74 上陸
マーサ姫の話を聞いたアーロンの決断は早かった。
「直ちに先遣隊を送れ! スカンポ河の流れに沿ってやつらの現在地を突き止めるのだ! 取り敢えず、すぐに動きの取れる者だけで良い! 本隊はわたしが率いる!」
横で聞いていたマーサ姫は、「では、わらわは龍馬にて、先駆けしまする」と申し出た。
「頼みます。わたしもすぐに参ります故」
「はっ!」
マーサ姫を送り出し、部下に追加の指示を済ませると、アーロンはクジュケに向き直った。
「大使は如何されますか? ご帰国を急がれるなら、護衛部隊をお付けしますが」
「いや、わたくしも、もう少し様子が知りとうございます。一先ず、知らせだけ送ります」
そう言うと、懐から黒い塊を出し、パッと上に投げた。
塊は空中で解け、コウモリとなって窓から飛んで行った。
アーロンは「それでは、大使はここでお待ちください。何かわかれば、逐一お知らせします」と言って出て行こうとした。
しかし、クジュケは「いえ、わたくしも参ります。お邪魔にならぬようにしますので」と追って来た。
アーロンは少し困った顔になったが、無下にもできず、頷いた。
「わかりました。それでは、あまりご無理のないようにお願いします。大使の身に万一のことがあってはなりませんので」
「ああ、それはご心配なく。自分の身は自分で護れます」
ニヤリと笑うと、少し空中に浮いてみせた。
が、そのまま、真顔になって首を傾げた。
「しかし、蛮族どもが辺境側に上陸するとは、限りませんな」
その頃、スカンポ河を下る北方蛮族の小舟は、クジュケの惧れたとおり、中原側にある最初の河湊に接近していた。
ウルスが異端審問を受けたところより少し上流になる。
先頭に近い一隻から「ンゲリャーヌ!」と叫び声が上がると、他の小舟から「ンゲ!」「ンゲ!」と応答が返って来た。
小舟から一斉に櫂が出され、湊に向かって方向転換し始めた。
その日は早船の到着予定がなかったため、曳き船の手入れをしたり、僅かに獲れる魚を開いて干したりしていた住民たちは、続々と湊に向かって来る小舟を見て、目を疑った。
「な、なんだ、あれは?」
先頭の小舟の一人が立ち上がった。顔がすっぽり隠れる派手な模様の仮面を被っている。
立ったまま、半月弓を構えて叫んだ。
「ホウリャ!」
すると、他の小舟からも一人ずつ立って弓を構えた。
各舟にはもう一人ずつ乗っているようで、弓を持っていない方が櫂を水面に差して揺れを抑えている。
先頭の仮面の男が「チャッセ!」と声を掛けて矢を放つと、他の者も「チャ!」「チャ!」と言いながら、次々と矢を射掛けて来た。
「うわーっ! ば、蛮族だーっ!」
この辺りでは、未だに五百年前の『白魔の乱』の恐怖が語り継がれていた。
河湊の住民たちは、していた作業を全て止め、何もかも捨てて逃げ出した。
すぐに非常事態を報せる鐘が打ち鳴らされ、大半の住民はそのまま家すら放棄して逃亡した。
蛮族たちは小舟を湊の桟橋に寄せて留め、各舟に乗っていた二人組が降りてその小舟を縄で引き揚げ、陸に運んで積み上げる、という作業を繰り返していた。
その手際の良さもさることながら、驚くべきことに、かれらの服装や装飾品はバラバラであった。
共通しているのは、焦げ茶色の髪ぐらいで、ある部族は全身に刺青を入れ、またある部族は、耳に大きな穴を開けている。
つまり、仲が悪くて互いに争ってばかりいるとされた各部族が、一体となっているのだ。
一方で上陸の作業を続けながら、先に上がった者たちは、半月弓や棍棒、短剣など、各部族の武器を持ち、残っていた住民を容赦なく掃討し始めた。
明らかに、この湊町そのものを奪って占拠するつもりのようだ。
常に先頭に立って指揮を執っているのは、例の仮面の男だった。
他の者の様子からも、この男こそが、クビラ族の襲撃から始まった一連の作戦の首謀者のようであった。
様々な部族からなるこの集団を見事に統率するこの男には、際立った特徴があった。
仮面からはみ出している髪が金色なのである。
占拠が完了し、全ての小舟も引き揚げられると、全員が集まって「カーン!」「カーン!」と何度も唱和した。
それが男の名前のようだ。
カーンと呼ばれる仮面の男は、湊町を埋め尽くす凡そ二千名の蛮族を眺めながら、「漸くここまで漕ぎつけたか」と呟いた。
それは、中原の言葉であった。




