表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

第18話 小さな背中

 なんとか追っ手に見つからず隠れ家へ戻った僕らは、玄関のドアを開けた。


「ただいーー」


 言い終わる前に、ケセフさんが中から飛び出してきた。


「みなさん! ……ああ良かった……無事だったんですね」


「心配かけて悪かったな。他の連中は、みんな無事に帰れたか?」


「ええ。戻ってきた皆さんから、あなたたちが騎士団と衝突したと聞いたときは、さすがに肝が冷えました。一体何があったんです? その子たちは……?」


「……ケセフや、ひとまず彼らを休ませたらどうかね?」


 中からおじいさんが顔を出し、ケセフさんを制した。


 僕らは家の中に入り、すぐにその場に座り込んだ。走り続けた疲労と緊張が一気に抜け、身体から力が抜けていく。住民のひとりが水を持ってきてくれたので、僕はそれを一気に飲み干した。


「それで、一体何があったんです?」


 僕らが落ち着いたのを見計らい、ケセフさんが再度尋ねた。僕らは、ことの顛末を順に説明した。


「そうですか……そんなことが……」


 話を聞き終えたケセフさんは、ダンが助けた幼い兄妹に目を向けた。その表情は、言葉にできない複雑なものだった。


 兄妹から視線を外し、深くため息をつく。


「ひとまず、無事で何よりです。でも、こんな無茶はもうやめてください。元々少ない味方を、これ以上減らすわけにはいきませんから」


「まっ、保証はしかねるな」


 ダンは冗談めかして言った。


「ところで、この中にこいつらの親はいねえのか?」


 ダンが家の中を見回すと、ひとりの男性が手を挙げた。


「あんた、こいつらの父ちゃんか?」


「いいえ、私はこの子たちの家の近所に住んでいた者です。……その、お話ししたいことがありまして」


 僕たちは顔を見合わせた。


「では、別の部屋で話しましょうか」


 ケセフさんが立ち上がり、ダンも続いた。ダンは僕とアリヤに目で合図する。僕らは兄妹と一緒に残ることになった。


* * *


 しばらくして、ケセフさんとダンが男性と共に戻ってきた。表情はいつも通りだったが、僕には男性が何を話したのか、なんとなく分かってしまった。


 ダンは兄妹の前にしゃがみ、そっと頭に手を置いた。


「ちょっと、おじさんとお話ししようか」


 僕らは兄妹を連れて外へ出た。ダンが兄妹と手を繋ぎ、その後ろを僕とアリヤがついていく。


 森の中を、しばらく黙って歩いた。


 どこへ向かっているんだろう。あまり隠れ家から離れるのは危険なのに――そう思ったとき、視界が開け、小さな池が現れた。透き通った水面が夕陽を反射し、オレンジ色に輝いている。


「綺麗だろう? こないだ散歩してたときに見つけたんだ」


「散歩って……。あんまりうろちょろしないで。勝手な行動して見つかったら、みんなが危険な目に遭うのよ」


 アリヤが呆れたように言う。


「分かってるって。まあ、座れや」


 僕らは池のほとりに腰を下ろした。しばらくして、ダンが静かに口を開いた。


「お前たちの父ちゃんと母ちゃんだけどな……ものすごく、遠い場所に行っちまったみたいなんだ」


 兄妹がばっとダンを見る。目に不安が浮かんでいた。


「とうちゃんとかあちゃん、帰ってくるよね?」


 妹が震える声で尋ねた。


「そうだなあ……残念ながら、すぐには帰って来れねえ。だけど、お前らが父ちゃんと母ちゃんを忘れなければ、きっといつか帰ってくるさ」


 ダンは沈みかける夕陽を見つめながら言った。僕らの位置からは、ダンの表情は見えなかった。


「いやだよ……わたし……とうちゃんとかあちゃんに会いたいよ……うわあああ……!」


 妹が泣き出した。ダンは何も言わず、ただ頭を撫で続けた。


 そのとき、ずっと黙っていた男の子が立ち上がり、妹の前にしゃがむと、ほっぺたをむにゅっと両手で包んだ。


「大丈夫だ! お前には兄ちゃんがついてる! ……父ちゃんと……母ちゃんが……戻ってくるまで……兄ちゃんがずっとそばにいるから! だから……大丈夫だ!」


 涙をこぼしながら言うその声は、妹を励ますと同時に、自分自身に言い聞かせているようでもあった。


 夕陽は完全に沈み、辺りは薄暗くなっていく。


「どれ、もう暗くなっちまう。そろそろ帰ろう。帰りは俺がおぶってやる」


 ダンが妹を背負った。妹はまだ鼻を啜っている。男の子は立ち尽くしたまま動かない。


「どうした? 乗らねえのか?」


「……ぼくは……自分で歩くよ」


 そう言って歩き出す男の子の背中は、小さいのにどこか大人びて見えた。


 薄暗い森を歩くうちに、妹は泣き疲れてダンの背中で眠ってしまった。


 しばらくして、男の子がぽつりと呟いた。


「……ぼく、大きくなったら兄ちゃんみたいな騎士になる」


「どうした? 急に」


「……兄ちゃんみたいな騎士になって、妹を護りたい。もう泣かなくて済むくらい、強くなりたい」


 男の子の言葉に対して、ダンはすぐに答えなかった。しばらくして、ダンが口を開いた。


「……俺は、強くなんかねえよ」


「え?」


 男の子がダンを見上げる。ダンは前を向いたまま続けた。


「お前は、俺なんかよりよっぽど強えよ。涙拭いて、妹を護るために前を向こうとしてんだからな」


 一息ついて言葉を続ける。


「その心意気は認める。……だがな、無理に強くならなくていい。無理に……大人になろうとしなくていい。子供ってのは、周りの大人に迷惑かけまくって育つもんだ。だから、苦しいときはめいっぱい甘えろ。金髪騎士でも、近所のおじちゃんでも誰でもいい。……お前が駄目になっちまったら、誰が妹を護るんだ?」


 隠れ家の明かりが見えてきた。


「妹を大事にする気持ちと同じくらい、自分のことも大事にしろ。……分かったな?」


「……うん!」


 男の子は袖で涙を拭い、力強く頷いた。


* * *


 家に戻り、僕とアリヤ、ダンの三人になったタイミングで、あの男性から何を聞いたのか教えてもらった。


 兄妹の両親は、その男性がケセフさんに助け出される一日前に、処刑が執行されてしまったらしい。兄妹の両親は街で食堂を営んでいたが、重い税金に苦しめられ、生活はいっぱいいっぱいだった。それでも兄妹を食わせるために帳簿を誤魔化し食い繋いでいたが、それが密告され、捕まってしまったという。

 人当たりもよく、父親の代から続く人気の食堂だったらしい。


 僕はその話を聞きながら、森の中を一人で歩いていく、あの小さな背中が忘れられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ