しく感じた。これが胸が詰まるという感情なのか?
「じいちゃん、ラジオ聴くんだな。俺も毎日ラジオ聴いてるよ」
「そうか、雅紀も聴いてるか。何を聴くんだ?」
「俺は昼間は学校に行ってるだろ。だから夜の番組をよく聴くよ。イントゥドリームとか」かな。
「そうか、じいちゃんも時々聴くな。ずっと寝てるだろ、夜、眠れない時には流しているよ」
「えっ、本当?俺、何度かリクエスト流してもらってるよ。じいちゃんも聴いたかもしれないな」
「そうか。リクエストか……じいちゃんも昔、リクエストがかかったことがあるなぁ。懐かしいなぁ。リクエストがかかったときは嬉しくてなぁ、ドキドキしたもんだ」
「そうだよね、俺も初めてかかった時はすごく嬉しかったよ。じいちゃん、何て曲をリクエストしたんだ?俺も知ってる曲かな?」
「じいちゃんはなぁ……