第3話 絶望
記憶の旅。
男性はそうタイトルを付けて、旅する様子をSNSにアップしていた。
投稿を一つ一つ見ていくと、中に非常に興味深いものを発見した。
写真は他のものとそう変わらない旅先の様子を写した一枚だ。
私が注目したのはキャプションである。
今日ここに来たことで思い出したことがある。
ここは私と彼女が出会った場所なのだ。
出会った時、どう言葉をかけたかは思い出せないけれど、彼女のとびきりの笑顔に惚れた事を思い出した。
今日は最高の日だ。
「思い出した……か。」
セカンドは生活の中で断片的に記憶を取り戻すこともあるという。
思い出の場所。
もしかしたら普通に生活しているよりも思い出しやすかったりするのだろうか。
同じセカンドとしてこの男性に話を聞いてみたい。
私はすぐにSNSに書かれたアドレスで男性に連絡を取った。
男性は東の隣国であるラピスラズリに暮らす坂内晶馬と言う人物だ。
科学が発展した世界は他国への侵略、殺戮行為が容易となった。
その為、国同士平和条約を結び交流する必要がある。
私達が住むガーネットとラピスラズリを含む近隣の12カ国は輪のように並んでいることから『ツヴォルフの輪』と呼ばれていて、交流の歴史は古い。
その為、国を行き来するのは容易いと言える。
それにお互いセカンドだ。私達が実際に会って話をするのに時間は掛からなかった。
「行ってくるね。」
「気をつけてね。」
約束の日、病院で検査があると嘘をついて家を出た。
坂内が旅行がてらこちらに来てくれると言ってくれたので、待ち合わせは隣町のカフェである。
飛行車を呼ぼうかとも思ったのだが、値段が張るので電車で向かうことにした。
マップによると駅までは歩いて10分程度。
最初の角を曲がると、桜並木。
そこを通り抜ければ祠があって、その先の大通りを直進すれば最寄り駅だ。
私はこの道を何度通ったことがあるのだろう。
「本当に何も覚えていないんだな……。」
隣町には余裕を持って到着したのだが、カフェまでの道に迷ってしまって結局約束の時間ギリギリになってしまった。
カフェに入ると、ちょうど正面の席にSNSで見た顔があった。
会釈すると、坂内もこちらが誰なのか理解したらしく軽く手を挙げる。
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます。白瀬乙姫です。」
「こちらこそ、同じセカンドの方から連絡を頂けて嬉しいです。」
まずは世間話。記憶が無い私は聞き役に徹した。
中でも興味深かったのは、私が眠っていた5年の間に世界がどう変化したのかという話だ。
蘇生手術が法律で認められた弊害と言うべきか、人を殺める事に対して罪の意識を持たない連中が一定数いる。
殺人事件の発生率は蘇生手術が認められた50年前から年々増加していた。
政府は3年前、ついに法を改正。今まで3人殺めて死刑だった所を殺人未遂で死刑へと改正したらしい。
蘇生出来るとはいえ、殺人は重罪だ。
セカンドのように記憶を失う場合だってある。
50年前から問題視されていたにしては遅過ぎるが、政府にしては良い仕事をしたな。
「前置きが長くなってしまったね。そろそろ本題に入ろう。僕に聞きたいことがあって連絡をくれたんだったね。」
正直このような興味深い話をもっと聞きたいところだが、あまり時間を取らせるのも悪いので、私は口を開いた。
「SNSを拝見して、是非お話を伺いたいと思ったんです。坂内さんは断片的に記憶を取り戻されているようですが、具体的にどうやっているんですか?」
坂内は考えを巡らせるように天を仰ぐが、暫くして首を傾げる。
「具体的にって言われると難しいなあ。本当にふとした瞬間なんだ。
散歩している時や風呂に入っている時に思い出すことだってあるし、以前訪ねた場所を再び訪れて、来たことあるぞ!ってなる事もあるし。」
「そうですか......。」
それもそうか。取り戻す方法なんてあったらセカンドなんて存在しない。
私は何を分かりきったことを尋ねているのだ。
「今まで他のセカンドの人とも話す機会があったんだけど、その中でも僕は記憶を取り戻し易いタイプらしい。」
「記憶を取り戻し易いタイプ?」
「セカンドと一概に言ってもタイプによって記憶を取り戻す確率論があるんだよ。」
彼はそう言うと、傍らに置いていた鞄から一冊の本を取り出した。
「セカンド・ライフ?」
「著者は長年セカンドの研究に携わって来た千堂医師。一度読んでみると良いよ。」
その日は本を借りる事となり、坂内と別れた。
寝支度を済ませてから早速借りたセカンド・ライフを読む。
病院の医師に借りた本と被る部分もあるが、この本ではセカンドについてより詳しい見解が述べられていた。
坂内が言っていた「タイプ」についてだが、著者の千堂はセカンドを四つのタイプに分けて解説している。
私のように全く記憶が無いタイプは白、断片的に記憶を持って蘇生したタイプは黒。
1年以内に蘇生したものはα、それ以外はβ。
私は蘇生まで5年の期間があった為、白βタイプとなる。
「白βタイプは最も記憶を取り戻しにくいと考えられる……。」
蘇生までの期間、遺体は冷凍保存される。冷凍保存の際、脳に酸素の供給はされない。
記憶は脳の中にある。その脳に酸素が供給されない期間が長ければ長い程、蘇生後に記憶を取り戻しにくいのでは無いかと考えられる。
私は本を閉じた。
そこらに投げつけてしまいたい気分だったが、これは借り物だ。
カーテンから外の光が漏れる。
私は頭から布団を被った。