第29話 白き兆し
ナザルアド王国へ向かう途中、僕らは深い森の中を歩いていた。 もっと歩きやすい街道もあるにはあるけれど、人通りが多く、教会の騎士が通ることもある。だから僕らは、あえて人目につかない森の中を進んでいた。
陽が傾き始め、そろそろ今日の野営地を決めようかと話していた時、草陰からバタバタと羽ばたくような音が聞こえた。 僕はみんなから少し離れ、音のした方へ向かった。草むらを覗くと、真っ白な鳥が羽をばたつかせて暴れていた。右の羽の付け根から血がにじんでいる。怪我をしているようだ。
「おい、どうしたー」
僕が離れたことに気づいたダンたちが近づいてきた。
「カラス……ですか?珍しい色ですね」
「この子、怪我してるみたいなんだ」
僕はそっと両手でカラスを掬い上げた。暴れていたカラスは、僕の手の中でぴたりと動きを止めた。
「白いカラスが生まれることは、たまにあるわ。多分、群れに馴染めなかったのね。こういう子は除け者にされて、生き残れないことが多いの」
僕は手の中のカラスを見つめた。 何もしていないのに、“生まれつき”というだけで、除け者にされてしまうなんて。 まるで、僕みたいだ。
「助けて……あげられないかな?」
「そうね……」
アリヤが周囲を見回し、草むらの中へ入っていった。しばらくして戻ってきた手には、柔らかな産毛が生えた、ギザギザの葉っぱが握られていた。
アリヤはその葉を手のひらで潰し、揉み込む。緑の汁がにじみ、ほのかに苦い香りが広がった。 それをカラスの傷にそっと当て、上からサラシを巻いた。
「止血と炎症を抑える薬草よ。応急処置だけど、しばらくはこれで大丈夫だと思うわ」
「アリヤ、ありがとう!」
「そっちに川があったわ。今日の野営地にするにも良さそうよ」
「いい時間ですし、夕飯の支度をしましょうか」
少し歩くと、アリヤの言ったとおり綺麗な小川が流れていた。 ケセフさんが焚き火の準備をし、ダンとアリヤは食べられそうな食材を探しに行った。僕はカラスの様子を見ていた。治療が効いたのか、今は落ち着いていて、ウトウトしている。
陽が沈む頃、夕食が出来上がった。今日もライ麦パンと塩漬け肉の煮込みだけれど、ダンとアリヤが採ってきた野草が入っていて、いつもより具沢山だ。
「それにしても、アリヤさんの薬草や野草の知識はすごいですね」
ケセフさんが感心したように言った。ダンとアリヤは二人で食材を探しに行ったが、野草を見分けられたのはほとんどアリヤだったらしい。
「別に……一人で長く生きてたら、これくらい普通よ」
「長くって言ったって、アリヤはダンと同い年だろう」
ダンが笑いながら言ったが、アリヤは何も返さなかった。
僕はスープに浸したパンをちぎり、カラスに食べさせた。カラスはむしゃむしゃとあっという間に平らげてしまった。
「それだけ食欲があれば大丈夫そうね」
アリヤがぼそっと言った。
「うん、本当に良かった。真っ白で、アリヤの髪みたいに綺麗だから、なんかほっとけなかったんだよね」
「なっ……!」
僕が言うと、アリヤは驚いた顔をして、すぐにそっぽを向いた。
「アリヤ?どうしたの?」
「なんでもない!」
そっぽを向いたまま、少し食い気味に返事をした。
「エリオルは、なかなかやり手ですね」
ケセフさんがにこにこと言い、ダンが肩をすくめた。僕は何のことかわからず首をかしげた。
それから数日後、カラスの怪我はすっかり良くなり、飛べるまでに回復した。
「じゃあね。もう怪我しないように気をつけるんだよ」
……そう言って空に放したのに、カラスは飛んでいかず、僕らの頭上をぐるぐると回っていた。
「……あれ?」
「どうやら、気に入られちまったみてぇだな」
「え〜、まいったなあ」
僕が腕を伸ばすと、カラスは静かに腕に止まり、元気よく鳴いた。
「いいんじゃないでしょうか。カラスは賢い生き物ですし、旅人を案内するという逸話も多いです。しかも白い生き物は神の使いとも言われていますし、私たちには吉兆かもしれませんよ?」
「……神様の使い……か……」
僕はまだ、神様というものがよくわからない。 けれど――
「……一緒に来るかい?」
「カアッ、カアッ」
返事するように鳴いた声が嬉しそうに聞こえて、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、今日から君の名前は“ラヴィ”だ」
「カアー」
こうして、僕らの旅に小さな旅人がもう一匹増えることになった。




