012 臭い人とはちょっと……
「うーん……少し寝不足かも……」
家ではいっつも起きるのが一番遅いユイナにしては早く目が覚めてロビーのように使われている1階のフロント前に向かう。
「メルリーさ……、メルリー、おはようございます!」
「おはようございます。言いなおすくらいだったらそのまま言ってくれてもいいんですよ。」
「すいません。全然慣れなくて。わたし、朝起きるの遅くてお待たせしちゃいました。」
「そんなに待ってませんから大丈夫です。あんまり遅いようだったらお宿の人にお願いして強制的に起こしますからね。」
「はーい。そうならないように気を付けまーす。」
前に1度だけニームクメで宿を取った時のこと、いつものようにゆっくり起きて食堂に降りて行ったら朝ごはんの時間ギリギリだったみたいで宿の人が不機嫌だったのを覚えている。
「朝も昨日のお店行くんですか?」
「いえ、朝は別のお店に行きます。」
昨日この宿に入る前にメルリーから
「ここのお宿、お風呂もあるしベッドはふかふかでいいんですけれど、お値段の割にはお食事が……です。ニームクメはおいしいお店が多いですから外で食べるようにした方がいいですよ。毎日違うものを食べられますし。」
と耳打ちをされたのでそれに素直に従った。
◆
「よく眠れました?」
「いえ、それが……、なかなか寝付けなかったです。初めて他の人と一緒に1日を過ごすと思うとなんかドキドキしてきちゃいました。」
「ユイナも?実はわたしもなんです。少し寝不足です。」
すごくおいしいってわけではないけれどお値段まで考えれるとお得な朝食を一緒に取りながら今日の予定を相談する。
「狩場はいくつかあるんですけど、北の方は群れはほとんどいなくて単独ですね。ただ、そっちはウサギだけじゃなくてウルフもいるみたいです。
西の森は群れがいますがほとんどウサギらしいです。」
「うーん……、迷いますぅ……。群れは散り散りに逃げられるとやっかいだし、ウサギでも機嫌が悪いと囲んで一斉に襲ってくることもあるらしいからちょっと怖いなぁ。最初は北に行こうかな……」
「それにしても、狩りが得意だって聞いていたのに狩場を知らないとは思いませんでした。」
「そ、それは……、こっちに来てからも故郷の森で狩りをしてたから……」
ニームクメに来てからもユイナはケイル近傍の森で狩りをしていた。その方が楽だから。ただそれだけの理由である。根性なしである。
「ユイナ、違ってたら申し訳ないんですが……」
「なん、ですか?」
「そのしゃべり方疲れません??」
「だ、だってメルリーと同じしゃべりかたですよ。」
「ええ、だからそれが疲れるんじゃないかなって思ったんです。」
「バレ……、てましたね。」
「はい。無理してるのかなぁって。最初から気になってました。」
初対面の人相手に猫をかぶっていたつもりだがメルリーには当たり前に見透かされていた。なお、かぶっていた猫を脱ぎ捨てると虎になるなどということはなく謎のうざい小動物になるだけだ。
「それじゃ、普通にしゃべるようにするね。改めてよろしく!」
「はい!よろしくお願いします!」
◆
「もしかすると、わたしは運がよかっただけなのかもしれません……」
「いや、わたしの運が悪いだけなのかも……」
寝不足で逆に高揚した気分で北の狩場に向かった2人だが、昼を過ぎても未だ1匹の獣にも遭遇していない。
「メルリーはここで狩りをしてたの?」
「はい。わたしだと群れは無理ですし、ここまで深く入ることもなかったんですが1日1羽くらいは狩れました。というか、1羽狩ったらすぐに戻ってました。」
「そっか。狩りが苦手なんだもんね。」
お昼にニームクメで買った軽食を食べて一休みしたとはいえ2人は疲労を感じていた。
能力を使ってないとはいえ歩けば疲れる。疲れると判断力が鈍る。狩りに慣れてるユイナにはそのことは体に染みついてた。
「1羽も狩れなかったからビミョーだけど今日は帰ろう!」
「狩りについてはユイナに従います。帰りましょう。」
転移を使うような距離でもないな、ユイナは勝手に合点して2人でとぼとぼと歩いてニームクメの町に戻っていく。
「せっかく一緒に行動したのに戦果0とは……。別にすぐに資金が尽きるわけじゃないけどやっぱり凹むなぁ。」
「そうですねぇ。今日はくたびれました。」
「宿に帰ってゆっくりする?それともちょっと早いけど食事済ませちゃう?」
「なんかお腹もすいちゃったんですよね。食事にしましょう。昨日とは違うお店でもいいですか?」
「大歓迎!」
仮パーティー最初の1日は幸先の悪い1日だったが2人の少女はそんなことを気にすることもなくニームクメの町を楽しそうに歩いている。
◇
「うーん……今日もいないねぇ。」
「いませんねぇ。狩りつくされたんでしょうか。」
「かといってこの2人で奥まで行くのはちょっとね。」
いくら転移があるとはいえユイナとメルリーの2人では狩場の奥深くに踏み入った時に逃げ切れないかもしれない、そんな不安があった。2人での狩りの経験が圧倒的に不足している。不足しているも何もエンカウントしていないのだから未体験だ。
開拓者は慎重であるべきだ、ということは2人とも他の開拓者から耳にタコができるくらい聞かされている。
武勇伝を自慢げに語る開拓者もいるが、そういう場合でも「こんな失敗したんだよ」というニュアンスで語られる。本人も2度とそんな目には遭いたくないという思いで、自分自身も忘れないように他の人に語っているという面もある。
「かえろっか……」
「はい……」
今日も戦果なくとぼとぼと帰途につく2人だった。
◇
「よーし!今日こそは!って、あれ?」
「どうしました?」
朝食前の宿屋での集合時間、行きかう人波の中でユイナは唐突に気が付いた。
「メルリー、昨日と服違くない?」
「えっ、違いますけど……、それがなにか?」
「えっ?」
「えっ?」
話がかみ合わない。というか会話が成立してない。
「えーーーーーーーーーーーっ!メルリーって毎日違う服着てるの!」
「何言ってるんですか!当たり前でしょ!」
「当たり前じゃないよ!下着はともかく服なんて1着あれば1か月くらいは余裕だよね。」
「ユイナが何言ってるのか、ぜーんぜん、まっっっったくわかりません!1日着たらお洗濯でしょ!?狩りをすると汗をかきますよね?毎日替えるのが当たり前です!」
「そんなのめんどくさいよね。下着だって毎日はめんどくさいのに。」
「下着の日またぎ!??????ありえませんありえませんありえませんありえませんありえませんぜーーーったいありえませんっ!」
多くの人が行きかう朝の1階でこんな騒ぎを起こされる宿屋にとっては災難としか言いようがない。かわいらしい女子2人がじゃれあっているのは確かに微笑ましいのだが……、色気が無い。全くない。生活臭しかしない。
「ユイナだってもしかしたらお母さんが毎日洗濯していたのかもしれませんよ。」
「いや、それは無いと思う。わたしの故郷で毎日服を変える人なんて誰もいなかったもん。狩りをすると返り血浴びることも多いし畑仕事でもどろどろになるから洗っても洗ってもきりが無いもん。」
ユイナの服装は濃い色のシャツと、別の世界ではロングスパッツとかレギンスとか言われることもあるやっぱり濃い色の長いパンツである。
それに対してメルリーは別の世界の言葉に置き換えると淡い色のブラウスに膝上までの裾が広がっているスカートというかわいらしい服装だ。街を歩くにはいいが狩りには向かない服装である。
◆
「さっきはごめんなさい。ありえないとか言って……。熱くなってしまいました。」
「いや、こっちこそごめん。めんどくさいとか言っちゃって。」
言い合いが一息つくと朝食をとって狩場に向かう。口喧嘩をしても2人の少女は別に気にしていないようで昨日と様子は変わっていない。むしろ親密になっているように見える。
「あそこの宿屋さん、頼めばお洗濯してくれるんですよ。自分でもしますけれどプロに頼むと全然違いますっ!そんなに高くないですし宿泊していると割引してくれます。。
今日狩りから帰ったらとにかく替えの服を買ってください。稼げなくても買ってください。もしお金が心配だったら私も少し出します。」
「そんなっ、そんなわけにはいかないよ。無理なく買えるのにする。」
「お願いします。一緒に行動する人がどんどん臭い人になっていくのはちょっと……」
メルリーはわざとらしく鼻をくんくん鳴らす。
「毎日お風呂入ってるからくさくないもん!」
「体の臭いと服の臭いは別です!」
そういえばメルリーからはいつもいい香りが漂ってるなぁと初めて気づくユイナだった。
◆
「今日もダメ……」
「……」
3日間狩場に行ってエンカウントすることすら無いとなるとさすがに心が折れてくる。
「今日は服も買いますしもう終わりにしましょう。」
「そうだね……。うーん……。3日間稼ぎが無いのはきっついなぁ……。」
「わたし、こんな話聞いたことあるんです。町の近くから獣がいなくなって困っていたら、奥から誰も見たことがないすごく強い獣が出てきて町が壊滅しちゃうんです。」
「うわー。怖っ!」
「強い獣が他の獣を殺したり追い払ったりしたからっていう筋立てだったんですけど……、ここの森にもそんな強い獣がいたら……」
「やめっ!やめて!聞きたくない聞きたくないーーーーー!」
そんな話はこの世界ではただのファンタジー、のはずだ。
町に帰ると2人一緒に服を売っているお店に入り物色する。メルリーがあれやこれやとユイナにアドバイスをするが、結局ユイナが買ったのは今着ているのと色も見た目も変わり映えのしない服だった。
「わたしが着ているような服、一度着てみるのもいいと思うんですけど。」
「狩りに行くのに向いてないよ!」
「そうじゃなくて1日中町にいることもあるじゃないですか。そういう時に普段と全然違う服を着ると気分変わりますよ。わたしもユイナがいつも着ているみたいな服も持ってますもん。」
「だったらそれ着て狩りに行けばいいのに……」
「イヤです。なんかわからないけどイヤなんです。着たくなったら着ます。」
「そっか。なら無理強いはしない……」
「ところで、寝る時に着る服はさすがに持って来てますよね。」
「んーん?べつにそのままだけど……。おうちに帰った時は寝巻に着替えるけど旅の最中はいっかなーって。」
「……。やっぱりあり得ませんね。」
ユイナは寝巻も追加で購入することになった。
宿の自室で買ったばかりの服に着替えて洗濯を頼み少し休んでから夕食を食べに街に繰り出す。
「そういえばおっちゃんのところ行ってないなぁ。獲物もないのに顔を出すのもなぁ。」
「そうだ!思いつきました!私がおじさまのところでアルバイトすればいいんですよ!そうすれば稼げます!」
「それじゃメルリーだけが働いてくれて私が働きもしないダメな人みたいだよね!」
夕食や朝食も食べたいものを好き放題頼んでいたのが、だんだんと安いメニューを選ぶようになっている。
「そっか、わたしもいいこと思いついた!」
「なんですか?」
「昼間、メルリーにはおっちゃんのところでアルバイトしてもらって、わたしは故郷に狩りに行くっていうのはどう?」
「なるほど。そういう手もありますね。明日はそれで行きましょう!」
「わたしだってたまにはいい方法思いつくんだよ!」
ユイナご満悦である。
明日からの方針も決まって少しほっとした表情で食後のお茶を飲んでいるとメルリーの表情が変わる。
「ユイナ、やっぱりさっきのダメです。」
「なんで?いいアイディアじゃん!」
「だって……」
メルリーは慈悲を込めた表情でユイナに言う。
「それって一緒に行動してます?」
「…………してない、ね……」
仮のパーティーを組んだのは仲間を見つけた時の予行演習。1人で行動するのなら一緒の宿に泊まったりする必要がそもそもないような気がする。
◇
その翌朝。珍しくユイナの方が先に起きて1階でメルリーを待っている。
「おはよう!メルリー!」
「おはようございます!今日は早かったんですね。」
「うん。たまにはね。ちょっと思いついてさ。食事しながら話すよ。」
「わかりましたけど……、期待はしないでおきます……」
「ひでぇ……」
「で、いいアイディアってなんですか?」
「「いい」とは言ってないよ。それにメルリーがダメっていう可能性が高いと思う。もしメルリーがダメって言ったらちょっと怖いけど西の森に行ってみようと思う。」
「群れですよね。わたしも正直に言って怖いです。ユイナのアイディアがいいアイディアでありますように……」
「そんなぁ、祈られてもなぁ……。プレッシャーだなぁ。」
口では悪く言っているがメルリーの瞳は期待できらめいている。
「メルリー、わたしと一緒に転移してわたしの故郷に行かない?」
「えっ?????」




