『沈黙の手』
壊すことしか、教わらなかった。
でも今、あなたの隣で──
私は“人間”になろうとしている。
戦争の終わり。
それは、救いではなかった。
残されたのは、死体と呪いと、風化しきれない苦しみ。
誰も近づかない、誰にも近づいてほしくない場所。
焦げた大地の中心で、
一人の少女が膝を抱えて、震えていた。
褐色の肌。
腰まで伸びた黒髪。
裂けた白のワンピース。
全身に巻き付く、鉄製の鎖と魔封刻印。
そして、右腕には――焼き付けられた呪印。
少女の名は、ルア。
軍に攫われ、呪術兵器として育てられた存在。
もはや人ではなく、“物”とされた少女。
呪導体。
魔力を燃料に呪いを放ち、
そのたびに自身の生命を削り、
瘴気によって内臓から腐っていく、呪術の器。
そして今、彼女は叫んでいた。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
喉が裂けるような咆哮。
骨が軋み、血が逆流するような暴走。
――それは、呪導体が死ぬ直前の兆候。
呪いが制御を失えば、
自らの身体に呪力が逆流し、内から崩れ落ちる。
暴走は、自滅と同義。
なのに――彼女はまだ、生きている。
「……嘘だろ……生きてるのか……?」
その声を発したのは、一人の男。
大柄な体。
茶色の短髪。
胸当てとマント、鉄の義手。
腰には工具袋と短剣。
名は、アヴェル。
元・魔道制圧部隊。
現在はフリーの“戦後処理係”。
かつて彼は、“呪導体”と呼ばれる者たちに関わっていた。
目の前の少女の右腕に刻まれた紋――
それが、何を意味するかを知っていた。
黒鎖連邦――
かつて魔道制圧部隊を利用し“呪導体”を生産していた組織。
「暴走状態で……まだ死んでない……?」
「瘴気に喰われるはずだ……」
呟く声が震える。
呪導体に、暴走後の“生存例”など存在しない。
制御不能=死。
それが当たり前の、はずだった。
ならば、彼女は何だ?
なぜ、生きている?
なぜ、滅びていない?
呪気が吹き荒れ、地面が歪む。
死者の影がずるりと這い出す。
けれど、男の動きは止まらない。
静かに、確かに、短剣を抜いた。
地に突き立て、
蒼い結界が少女を包み込む。
術式発動――〈沈黙の構築者〉。
呪気が沈み、死者の影が崩れる。
そして、少女が崩れ落ちた。
すでに意識はない。
けれど、息は――ある。
「……終わるはずだった命、か」
その姿に、アヴェルは目を伏せる。
呪導体に関わった過去。
潰してきた命。
壊れていく過程を、何度も見てきた目。
「だからこそ、これは……俺の仕事だ」
重たく、硬い義手が、少女の身体を抱き上げる。
その体は、信じられないほど軽い。
骨と皮。
命の残滓。
「保護する。……この命は、まだ終わっていない」
「そうなら、責任がある。俺の……贖罪だ」
言葉は静かだった。
でも確かに、ルアの耳へと届いていた。
意味はわからない。
けれど、温度はあった。
アヴェルは立ち上がる。
背に、壊れかけの少女。
「帰る場所がないなら、俺の村に来い」
情けじゃない。
救いでもない。
ただ、背負うと決めただけ。
「また呪いが暴れたら――」
義手がきしむ。
その手は、確かに彼女を支えていた。
「そのときは、また俺が“沈める”。何度でも」
風が吹いた。
鎖がかちゃりと鳴る。
ルアの身体が、微かに震えた。
気づいたのか、それとも偶然か。
どちらでも、構わない。
“兵器”だった少女が、
“人間”に戻る物語が――ここに始まる。
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