第9話 愛の泉
車を出ると、彼らは気持ち良さそうに伸びをする。
「葵さん、乙姫さん、ご馳走様でした!」
「試食してくれてありがとう!」
「先程次の国とおっしゃってましたが、この国はいつ出られるんですか?」
「明日の朝には出るかな!」
「そうですか……。」
アルバートは少し寂しそうに俯いた。
「アル君は故郷に帰らないの?」
「たまには顔を出しますけど……。」
彼の故郷とは、ツヴォルフの輪で言うと7番目にあたる魔法の国・スフェーンである。
「じゃあきっとまた会えるね!」
「え?」
「私達、色んな国を旅しているの!だからきっとまた会える!」
「はい!」
アルバートは嬉しそうに目を輝かせた。
彼と別れ、私達は歩いて愛の泉に向かう。
手を繋ぎながら歩くのは緊張するが心地良い。
「楽しみだね!」
「そうだね。」
彼女の頭を撫でると、嬉しそうに笑って更に強く私の手を握った。
そんな彼女が堪らなく愛おしい。
のどかな景色の中を20分程歩くと、ひらけた野原にたどり着いた。
その中心には淡いピンク色の水辺。
「ここが……。」
愛の泉。周りには私達以外にも家族や恋人同士らしき人たちが居て、その美しい水を手で掬って口にしていた。
「綺麗。」
彼女はゆっくりとしゃがみ込んで、泉を見つめる。
「これで私達、ずっと一緒にいられるね!」
「そうだな!まあ、泉の水を飲まなくたって俺はずっと一緒にいるつもりだったさ。」
「私も!」
若いカップルがそんな会話をしながら、満足気に泉を後にした。
ここは恋が叶い、愛が深まると言われる場所。
皆、何かを願ってこの水を口にしている。
「全部飲んじゃおうかな。」
「え?」
「全部飲んじゃえば独り占めでしょ?」
彼女はそう言って悪戯に笑う。
頭痛も眩暈も何もない。
以前、一緒に来た時も彼女はこんなふうに笑ったのだろうか。
「いただきます。」
彼女は嬉しそうに水を口にする。
今、何を願っているのだろう。
私は、何を願って水を口にしたら良いだろう。
彼女を思い出せますように?いや、それは違う。神頼みするくらいなら最初から旅に出る必要など無い。
私は思い出すんだ。
「ここの泉って不思議なんだよ。海に繋がってる訳じゃ無いのに、皆が飲んでも飲んでも無くならないの!だから愛が湧き上がる・愛は無くならないって意味で愛の泉って呼ばれるようになったんだって!」
彼女はそう言いながら何回も水を掬って飲んでいる。周りの人達も唖然とした表情で彼女を見ていた。
「じゃあ、全部飲み干すのは難しそうだね。」
「確かに!」
彼女は眩しい笑顔を私に向ける。
「ふふふ。」
「乙姫?」
私はまだ彼女の事を思い出せない。
だからこれはまた私の我儘なのだが、彼女の笑顔をそばで見ていたい。
「いや、何でも無いよ。」
私は愛の泉の水を掬い上げ、ゆっくりと口にした。
「そろそろ行こっか。」
「待って!」
彼女はリュックからチェキを取り出して得意気に笑った。
「はーい、撮るよー!2人とももっと笑顔で!」
1人で世界中を旅しているというマッチョで陽気な男性にカメラをお願いした。
男性の声がよく通るせいか、周りの観光客もこちらに注目している。
彼女はそんな視線になど目もくれず、私に身を寄せてにっこりと笑う。
「短髪のお姉さん!彼女に見惚れるのも分かるけど、ちゃんとこっち見て!」
男性の言葉に顔が熱くなり、慌ててカメラに視線を移す。
「はい、チーズ!」
「見て見て!」
車に戻ると、彼女が嬉しそうに私の隣に座る。
「アルバム?」
「うん!さっき撮ってもらったチェキ入れたの!」
そのアルバムは前に彼女に見せてもらったものと色違いだ。
前と同じ1ページ目に今日の写真が入れられていた。
「今日ね、一緒に写真撮れて嬉しかった。」
彼女は私の手を握ると、上目遣いでこちらを見る。
「また一緒に撮ってくれる?」
こんなの、誰が断れるだろうか。私は彼女の手をそっと握り返した。
「また一緒に撮ろう。」
「うん!」
その後は一緒にキッチンカーで使う看板を作る事にした。
先ずはお互いの頭の中のイメージをスキャン眼鏡で壁に映し出して、メニューを作成した。
「次は売切れ御免と完売しましただね!」
「いっぱい売れると良いね。」
「絶対バカ売れだよ!」
看板を作りと夕食を済ませると彼女は眠たそうに目を擦る。
「眠たい?」
彼女は素直にこくんと頷いた。
「もうお布団入りな。」
「一緒が良い……。」
彼女はそう言って私に身を寄せる。
「え?」
「駄目?」
彼女は潤んだ目で私をじっと見つめる。
「駄目じゃないけど……」
こうして結局私達は2階で一緒に眠ることとなった。
昨日は正直成り行きみたいなところがあったけど、改めて一緒に寝るとなると緊張する。
目を閉じて無理やり眠ろうとしても目が冴えて眠れなかった。
少しして目を開けると、彼女がとろんとした目で私を見ていた。
「眠れない……?」
「……うん。」
すると彼女は私の頭をゆっくりと撫で始めるた。
ああ、何故だろう。緊張していたはずなのにあっという間に瞼が重くなって、目を開けていることが出来なくなった。
◇
「今日も良い天気!出発日和だね!」
「そうだね。」
「じゃあ、そろそろ出発するよ!今日は飛行もする予定だからね!」
「次の国は確か……。」
「宇宙の国・アメシスト!」
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