キース家訪問
「その方はどなたなんですか?」
武器が高く売れて喜んでいるケルンを他所に、俺とリア様の意識は仲裁に入ってくれた男性のほうに向いていた。
「初めまして、俺はナスタ・ヘンザ。キース家で騎士をしています。どうぞよろしくお願いします、ローファス伯爵、それと……」
「初めまして、ハヤトです」
「ハヤト士爵ですか、ご高名はかねがね」
朗らかに笑う姿は優しそうな紳士に見える。
「見た目に騙されるな。こいつこう見えて騎士団長だからな」
「へえ、騎士団長」
それは凄そう。
けど偉そうな感じを出さないのは良いね。
「いえいえ、大したことは無いですよ。それより皆さんはパーティに呼ばれた方で間違いないですよね?」
「はい」
「それじゃ俺が屋敷まで案内しますね」
「でか……」
案内されたのは城の如く大きな屋敷だった。
噴水付きの広い庭、周囲には警備の兵士が立っている。
白を基調とした建物で屋根だけ赤い。
「連絡はもう済ませておきましたので、どうぞお入りください」
「は、はぁ……」
言われて入ろうとすると、入り口の扉が開いた。
「…………」
一言で言えば熟練の殺し屋だ。
百戦錬磨の仕事人をほうふつとさせる鋭い眼光に傷だらけの顔、。
銀髪銀目で白い髭が生え、しわがれた手、明らかにやばい雰囲気を醸し出してる。
――が、屋敷から出てきたという事はこの人がナルドの祖父だろうか。
「来たか」
目を細め、低く渋い声を出す。
「ナルド、戻りまし……だっ!」
男性は一歩前に出て挨拶をしたナルドをすさまじい速さで拳骨を見舞った。
「かわいい孫が帰ってきてワシは嬉しい」
それだけ言い、男性はナルドの首根っこを掴んだまま中に入っていく。
「はい、では中に入りましょうか」
「は、はい」
何事もなかったかのようにナスタは中に入っていく為、動揺しつつもついて行った。
あちこち屋敷の中を案内されながら最後に応接間に通された。
中に入る前から声は聞こえていたのだが、扉を開けるとそこでは。
「ごめんなさい」
「ワシは嬉しい」
「ごめんなさい」
「じいちゃん、いい加減にしないとナルドが泣くぞ」
「僕はもう泣いてるよ!」
嬉しいと言いながら孫の頭をどついている爺さんとそれを呆れながら止めている青年、そして正座で泣いているナルドの姿があった。
「初めまして、僕はシング・ロウ・キース。ナルドの兄貴です。こっちは祖父のドレッド・モウ・キースです」
「初めまして、私はリア・ローファス、こちらはハヤト、そしてケルンです。お招きいただきありがとうございます」
リア様が礼をしたので俺とケルンも習って礼をする。
「これはご丁寧に、ねえじいちゃん」
「客人よ、ゆっくりされると良い」
それだけ言って爺さんは去っていった。
「えっと……言葉の少ない方なんですね」
「ああ、じいちゃんは恥ずかしがり屋だからね。でも礼儀正しいって喜んでましたよ」
「え、そうなんですか?」
全く分からなかった。
「ええ、だって以前丁寧な挨拶をしなかった貴族がじいちゃんに殴られて屋敷から追い出された事もありますからね」
「へ、へえ……」
「シング兄、何で止めてくれないのさ」
「止めたじゃないか」
「あらかた殴られた後にね!」
「ナルドが悪いよ。じいちゃんにすら黙って出ていくなんて。じいちゃんはナルドの事いっつも褒めたりして気にかけてたのに」
「うっ、それは悪かったけど。でもどうせ僕はあと数年で出て行かなきゃいけなかったんだから良いじゃないか」
「挨拶ってのは大事だよ」
おや?
「出て行かなきゃいけなかったんですか?」
「ナルドは特別なんですよ。僕らキース家は武の名門ですからね。騎士になるならそのまま家にいても良いんですけど、ナルドは剣の才能が無いのと騎士になりたがらなかったので……。てっきり学者にでもなるのかと思ってたけどまさか他所で副領主になっているなんてね」
「あれ、でもナルドって付与魔法が使えましたよね? それで剣は何とかならなかったんですか?」
「…………」
俺の問いかけにバツが悪そうな顔をする。
「確かにナルドは魔法の才能があったんですよ。ですけどその魔法を使っても剣の腕は並のままで」
「ああ……」
分かった、要するに魔法を使ってようやく並だったのか。
よっぽど剣は向いていなかったのだろう。
「あれ、でもナルドって兵の指揮とかは得意でしたよね。前の戦いだと敵の策も見抜いたりしましたし、内政も」
「その辺はじいちゃんに教えてもらったからな。けどキース家はそれだけじゃ駄目なんだよ、剣も出来なきゃ。兵士の見本となる家なんだから」
「親父は僕を跡継ぎに指名したけどナルドだって領主としてなら僕と同じ位才能あると思うんだけどね。だからこそじいちゃんも親父も期待してたのに、どこかの貴族家へ婿に行くの嫌がるから」
「僕を当主にしなかった父さんの判断は間違ってないよ。僕が剣を使えないのは事実だし。婿は嫌だ。僕は自分の力を信じたいんだ」
「ふーん、本当にそれだけかな」
「シング兄!」
ナルドの兄は肩を竦めた。
「さて、皆様来ていただいたのは嬉しいですが、一応パーティは三日後を予定していますので、それまでごゆるりとこの屋敷でおくつろぎください。部屋は用意しております」
案内された部屋は高そうな調度品が置かれた部屋だ。
ベッドに倒れ込むと毛布はふかふかで気持ちがいい。
魔法でこんなの作れないかなと思っていると扉をノックする音が聞こえた。
「リア様、どうしたんですか?」
「ハヤトさん、少し街に出ませんか?」
「街にですか?」
「はい、私、王都にはほとんど来たことが無いので街を見てみたいのです」
街か、確かに王都を見ておけばノーザンラントに帰ってから真似するべき所とか見つかるかもしれないよな。
「分かりました。すぐに準備しますね」
「わぁ……見てください。綺麗」
現在俺はリア様と一緒に街に出ている。
ケルンはやる事があるらしく、ナルドは祖父に呼ばれたらしい。
よって、来ているのは二人で……である。
まあだからと言って特に何かあるわけではないのだが。
「あれなんでしょう! 行ってみましょう」
リア様は楽しそうにあっちへこっちへと見ては楽しそうに笑っている。
意外だと思う反面、納得することもある。
そういえばリア様は領主なのだ、ヒューネルやノーザンラントという直轄地で年頃の少女のように振舞うわけにはいかないのだ。
そう考えると実は今の楽しんでいるのが彼女の素……という事になるのだろうか。
「ちょっと、ハヤトさん聞いてます?」
俺の腕を掴んで不満げに顔を膨らませるリア様。
「すいません。聞いてませんでした。何でしょう?」
「これとあっちの髪留め、どっちが私に似合いますか?」
「リア様ならどちらも良いと思いますけど」
率直な意見を言うとリア様は少し間を開けてからもお……と怒り出した。
「ハヤトさんの好みはどちらかと聞いてるんです!」
ええ……。
「どちらかと言えば……こちらですかね」
「じゃあこちらを買いますね。すいません」
店主から髪留めを貰い、リア様は早速髪に付けた。
「似合いますか?」
「ええ、とっても」
「良かった」
嬉しそうに笑うリア様。
やばい、これはちょっと普段以上に可愛いかもしれない。
思わず赤面しそうになったその直後、ポス……と胸に何かが飛び込んできた。
甘い香りと共に視界には赤い頭、顔を上げるとそれは綺麗な少女だった。
紫の瞳に赤い髪、そんな少女が俺の胸に飛び込んできて開口一番言ってきた。
「お兄さん、私を助けてください!」




