第55話 ダンの選択
「よう、ダン! また出世したそうじゃないか!」
聖エハド教会の本拠地、ベイト・エル聖国の騎士訓練場で剣の鍛錬をしていた俺に、同期の男が話しかけてきた。
「まあな。でも、たまたまさ。運良く敵の大将がポカをしてくれたから勝てただけさ」
「またまた、謙遜なんかしちゃって。お前は俺たち同期の期待の星だよ!」
10年前の俺は、聖エハド教会に所属する騎士だった。と言っても、マラアフのような特別な騎士だったわけではない。
聖エハド教会の運営は、最終的にはトップである五光議会が決定するが、大抵のことはその下にいる枢機卿たちが決定する。その決定に基づいて、教会に所属する騎士たちが各国に派遣される仕組みだ。
「今度は、どこに派遣されるんだ?」
「マルクド帝国だ。ケルート王国が帝国に戦争を仕掛けているんだそうだ」
「帝国の南側にある小国だな。あそこは昔から反教会派がトップに就いてるからなあ」
「今回、初めて中隊を任されることになったんだ。……緊張するよ」
「おっ! マジか! ……じゃあ、あの噂も近々本当になるかもしれねえな」
当時の俺は、いろんな国に派遣されていた。まあ、頭はからっきしだったが、剣の腕だけはあったもんで、派遣先ではそれなりに戦果も上げていた。自分で言うのもなんだが、近いうちにマラアフになるかもしれねぇ、なんて話も出ていた。
「何をしている」
俺が同期と話をしていると、後ろからそう声をかけられた。振り返ると、そこには肩まで伸びた銀髪を自然に下ろし、淡い琥珀色の瞳を持つ、端正で気品のある男が立っていた。
「ディナエル先輩」
「訓練場でのおしゃべりは騎士の品格を損なうぞ」
「申し訳ありません」
俺と同期が頭を下げると、先輩は俺たちを冷たく一瞥し、そのまま去っていった。
「……先輩、お前に嫉妬してんだよ」
先輩が去っていった方を見ながら、同期がボソリと呟いた。
「まさか」
俺はそう笑いながら返した。
ディナエル先輩は、教会の騎士たちの間でも知らない者はいない有名人だ。彼の家は代々教会に騎士を輩出している名家で、マラアフに所属した騎士も何人もいるらしい。
彼自身も、整った外見はもちろんのこと、剣の腕も抜きん出ており、それでいて頭まで切れる。まさしく完全無欠のスーパーエリートで、彼も近々マラアフになるのではないかと噂されている。
それから数日後、俺は帝国へと出発した。
「今回はお前と一緒か。心強いよ」
帝国に着くと、先に到着していたラハムの部隊が俺たちを出迎えてくれた。今回は、ラハムの部隊と俺たちの部隊が共同で作戦を実行することになっている。
「それはこっちのセリフだ」
その後、俺たちは早速、作戦の確認作業に移った。
ケルート王国は、元々は帝国の属国だった国だ。しかし、教会が帝国を正しき道へ導くために「助言」を行い、帝国側がそれを受け入れたタイミングで、一方的に独立を宣言した。
その後、帝国の使者を殺害したり、教会の「助言」にも聞く耳を持たなかったりと、暴徒と化しているという。
このままでは秩序が失われると判断した教会の上層部が、帝国の協力のもと、ケルート王国を攻め落とし、反乱分子を排除しようと計画しているようだ。
そして、今回の目的はその計画の第一歩、ケルート王国の国境付近にある砦の制圧だ。
この砦は、ケルート王国と帝国を結ぶ主要街道を見下ろす丘の上にあり、現在、その街道を封鎖している拠点でもある。この砦を制圧し、街道を開放しない限り、ケルート王国を攻め落とすことはできない。
今回は、俺たちの部隊が砦の制圧を担当し、ラハムの部隊が降伏してきた住民の保護と避難誘導を担当することになっている。
攻撃開始前に宣戦布告を行い、それを受けて降伏してきた者は保護せよとの指示だった。
ケルート王国は人口が少ないため、市民も徴兵していると聞く。降伏してくる者はそう多くないだろうが、俺たちは虐殺をしに来たわけじゃない。必要な措置だ。
作戦の確認を終えた俺たちは、翌日、早速軍を進軍させ、砦の前に到着すると宣戦布告を行った。
宣言した時刻まで待ったが、やはり投降してきた者は100人前後と少なかった。
投降してきた者たちを連れ、ラハムの部隊は後方へ下がった。それを確認した俺たちの部隊は、砦への侵攻を開始した。
斥候の観測から、砦を守る兵力は60人程度と想定されていた。人数では圧倒的にこちらが上回っているが、小規模な砦とはいえ、防衛施設を陥落させるのはなかなか骨が折れる。こちらもかなりの労力と犠牲を覚悟しなければならない。そう思っていた。
……が、俺たちはあっという間に砦の攻略を完了してしまった。
「やりましたね、隊長!」
「……あぁ……」
騎士の一人が俺に労いの言葉をかける。だが、俺は素直に喜ぶ気分になれなかった。
何かがおかしい。いくら小国の小さな砦とはいえ、こんなに簡単に落とせるはずがない。
妙な胸騒ぎがした、その時だった。
「でっ、伝令ですっ!」
息を切らし、慌てた様子の騎士が砦に駆け込んできた。そいつはラハムの部隊の騎士だった。
「ラハム隊、敵の攻撃を受け交戦中!」
「なにっ!? 敵の規模は!?」
「およそ2個中隊ですっ!」
……嫌な予感が当たった。
ラハムの部隊も俺たちの部隊と同じく1個中隊だ。降伏した民間人を守りながら、倍近い兵力の敵と戦うのは無理だ。
「ダン隊長!」
「今度はなんだっ!」
「斥候からの報告です! 現在、ケルート王城から敵本体がこちらに向けて接近中! その数、およそ500です!」
「っ! ……挟み撃ちか!」
あいつら、この砦を囮に使いやがった!
俺たちを分断させ、先にラハムの部隊を落とし、俺たちの部隊を挟み撃ちにして殲滅するつもりだったのか!
「ダン隊長! どうしますか!」
この砦を利用すれば、敵本体とラハムの部隊を襲っている連中が合流したとしても、守り切ることはできるかもしれない。
だが、そうすればラハムの部隊は全滅。投降した民間人もどうなるかわからない。
「このままここに籠城しましょう! 敵の数は多いですが、私たちなら守り切れます!」
副隊長が俺にそう進言してくる。
……そうだ。俺たちに与えられた命令は、この砦の攻略。教会の騎士である以上、どんな理由があろうとも……どんな手を使おうとも……命令は絶対だ。
「ダン隊長!」
「……第一小隊は俺と共にラハム隊の救出に向かう! それ以外の者はこの砦の防衛に当たれ! 必ず戻る! それまで持ち堪えろ!」
「し、しかし!」
……気づいたら、口をついて出ていた。
俺には……仲間を見捨てることはできない。
「これは命令だ! ……責任は俺がとる。やばくなったら砦をほっぽって、みんなで逃げろ」
「……隊長……」
「行くぞ!」
俺は部隊の一部を引き連れ、ラハムたちの救出に向かった。




