92 告白(3)
「余の伺った話では、お痛ましいことに、カルス王は自室に鍵を掛け、火を放たれたとのこと。あまりにも火の勢いが強く、ご遺体は見つからなかったそうです。もしや、秘密の抜け穴から逃げられたのですか?」
大公の問いに、ウルスラは悲しげに首を振った。
「勿論、抜け穴はございました。なれど、謀反を起こしたカルボン卿は、抑々王家の宮宰、そこに抜かりはございません。最初に穴を破壊してから攻めて来たのです。わたしたちが逃げられたのは、王子宮が新しく建てられたばかりで、その担当がタロスであったからです」
「ならば、カルス王はどうやって?」
「それはわかりませぬ。ただ、あれは……。すみません。わたしも、今一つ、確信が持てないのです」
珍しく躊躇うウルスラに、大公は遠慮がちに尋ねた。
「お手紙か何か、知らせがあったのですか?」
「いいえ。ああ、経験したままにお話しても、とても信じてはいただけないでしょう。それに、長い話になりますし」
大公は、逆に興味が湧いたらしく、身を乗り出した。
「構いません。どうぞお話しください」
「わかりました。でも、どこからお話しすれば良いのか。いっそ、そもそもの最初からの方が、いいかもしれません。お時間は大丈夫ですか?」
大公は微笑んで「大丈夫ですよ」と答えた。
ウルスラは、王宮から逃れて以来の経験のあらましを話した。
途中、喉が渇いただろうと大公が家臣を呼んで手配をし、薬草茶と菓子の差し入れがあった。
ウルスラが話す間、大公は何度も「なんと不思議な」と呟いた。
最後にウルスラは、「いくら仮面で顔を隠したとて、声といい、仕草といい、あの蛮族の帝王こそ、わが父カルスだと思います」と締め括った。
聞き終わった大公は、深く頷いた。
「王女がそう思われるなら、間違いないでしょう。ああ、それから、途中、ダフィネの面の話がありましたが、ダフィネは沿海諸国の一つで、『真実の面』も有名です。先程の話で、王女がタロス氏の体に乗り移った理由がわからないと言われましたが、それも恐らく、面の力です」
「まあ、でも、その時は面を被っておりませんでしたのよ」
大公は、年相応にムキになるウルスラに、孫を見るように目を細めた。
「そうでしょうね。ですが、最初にウルス王子のみが見られたのが真実の半分、時を隔てて王女のみご覧になったのが残りの半分でしょう。ダフィネは小国ながら、沿海諸国では最も古い国。そこに伝わる魔道は、中原のものとは少し異なっております。より呪術的な要素が強いのです。おお、そう云えば、かの『アルゴドラスの聖剣』も、その元となった剣はダフィネのものらしゅうございます」
「まあ、そうなんですね。ああ、時間が許せば、わたしもダフィネに行きとうございました。でも、今はもう時間がございませんね。早速、ガルマニア帝国の艦隊にご連絡いただけますか?」
大公は、ウルスラの話を聞いている間忘れていた過酷な現実を思い出したのか、哀しみに満ちた目で頷いた。
その翌日。
ウルス王子から、寧ろガルマニア帝国に後ろ盾を頼みたいとの申し出を受け、ブロシウスは首を傾げた。
「子供の知恵とは思えんな。スーラ大公は策略家なのか、カノン?」
「いえ。逆に、家臣が心配する程の好人物と聞いております」
「ほう。つまり、阿呆か」
さすがに、カノンも苦笑した。
「そうではないでしょう。古典文学の研究者としても知られています」
「ならば、阿呆だ。君主に余計な教養など要らぬことよ。必要なのは、どうすることが国益に繋がるのか見極める力だ。今回の申し出は、国の名誉も傷つけず、また、こちらに攻撃の口実も与えぬ見事な回答だ。もし、この案をウルスが考えたのなら、油断ができん。引き渡しの場には、わしも立ち合うぞ」
それから間もなく、カリオテ側の軍用船がブロシウスのいる船に接舷し、ツイム一人だけに付き添われたウルスが乗船して来た。
ブロシウスは、例の魔道師のマントを羽織って、物陰に潜んでいた。
ウルスの姿を目にしたブロシウスは「ほう?」と言って、下唇を曲げた。
見たところ、ごく普通の少年である。
交渉の第一段階として、ウルスがマオール人の船長に紹介されているところに、ブロシウスは横からツカツカと歩み寄った。
「失礼ながら、試させていただく!」
次の瞬間、ブロシウスの右手が突き出され、その掌から見えない波動が、ウルス目掛けて迸った。