ベルーガ将軍
敵の将軍が一騎打ちは珍しい。
この世界の戦いの歴史を本で読んでいたが、将軍同士の一騎打ちでの戦いは、近年滅多にない。
前時代的な発想である。
あるとすればよっぽど腕に自信があるか、他に狙いがあるか……もしくは両方。
「ハヤトさん!」
声に反応し大斧を避けた。
自分の身体の周りには魔力の防御壁が張ってあるし大丈夫だろう。
――そう思っていたのだが。
「え?」
腕から血が流れる。
大斧がかすったのだろうが問題はそこじゃない。
魔力の壁を通過してきた……という事だ。
「どうした、呆けた顔して。刃が人を斬れるのは普通だろう?」
ベルーガはにやりと笑った。
技量、魔法、純粋に物理でこの魔力の壁を突破したのか。
頭の中でぐるぐると可能性を考えていく。
ひっきりなしに来る刃を紙一重で避けつつ、言葉を思い出す。
待てよ、リヒトは俺に大体の攻撃が利かない事は知っているはずだ、それなのに逃げろと言った。
勝てないと思ったのだ、俺がこいつに……?
「…………」
無言でファイアーボールを放つとベルーガは当たり前のようにその火の玉を斬った。
俺の圧縮した魔力で出来た火の玉を斬ったのだ。
技量とは考えづらい。
「シャガールの大斧」
リア様の呟きにベルーガは笑った。
「ほう、知っていたか」
「聞いたことがあります。ウェルス公国には魔力を吸収するという特別な魔道具が存在すると」
ベルーガは大斧を前に出す。
「いかにも、これはウェルス公国にある迷宮で発見された、シャガールの大斧。特性は魔力を吸収し斬る事が出来る。要するにお前の身体が魔力の壁に覆われていようが、その部分を刃が接触前に吸収し、むき出しになった肌を斬る事が出来る」
「なるほど、俺とは相性が悪い武器ですね」
「でなければ最強の魔法使いと言われてる奴と武人の俺が戦おうとは思うまい、勝算のない戦いをするほど馬鹿ではない」
もっともな事を言った。
一騎打ちとか言い出したから、脳筋なのかと思ったがここまでの作戦を立てる将軍が馬鹿なわけないか。
『風よ斬り裂け』
【フウガ】
三本の風の刃がベルーガに向かっていくが大斧の一振りであっさりとかき消されてしまう。
「こんなものか?」
続けて攻撃を仕掛けてくる。
速度は速いが、まあフェイルよりは遅い。
多分この人は強い方だと思うが、決して人間離れしているわけじゃない。
よって。
武器さえ躱し続ければ問題ない。
続けて白打を出そうとして寸前で止める。
「良い判断だ」
駄目だな、最悪斬られてしまう。
パシャリと足元の泥が跳ね、思わず滑りそうになる。
泥か、危ないな。
じっと見て気づく。
いや、これ……行けるか?
考えて、すぐに距離を取る。
「逃げるのか」
「いえ」
『我大地に根付く聖霊に求む。虚空を穿ち外敵を葬る蛮勇をここに示せ。今この時、我が前に顕現しその力存分に見せつけよ』
【泥巨兵召喚】
直後、地面が揺れる、周囲で見ていた兵士がたたらを踏む。
『ヴぉぉぉ……っ! ヴヴヴヴォォォォ……っ!』
優に三メートルはある泥で出来た巨兵が現れた。
「ふん、こんなもの」
ベルーガは大斧を振り抜く。
泥で出来た身体は刃が当たると鈍い音と共に二つに別れる……が。
「なっ!」
その濁った身体は地面に落ちると同時に再び現れる。
泥の身体はいくら斬られても再生する。
本当は土を素材にするものだが、ここでならきっと泥で構成した方が強い。
「所詮は泥水、ならばそれを受ければ」
ゴーレムの拳を受けるとベルーガは後ろに仰け反った。
泥の身体とは言えそれはそれなりに固く大きな圧力だ。
ベルーガがいくら大きな体とはいえ、更に大きな力に抗うには難しい。
「くっ、だが鈍い。本体を狙えば」
回り込み、俺を狙ってくるが。
【ウォーターアーム】
「な……これは!」
ベルーガの足が止まる。
否、地面から生えた泥水の腕がベルーガの足を掴んでいる。
魔法使いに距離を取られてはいけないと思いますよ。
そのまま無数の水の腕がベルーガの手を、脚を絡めとる。
「糞、離せ!」
大斧で無理やり泥水の腕を払おうとするがもう遅い。
間近に迫ったゴーレムの腕は……拳は、反応できないベルーガを真横に吹っ飛ばした。
泥水の腕ごと持っていく程の衝撃は敵兵をなぎ倒しながら飛んでいった。
「「将軍!」」
周囲の兵士達はベルーガの下へ駆け寄った。
暫く意識が無いと思ったのだが、
「ぐ……く……」
身体を起こせないにしろ意識はあるようだ。
思ったより頑丈な身体のようだ。
「まだ戦いますか?」
ベルーガは倒れつつ、俺を一度睨んでから、ふっと息を吐いた。
目で合図し、リヒトから兵士が離れる。
リア様達がすかさずリヒトを回収した。
「参った……が俺の勝ちだ」
「どういう意味ですか?」
「お前、ここに来てからどれくらいの時間が経つ」
時間は優に二時間は超えている。
「貴様は確かに最強の魔法使いだ。だが貴様さえいなければ兵力で勝っている俺らが砦を落とせぬはずがない」
「まさかハヤトさんをここに足止めするために一騎打ちを?」
リア様の指摘にベルーガは笑う。
「第一の目的はその娘を殺すこと、次善策は厄介な魔法使いを殺すこと、更に駄目なら最悪足止めだけすれば砦は落ちる。そうすれば無傷という目標は達成できずとも街を陥落させられる」
あー、それで俺と一騎打ちを。
凄いなこいつ、本当に頭がいい。ウェルス公国で最も有名な将軍だけある。
恐らくこういう事が出来る辺り、彼は名将と呼ばれる存在なのだろう。
残念な思い違いをしてなかったら……の話だが。
「そういう事ですか、なるほど」
淡々と言うとベルーガは俺を胡乱気な目で見る。
「なんだ、何でそんなに落ち着いてやがる」
直後、空から大きな音が鳴った。
空砲にも似たそれはバンという音が湿地にも響き渡った。
「将軍、今のは退却の……」
「まさか……砦攻略失敗だと」
その時ベルーガは初めて唖然とした表情を浮かべた。
「ハヤトさん」
「はい、大丈夫です。俺がいなくとも、ライベルとフェイルを残してきましたからね。彼らがいれば兵なんてものの数じゃないでしょう。強いのが俺だけっていうのは思い違いですよ。なにより……」
ベルーガを見る。
「ウェルス公国の切り札ともいえる将軍がここで足止めされているのですから」
敵の最大戦力を足止めしたというが、実際は最大戦力を足止めをされているのは向こうの方だ。
そんな俺の皮肉に気付いたのか、ベルーガはじろっと俺を睨んでから強く目を瞑り力なく呟く。
「退くぞ。じきここに砦からの援軍が来るかもしれない。兵数はこちらが勝っていたとしても、相手は俺に勝った魔法使い。勝てん」
「は……ははっ!」
兵士達はすぐさまベルーガを連れて下がっていく。
「ハヤトと言ったか、貴様の名。覚えておく」
言葉を残し、姿を消した。
「追わなくて良いんですよね?」
一応聞くとリア様は頷く。
「はい、彼はリヒトを生かしてくれましたし、約束通り解放もしてくれました。ここで命を狙っては筋が通らないでしょう」
「そう……ですね。では」
「はい、砦に戻りましょう」




