死神と踊る
爆音と土煙が立ち上る、それが戦いの開始を示す合図であった。
スノウホワイトは家屋の壁を蹴り上空へと舞う、狙うは1点…ヤツの首
ガキンッ!
剣が硬い鋼に弾かれるかのような重い音。嫌な音だ、スノウホワイトはこの手の音にいい思い出が無い
(硬いな…肉体全てを覆うような黒い鱗、マトモな手段では貫けないだろう…破穿星魔印で刺し貫いても良いが、アレは少しタメが要る)
破穿星魔印はスノウホワイトが持つ6つの戦闘装備のうちの1つ。強力な貫通力を有する星魔印兵器であり、本来は槍の穂先や砲弾の弾頭に搭載するべき印だが彼女は技師に無理を言って剣の切先に刻んでいる
「どうしたものかしらね…」
その黒い獣は尾を薙ぎ払うようにしてスノウホワイトを攻撃する。地を這うように姿勢を低くして回避
スノウホワイトは近接戦闘を主とする勇者である。頑強な彼女に下手な攻撃は意味を成さない、避けるまでもない…はずだがスノウホワイトは黒い獣の尾を避けた。そしてその直感が正解であることを示すように、彼女の後ろで街路樹が薙ぎ倒される
否、爆ぜるように吹き飛んだ。何本もの街路樹が吹き飛び、爆風と折れた木々に巻き込まれた家屋が破壊の音を奏でる。
スノウホワイトは少し驚く、折れていない街路樹も衝撃でえぐられ、幹の中が丸見えである
魔獣にも個体差があるとは言え、ここまでの破壊力を持つ2等級は聞いたことがない。
『これは少し報告が必要だな』そう思い、波長をネグルラの通信魔印に繋ぐ
「ネグルラくん、残るはボスだけなんだけどさ。コイツが予想以上の破壊力で…真正面からやり合っても良いけど、このままだと村が破壊され尽くされかねない。」
ネグルラは走りながら話す。通信魔印に風切り音が入っているかもしれないので少しだけ大きな声で伝える
「ソレは勘弁願いたい。辺境とはいえ帝国領土だ、何かあったら上の連中がここぞとばかりに俺を糾弾しかねない」
ネグルラは目の魔印を起動させ、残りの距離を測る
「そっちに到着するまで残り2分…ってところだな、足止めの魔術は大量に有るからな。それまで上手く立ち回ってくれ」
「無理を言ってくれますね。だが善処しましょう、これが良き世の到来の第1歩となることを信じて私も戦いますわ…」
胡散臭くて敵わないが、勇者の凄まじさは痛いほど分かる。ネグルラは彼女を信じることにした
雪面を滑るようにして下る。斜面なので走行に勢いがつく、当初の予定よりも早く着きそうなのは不幸中の幸いだろう
ネグルラの頭の中に少し思考の余裕が出てきた。その余ったリソースは勇者スノウホワイトに関する考察に割かれる
(それにしても、アイツはんなんなんだ?スパイにしては不用心すぎる。というかスパイ活動を行えるタイプには思えない…まぁ、なんとなく狙いは分かるが)
彼女はおそらく、魔族ないし皇都に不信感を持つ自分を人類の側、つまり連合国側に引き込みたいのだろう。一人でクーデターを起こすのは絶対に不可能だ、魔界に不信感を持つ者たちで構成された組織が欲しい。
状況としては願ったり叶ったりではあるが、色々と問題があるだろう。
だが、ネグルラは妙案を思いついた
(少し、大胆な行動に出るか…)
だが、今考えることではないと思考を中断させる。ようやく村が見えてきた
スノウホワイトは上手く戦っていた。なるべくコンパクトに、尾を使わせないよう真正面を集中攻撃しているようで魔獣は自らの切り札を封じ込まれていた
(上手いな…尾の攻撃を封じるだけでなく、ヤツを中央の広場に誘導もしている…)
なかなかできることでは無い。暴力で全てを真正面から解決する脳筋のタイプだと思っていたが、以外にも器用なことをする
「勇者スノウホワイト!足止めをすれば良いんだよな!?」
俺は家屋の瓦礫から1枚の板材を拝借し、そこに刻印星筆で幾何学模様を描く。
「ええ、期待しているわよ」
笑いながら黒トカゲの猛攻を躱し続けているようだ、もはや恐怖さえ感じる
俺が今から描くのは星魔印を何重にも重ねて出力と効果範囲を底上げした星魔印の集合体「星画」、これを短時間で仕上げる。
今まで何千、何万と描いてきた星魔印…
それを俺は失敗を恐れず何度も描いてきた。
努力が裏切らないことは誰よりも俺が知っている
「軍部で下っ端のとき、めちゃくちゃコキ使われたからな…術式はちゃあんと勉強させて貰ったぜ…」
定規や設計図も無しに、俺は自分の胴体程の大きさのある長方形の板材に幾重にも重なる線を描く。
迷いや恐怖は無い、魔族達と違い星魔印は真摯に向き合った技師に嘘を付かない
「よし、いい子だ…」
印を何重にも重ねた星画を完成させると、ソレはまるで挨拶をするかのように光って見せた。
スノウホワイトに向かって叫ぶ
「来い!スノウホワイト!!」
命令は短く端的に、諜報部の長であった俺は誰よりもその重要性を知っている
「ええ、喜んで」
小っ恥ずかしいことを呟いてから彼女はこちらへ走ってくる。それを追いかけるよう迫る黒い巨影が1つ
俺が描いた星画の効果は言うなれば設置型のシビレ罠だ。コレは容赦なく肉を灼き、痺れさせ動きを止める。ソレは2等級の魔獣であろうと例外では無い、それだけの代物
(ミスれば俺は死ぬ…スノウホワイトは無事だろうがな…)
そんな結末は嫌すぎるので狙いを定め、足へ板材を投げ込む。
すると落雷のような轟音と共に紫の雷撃が黒トカゲの身を灼き、裂き、ひび割れる。
魔炎電撃型閃通地雷_______
帝国の開発した兵器の一つだが、10年以上前に友軍を十数人ほど吹き飛ばした事件が発生したことをきっかけに封印された技術。
黒い鋼は黒くひび割れ、肉も骨は炭化して炭となった。我ながら恐ろしく思う
「インク切れだな…流石に使いすぎた」
調律に必要な特殊インクを入れる瓶の中身が空になっていた。かなり手痛い出費だが、星画を描くにあたり覚悟はしていた
「流石だね…!連合国が君を恐れる理由が分かった気がするよ。私が居なくても勝てたんじゃないかな?」
「無理に決まってるだろう。調律してる最中に頭食われて終わりだ」
スノウホワイトは少し興奮気味に俺に話しかけた。冷静に装ってはいるが内心驚いている。さっきまで2等級の魔獣と複数の魔獣を単騎で相手取っていたとは思えない程の余裕だ
「そりゃどうも、んで?生存者は…?」
「たぶんゼロだね。家屋の中はもちろん地下の人間も喰い漁られた形跡があるわ」
スノウホワイトは笑みを消して淡々と話す。こうした場面でヘラヘラするヤツは論外だが、落ち込みすぎるようなヤツも対応に困るのでこれくらい冷静で淡々としてると俺も助かる
「そうか、この戦いに意味は無かったんだな。バカバカしい、俺はいつもこんな風に正義を空回りさせるんだ。拾った命はたしかに多いが、拾い損ねた命の数はその倍以上あるだろうよ」
言い終わってから気づいた。半ば無意識で、懺悔をするかのように俺は人類の希望たる勇者に語りかけていたのだ。
「……あー、今のはなんというか…」
振り返ると、スノウホワイトは何を言うでもなくじっと俺のことを見つめて話を聞いていた。
「君は偉いね。そこまでのモノを失ってもなお、前に進もうとすることができるのか…」
スノウホワイトはそっと俺の手を握る。白く細い女性らしい手だが、手のひらには剣士によくある特殊なマメがある
「やはり私は君が欲しいな…君ならきっと魔界を統一し『戦や差別の無い泰平の世』を…」
スノウホワイトは言いかけて止まった。俺が「どうした」と声をかけると
「いや、私のかつての友人が夢見た世界…と言うべきか」
「…あぁ、言われずとも作ってやるよ。その『泰平の世』とやらをな」
言及はしない。それは俺のような部外者が触れていいモノでは無い気がしたから
俺はスノウホワイトの手を再び取り、先ほど思いついた妙案を口にする
「スノウホワイト、魔族の俺は今日ここで死んだ。だから今から人間としてお前らの側に付くことにするよ」
その後、スノウホワイトが唖然として何も言葉を紡げなかったことは言うまでもない




