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北へ

「してやられましたな」

「ええ、情報と全く違いますね。まんまと引きずり出されてしまいました」


 現在リヒトと共に湿地に簡易の陣を敷いている。

 周囲は完全に敵に包囲され、身動きが取れない状態だ。


「敵は包囲するばかりで攻めて来ませんな」

「私を絶対に逃がさないようにしているのでしょう。包囲が完全に終わりましたらすぐにでも攻めてきます」


 薄暗い木々の生い茂る中、下は湿地、かがり火が周囲で動いている。


「街に行っていないとなればお嬢様を狙っているとしか思えない布陣です」

「まさか街より私の命を狙うとは思いませんでした」

「お心当たりは?」

「ありません……が、これが四年前の事件に関係しているとしたら」

「レイル様やナフタ様の?」


「結局犯人は黒幕を言う前に自殺してしまいましたが、内通者は確かに国内にいたのです。それが今回王都からの援軍が裏切ったとすれば理解できますね」

「そうまでしてリア様の命が欲しい方がいるのですか」


「私の命……と言うよりは土地が欲しいのでしょう。ローファス領には鉱石を筆頭に非常に有益な資源が眠っていますからね。人も増えてきましたし」

「なんたること……」


 憤るリヒトを横目に周囲を見る。

 話しつつ様子を見ていましたが、今いる千の軍勢の中には内通者はいないみたいですね。

 包囲の隙を突こうにも隙が全然見えません。敵は相当な将のようです。


 思わず手に汗が滴り、それをばれないように拭う。

 兵がこちらを見ています。動揺させないようにせめて平然とした様子を見せなければ。


「これからそれぞれ防御陣を張りつつ北の砦へ退きます。皆、構えなさい。私達は千の兵がいるのです。貴方達が抜かれなければ私に刃は届きません!」

「皆! リア様を守れ! リア様が凶刃の下倒れたら誇り高きローファス兵の名折れだぞ!」

「「ははっ!」」


 兵士は声を上げ気勢を上げる。

 リヒトがちらっとこちらを見て、私はピクリと顔を動かす。

 所詮は千、周囲を見るに相当な量の兵がいる。

 一斉に来られたらまず負けるだろう。


 それを奮い立たせるというのは兵士に時間を稼いで死ねと言っているようなものだ。

 それでも……。


「敵、来ました!」


 叫びを聞き蒼の双眸が正面を見据える。


「皆、奮戦せよ!」





 一刻がまるで一日のように長かった。

 敵は案の定倍どころか三倍以上いる。

 今はまだ兵が命懸けで防いでいるが陣の範囲はどんどん狭まっている。


「リア様」


 リヒトが数十の近衛兵を連れて近づいてきた。


「どうしました? この調子で行ければ湿地を抜けられるかもしれません」

「……進みは遅々としており、兵士は半数以上が戦死しております。今堪えているのが不思議な位です」

「分かっています」

「いえ、分かっておりません」

「ではどうするというのです?」


 真顔で返すとリヒトは笑った。

 その笑みはどこか慈しみを感じる笑みで。


「ずっとリア様の共にいましたが、私はもうリア様のお守りは疲れました。昔から私のいう事はなかなか聞かないし、大事な事は自分だけで決めて話さないですし、優秀な相手を探してきても縁談は全て破棄してしまいますし、何よりいつも無茶な事ばかり言いますし、冷たく冷徹な決断を出す癖に、肝心な時に部下を見捨てられない人の好さ……もううんざりです」

「リヒト?」


「これから私は僅かな兵と共に西、ノーザンラント方面へ抜けます、敵は必ず追ってくるでしょう。それで一時的に包囲が乱れるはずです。隙を見てすぐに北へ向かってください」

「待ちなさい、リヒト。そんな命令は許可しません」


「リア様……いえ、お嬢様」

「リヒト!」


 リヒトは目を細める。


「ご武運を」


 静止を振り切ったリヒトが西に向かうのを見て敵兵はすぐに反応した。

 包囲していた兵はその決死隊の中にリアがいると思ったのだろう。

 残された数百の兵の包囲を薄くし、追いかけていく。


「……行きましょう」


 リアはあらかたいなくなった辺りで兵と共に北への脱出を命じた。






「ふっ!」


 剣が人の肉を切り裂く。

 手に残る感触は鈍く、それでいて酷く気持ちが悪い。


「リア様!」

「大丈夫です。このまま進みなさい」


 大分北に進むことが出来た。

 しかし次々と兵は倒れていき、すでに周りにいる兵は近衛兵十数人しかいない。


「リア様、前から更に一部隊が」


『炎よ、かの者を燃やせ』


【ファイアーボール】


 火の玉が飛来すると正面にいた部隊の隊列が乱れた。


「今です!」


 声と共に斬り込む。

 降りかかってくる刃をいなし、斬る。


「うあっ!」


 後ろから声が聞こえた、恐らくまた一人やられた。

 だが止まるわけにはいかない。

 また一人と人を斬っていくがぬるりとした感触を手のひらで感じた直後。


「……っ!」


 剣を持つ手が滑り、兵の一人の肩に刺さったまま剣は離れていく。

 咄嗟に手を前に出すが、さっきのでもうファイアーボールは三度撃った。

 もう撃つほどの魔力は残っていない。


「……くっ!」

「リア様!」


 咄嗟に近衛兵が前に出て斬られた。

 兵は後ろに倒れ、リアごと地面に倒れる。


 べちゃりとした音、濁った水が跳ね、そのまま尻もちをついてしまう。

 目の前で兵士達が剣を振りかぶる。


「リア様!」


 後方から声が聞こえるがもう遅い。

 恐らく私はここで……。


「…………っ!」


 思わず目を瞑った。

 領主にあるまじき死への恐怖からの逃げの行動。

 だがその刃は届かなかった。


「間に合いました」


 目を開けるとそこには額から滝のような汗を流したローファス家最強の魔法使い、ハヤトが兵士を倒し立っていた。

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