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『再会と、ぬくもり、忍び寄る影』

焚き火の音が、ぱちぱちと静けさに弾けた。


 


夜の野営地。吹き抜ける風は冷たく、森の端で身を寄せるには十分な寒さだった。


 


アヴェルは薪をくべながら、隣で毛布にくるまるルアの様子に目をやる。


 


彼女は炎の向こうに視線を落とし、何を考えるでもなく、黙って星を見ていた。


 


そして翌朝。


 


夜明け前の空が、墨色から淡い群青へと移り変わっていく。


 


荷物をまとめ、獣道を抜けた先――


 


それは、現れた。


 


遠くに見えた城壁。人の声、動く荷馬車。風に運ばれるパンの香り。


 


「街だ・・・・・・」


 


アヴェルが呟くように言った。


 


隣で立ち止まったルアが、じっとその風景を見つめていた。


 


その瞳に、ほんの少しだけ光が宿る。


 


初めて見る“人の暮らし”。


 


その温度に触れるように、ふたりは静かに歩き出した。


 


* * *


 


宿の手続きを終え、ようやくひと息つけた昼下がり。


 


アヴェルは備蓄品の買い出しのため、ルアとともに街の広場を歩いていた。


 


そんなとき――


 


「……え?」


 


聞き慣れた声に振り向く。


 


「うっそでしょ。アヴェル!?」


 


そこに立っていたのは、赤い長髪を三つ編みにまとめ、丸メガネをかけた長身の女性だった。


 


手には懐中時計をぶら下げ、耳には魔力通信用のイヤーカフ《エコール》。


 


その旅装の中に、かつての魔道制御部隊の捜査官の面影が色濃く残っていた。


 


「セナ……?」


 


「本物じゃん! なに、ほんとにアヴェル!?」


 


「……ああ。俺だ」


 


二人は数秒、ぽかんと見つめ合い――


 


「なにやってんのよ!死んだかと思ってた!連絡なし!? 心配させた罪でギルティ!」


 


「うるさいな。生きてたよ」


 


「……うわぁこんなことってあるんだ。あれから何年たって――っていうか」


 


その自然で親しげなやり取りに、ルアはアヴェルの背後にすっと身を隠した。


 


その顔は、いつもの無表情のまま。


 


だが、セナをじっと見据える瞳には、獣のような静かな警戒が宿っていた。


 


まるで、縄張りに入った他の猫を睨むかのように。


 


セナはそんなルアの視線にに気づいた。


 


「……え?誘拐?」


 


「違う」


 


「じゃあ……あれ?できちゃった? え、やだ、父親してる系!?」


 


「全部違う」


 


アヴェルが額に手を当てる。


 



 


セナはそのままルアの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。


 


「こんにちは。わたし、セナっていうの。アヴェルの古いお友達よ」


 


「……」


 


「怖くないよ。ほら、こうして目線を合わせて――ね?」


 


笑顔で語りかけるセナに対し、ルアは無言のまま、アヴェルの裾をぎゅっと握るだけだった。


 


その目はまだ、完全には警戒を解いていない。


 


けれど――


 


ほんのわずかに、視線の鋭さが弱まったようにも見えた。



「とりあえず、説明するから」



* * *


 


近くの食堂で、三人はテーブルを囲んでいた。


 


ルアはパンを小さくちぎって食べ、セナはアヴェルをにやにやと見つめている。


ルアはアヴェルに朝食を振舞って貰ってからというものの、パンが気に入ったようだった。


 


「なるほどね。保護者代わりってわけか」


 


「……そういうことだ」



近くの食堂で、三人はテーブルを囲んでいた。


 


ルアはパンを小さくちぎって食べ、セナはアヴェルをにやにやと見つめている。


 


「なるほどね。保護者代わりってわけか」


 


「……そういうことだ」


 


しばらく笑みを浮かべていたセナの顔が、ふと引き締まる。


 


「……あんた、まだ黒鎖を追ってるの?」


 


アヴェルはわずかに目を細めて、頷いた。


 


「お前も、そうなんだろう?」


 


セナは深く息を吐き、眼鏡の奥の瞳が静かに揺れる。


 


「私は……あの子を探してる。任務中に姿を消した、捜査官時代の後輩。『事故死』って処理されたけど、私は納得してない。あの子が最後に追ってたのが、黒鎖連邦だったの」


 


「……偶然じゃないな」


 


「うん。きっと、同じ場所にたどり着く」


 


アヴェルとセナの視線が、無言で交差する。


 


目的の先にあるもの――それを見据える者同士の、短くも重い会話だった。

 



しばらくの沈黙。



「それよりも」



と、セナはルアの服を見て、少し眉をひそめた。


一瞬身構えるアヴェルだったが、セナのそれは予想外な一言だった。


「折角かわいい子なんだから、ちゃんとした服を着せてあげないとダメよ。」


「・・・え?」


きょとんとするアヴェル。



「全くこれだからおじさんは嫌よね〜」


 


「おじさんじゃ・・・ない」


 


「いやいや、こういうとこがオッサンなのよ。実際私よりも年上だしねアヴェルは。ついてきなさい、ルアちゃん」


 


そう言って、セナはルアの手を引いた。


 


一瞬、ルアは身を固くする。だが、少し迷ってから、そっと手を預けた。




* * *


 


服屋に来た3人。


ルアは、セナに選ばれた淡いグレーのワンピースに袖を通していた。


 


最初こそ無表情だったが、鏡の前でふわりと一回転すると、ほんの少しだけ頬が紅潮する。


 


「わあ、やっぱり似合う! 可愛いわよ、ルアちゃん」


 


ルアは小さくうなずいた。



アヴェルの顔もほころぶ。



ルアの警戒の色はまだ完全には解けていない。けれど、そこには確かに“拒絶ではない感情”があった。


 


* * *


 


夜。


 


宿の一室で、アヴェルとセナが向かい合う。


 


「で、どうするの?」


 


「ルアを連れながらだが黒鎖の拠点を探る。旅をしながら情報を集めるつもりだ」


 


「おじさん一人でルアちゃん連れ回すのは、お姉さん心配だなぁ~」





ふたりの視線が重なった。


 


「共闘ね。」


 


「正直助かる。ありがとう。」


 


「で、資金は?」


 


「……ない」


 


「嘘でしょ」


 


アヴェルは静かに言う。



「セナはあるのか?」



「現役時代の蓄えはもうほとんど・・・」

 


「じゃあ俺と一緒に戦後処理の依頼を受けながら、稼いで進もう」


 


「え!?今そんな仕事してるの!?うぇ〜〜、肉体労働じゃんかぁ〜〜……昔はもっとこう、魔術でパパッとだったのに」


 


「焼け跡から黒鎖の痕跡が出ることもあるんだ」


 


「……マジで?」


 

「黒鎖の連中、未だに派手にやっている。呪導体の存在を隠す気もないらしい。」



セナは茶化すような態度を止め、眼鏡の奥で目を細める。


 


「……じゃあ、やるしかないか。」


 


アヴェルはふと、セナの胸元の懐中時計に目をやる。


 


「……まだ、それを」


 


「……捨てられないの。あの子に、顔向けできないから」


 


部屋の隅。


 


ルアは新しい服のまま、毛布にくるまり、静かな寝息を立てていた。


 


* * *


 


街が寝静まり、静寂が夜を包む頃。

 


街の外れ。


 


影に潜む二つの人影。


 


「……確認。対象と思しき呪反応、街区南部にて断続的に検出」


 


黒鎖連邦の兵士が呟く。手にした探知器の魔石が赤く明滅する。


 


「座標を送れ。無駄打ちは許されん」


 


その視線の先――


 


“かつて兵器と呼ばれた少女”が、今、眠っている。

第1章はここまでとなります!


気に入って頂けたら、ブクマ、レビュー、感想是非よろしくお願い致します!

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